第6話 緩慢な賑わい

 更衣室はまあまあの賑わいだった。

 空いているロッカーに荷物を入れた。再び百円を取られた。「返却されるんだよな」と不安に思いながら百円を入れて、鍵に付いているバンドを腕にはめた。

 どうしてか、目立つであろうデカさの耕太郎だが、この場所は自分を拒否されていない感じがした。様々な客が行き交う。年齢も様々、職業も様々。ご隠居さんらしい人もいる。子どももいる。

 みんな裸だからか、と思った途端、おかしくなって鼻で笑った。これでマスクを着用していたら、と想像したら面白くなったのだ。

 同時に、「入れ墨を入れている人間お断り」と書いてあったが、なんとなくその理由が体感できた。みんなが平等に裸なのに、肌で他人を威嚇する人間が入るのはいかにも無粋だ。

 浴室の入り口の脇に、学校にありそうな体重計があった。試しに乗ってみた。少々増えていた。たぶんあるだろうサウナに入ることに決めた。

 引き戸を開けた。すぐ目の前に、巨大な甕があった。甕には満々とお湯が湛えられていた。かけ湯用だ。甕の端には簀の子が載っていて、取っ手のついたプラスチックの白い小さな桶が並んで載っていた。耕太郎はかけ湯を全身に掛けた。

 右手には入浴剤入りの大きな風呂、左手に「炭酸泉」と書かれた札がタイル地の壁に貼ってある風呂がある。炭酸泉という方に興味が出て、そちらに向かう。風呂の縁が段になっていた。先に入っている人に湯がかからないように慎重に入る。たちまち、全身を泡が包む。タイル地の壁には効能書きも貼ってあった。それを眺めていると、客たちの会話が聞こえた。

 「今年はやっぱり少ないですね」

 常連客なのだろうか、と聞きながら耕太郎は思った。そんな二人は窓際に並んで入り、話をしていた。おそらく、義理の親子なのではないだろうか。

「今日だって、東京は一三〇〇人超えだものな。ここ、東京じゃないんだけど、どうして付き合わなきゃいけないんだろうな。マスごみが煽りすぎなんだよ」

 歳を取ってインターネットを始めると、免疫がなくて、悪い方向に没入しやすい。特にネット右翼化しやすいと聞いていたが本当なのかもしれない、と聞かずとも耳に入る会話に耕太郎は溜め息をついた。

 「緊急事態宣言なんてたまらんよな。日本型の労働環境でリモートワークなんて、合わないんだよ。もう経済潰れるよな」

 義理の父は、そう言いながらお湯を頭に掛けて、オールバックに銀髪をなでつけ、顔を洗った。

 ネット右翼の義理の父に反論するわけにもいかない、といった気分を言外に匂わすように、義理の息子が「はあ、そうですよね」と適当な相づちだけをうった。

 この父親はいくつくらいだろうと、耕太郎は思った。

 どういう風に思っていても、現実の方に合わせるしかないだろうにな、と耕太郎は思った。

 「まあ、人が死んじゃってるんじゃねぇ」

 義理の息子が精一杯の抵抗を試みる。

 「たいして死んでないだろ。死んでも年寄りばかり」

 おそらく、義理の息子も耕太郎も同じことを考えていたはずだ。

 「どうしてこの人は自分が老人だと思わないのだろう」と。

 どうみても、六〇代半ばを過ぎているように見えるのだが。

 そんなやりとりを残して、二人は炭酸泉を後にした。広くなった炭酸泉のなかで、   「学校はどうなるんだろう」と耕太郎は思った。

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