第7話 コロナ禍の学生

 外風呂と内風呂の間には二重の引き戸がある。二つの引き戸を開けて外に出た。外は師走の寒空で、一気に鳥肌が立った。

 すぐ脇のジェットバスに滑り込む。

 見上げると、冬の夜空だ。

 ジェットバスは立ち湯から、寝湯まで様々な体勢で楽しめる。耕太郎は立ち湯に入った。立ち湯なのだが、デカい耕太郎はだいぶ屈まなければジェットバスの水流が腰の辺りに当たらない。

 強烈な勢いで壁から吹き出す泡に当たり、夜空を見上げながら、物思いに耽る。師走の夜空に盛んに湯気が上がる。上がるのだが、寒さのせいですぐに消える。さっきの炭酸泉の義理の親子の話題に引きずられて、今年一年を思い返す。耕太郎だけでなく、世界中の若者にとって、「ついてない一年」だった。

 まあまあの進学校に通う耕太郎だが、臨時休校に振り回された。リモートの授業をやるにはやったが、それは準備不足のおざなりなものであった。

 同級生からの情報によると、学校の対応には非常に差が出ているらしい。

「なんかコロナのせいにしてサボる教師が多くねえか」

 というLINEがまわってきて、ドキリとさせられた。コロナで大騒ぎになるまでは教師になんか興味が無かったくせに、「自分の所の教師はどうだろう」とか考えた。

 学校がオンラインで再開するよりずっと前、一斉休校になるとすぐに、同級生の有志はすぐにオンラインでつながった。

 私立の一部が非常に手厚いバックアップをしている一方、私立の一部は通常の授業でいうところの学級崩壊を起こしているらしい。インターネットが双方向なメディアだと理解していないのである。リアルに教室にいる気分で、ライブで顔を出さない連中が続出しているらしい。それだときちんと授業に参加しているのかどうか、確認がしようがない。

 またそれほど高いレベルではない高校では、やる気の無い教師にかこつけて、受験期である三年でも、受験勉強をしないものが続発しているらしい。

「自分たちが損するのにね」

 レベルが低い高校の生徒ほど、「そこまで嫌わなくてもいいのにな」というくらい、死ぬほど勉強するのが嫌いだ。かといって、その代わりになるようなものを持っているわけでもない。三月に休校になって、何をしているというわけでもないらしい。そんな情報が他の高校に行った同級生から入ってきた。本当は、中学時代のことは忘れたいのだが、半ば強制でLINEのグループに入れられていた。

「ウチの先輩なんて、学校に行かないですんで、嬉々として勉強してるらしいよ」

「うるせえな」、耕太郎はひっきりなしに鳴る通知音に辟易しながらLINEの画面を見る。耕太郎の所の教師は気まぐれとしか思えないほどの適当さで、膨大な量の課題を出していたので、集中して消化したいのだ。

 耕太郎たちの世代は近い将来「コロナ世代」と呼ばれ、他の世代に劣る教育機会しか与えられなかったと見なされるのは決定だろう。東大に受かっても、「コロナ東大生」とか言われるのだろう。きっと「東大王」より下に置かれる。

 そんな世代の耕太郎たちが生きて行くには、ノイズをシカトするか、能力証明が要るのだろう。学歴だけでない何かを持つことを証明しなければならない。

 ――本当についていない。

 憂鬱な作業が将来待っていることが確定していると思うとやりきれない。

 LINEでは、そんなことを知っているのか知らないのか、のどかな高校生たちの「おしゃべり」が続いている。

 耕太郎は肘をつき、頬杖をついて、画面を見ている。

 ――そんなこと考えないか、普通。

 耕太郎には能力証明をしたくても、具体的な何かを持っているわけではなかった。なんとか、まあまあの進学校に入ったものの、高校での成績は下降気味だった。“モチベーション”につながる何かがないのだ。

 担任や両親からもそう言われ自覚もあった。「なんとかしろ」とか「夢を持て」とか言われるのだが、ないものはない。そんな錬金術師がいるのなら、相談したいものだ、と思う。

 ジェットバスからは外風呂が見える。近所の住宅地に迷惑だし、男同士で裸を確認しあってもしかたがないからか、照明は薄暗い。地下の深いところから温泉を引いていて、それがここの自慢である。外風呂はそんなお湯が使われている。初めてきたので、例年の客足はわからない。少ないようであり、そこそこいるようにも見える。だが確かに仕事終わりのあとというには寂しい。

 ジェットバスから上がると、年末の冷気で身震いしてしまう。

 外風呂に来たときとは別の入り口から、中に入った。

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