第7話 土曜の目醒め
約束の時間。
直前に指定された場所は、自販機脇のベンチ。
そこで買った炭酸飲料を飲みながら、スマホで時間を確認しようとポケットに手を伸ばしたその時。
足音が聞こえてきた。
「悪いな。こんな時間に」
「いや、それはお互い様だろ」
挨拶と呼べない言葉を交わしあい、亮の案内で階段を登り、病室へと向かう。
道中は、お互いに、何も話さなかった。
リノリウムの床に、2人分のスニーカーの底が擦れる音だけが反響していた。
「ここだよ」
その言葉と同時に立ち止まった亮は、バリアフリー設計の引き戸に手をかけた。
俺のことを一瞥した後、そのまま扉を開けると、先導するように入室した。
天井のレールを伝う仕切り布の奥にいる少女を見て、使われた魔法に確信を得た。同時に、最終的に目指す形も決まった。
ここから先は、違和感なくそこへ至るための、特に意味もない言動となるだろう。
「何か、わかるか?」
期待と、諦念と、覚悟と、計り知れない多くの感情がない混ぜになった複雑な声色が届く。
彼には申し訳ないが、心を鬼にして、自然な形になるよう遠回りさせてもらおう。どのみち今日中には目を醒ます。誤差程度の辛抱だ。
「計器とか、点滴とか、そういうのはないんだな」
当たり障りのない、見てわかる情報の確認をとる。
「エネルギーの消費もないから、摂取の必要もない。水分もそう。測定もエラー。ただ横になっているだけ。そんなだから、医者も時が止まってるみたいだって」
「そうか」
短く応じ、ゆっくりと、ベッド脇へと回り込む。
芝居はもうこんなものでいいだろう。
「体温を……そうだな。手に触れてみてもいいか?」
「あぁ」
悲痛に彩られた承諾を得て、左手に触れる。
そうして、隠し持った指輪を彼女の小指に嵌めた。これでとりあえずゴールだ。
「温もりも冷たさもない。そんな感じか」
カモフラージュするようにそう述べ、そっとその手を布団の中に戻した。
「少し外で考える。お前は面会ギリギリまで付いててやるといい」
そう言って病室の外へ出る。
もう数分もしないで目を醒ますだろう。
昨日の推測では"氷結"か"凍結"の魔法だと思った。
前者ならば、ある程度時間が経てば効果が切れ、自然に目を醒ます。細工も心配も必要ない、ただ時間さえあればいいものだった。
しかし残念ながら、彼女の身に掛けられたのは後者だった。それは、停滞をもたらす高度で残忍な魔法。
それに対して、俺のしたことはシンプルだった。
肉体を"凍結"された彼女に、その"魔法の効果を凍結"させる指輪を付けた。
指輪を身に付ける限り、彼女へとかけられた魔法はその効果を凍結させられる。
ブレーキを固めてしまったようなものだ。
だからひとたび指輪を外せば、再びブレーキが作動し、彼女の時は止まってしまうだろう。
だがこれは対処療法であって根幹治療ではない。
サンプルが少ないこともあり、現状でこれを解く方法は使用者の死以外にはないのだ。
そんな半端な手法しかとれない自分が、情けなかった。
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