第5話 母も怯む

 「あんた、風呂壊れたから銭湯行きなさい」

 「んあ? 今日、大晦日だよ」

 自分の部屋で寛いでいた耕太郎に母親がそう告げた。

 「ほらお金あげるから、あのほら、和菓子屋さんの隣にあるでしょ。あそこに行きなさい」

 家のすぐ近くにある、耕太郎が生まれる前から建っていた銭湯だった。が、家風呂のある耕太郎にはほぼ無縁の存在だ。小さい頃、父親に連れられて何度か行ったことがあるくらいだった。

 「いやだよ。スーパー銭湯に行くからね」

 「あんた、あそこまでどうやって行くの。電車とかバス乗んなきゃ行けないじゃない。知らないよ。コロナになっても。なったら家の前で野宿だよ」

 耕太郎が立ち上がる。

 「なによ」と言って、母親がたじろぐ。いくらデカイからといって、自分の息子に怯えることもなかろうに。耕太郎は冷めた目で母親を見た。

 「誰かいるのがいやなんでしょう」

 母の言葉は図星だった。

 「いいよ。自転車で行くから」

 「湯冷めするでしょ。ばかね。お父さんと行きなさい」

 何も答えないで、母親の目をじっと見た。母親が一歩後ずさりした。

 「わかったわよ。アンタもデカイわりに思春期ね」

 デカイと思春期は来ないのだろうか。ウジウジ悩む必要が無いのなら、思春期なんてない方が良いのだが。デカくても来るものは来るのである。

 何も答えずに母親に手を差し出すと、母親は財布から電車賃を足した金額を耕太郎に手渡した。

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