第156話 それが彼女たちのやり方

 少し時を遡る。

 リリアンたちが博物館を探索している頃、不時着したエリスでは急ぎセネカへの移乗が行われていた。

 ステラによるリリアン救出作戦の提案がなされたまでは良いが、エリスはもう航行できず、現状では修復する時間もない。なおかつ艦長も不在の為、副長の権限で破棄が決定する。

 乗員たちはまさしく後ろ髪を引かれるものがあったが、そうもいっていられない状況でもあった。


「レーダーに感あり。惑星内に残った部隊がこっちに向かってきてる」


 セネカへの移乗の前に、デボネアがレーダーの反応を認めたのである。

 ノイズ交じりで、数すら判別できなくなったレーダーであるがそれでも何かが接近している事だけは教えてくれた。

 端的に言ってそれっはかなりの危機である。


「ニーチェ! とにかく今使える無人艦を全てエリスの周囲に配置。自動迎撃システム起動!」


 先ほどまでは慌てていたステラであったが、そんな状態でも無人艦の活用に関しては一切の油断を見せなかった。

 現在、彼女たちが使用できる無人艦の数は激減している。主戦力となる戦艦クラスは全てアレスへと権限を委譲しているからだ。


 また一部の艦艇は通信やワープの中継器として残しておかなくてはならない。

 結果的に今現在使える無人艦の数は十隻にも満たないし、その全てが巡洋艦である。

 一見すれば十分な規模の艦隊に見えるが、縦横無尽な艦隊運用を持ち味とする無人艦隊からすれば身動きが取れないのは致命的である。


 それに、自動迎撃システムに任せた受け身の対応はあまり良いものではない。

 無人艦たちはステラのコントロールを受けて初めて恐るべき機動艦隊となるのであって、それ単体がただそこにあるだけでは単なるデコイでしかない。


「エリスを中心に防御陣形で配置。火力よりもシールド出力を優先。一分でも一秒でもエリスをこの場にとどめます。その間にセネカで艦長たちを迎えに行って、急いで脱出。単純な作戦ですが、もうこれぐらいしかできる事はありません」


 慌てたような声で作戦を説明するステラであったが、その場にいる全員が、それ以外に出来る事はないと理解していた。


「やることが決まったのなら、早くセネカに行きましょ。でもあれ、砲艦に改造してるから狭くなってるって聞いたけど」


 真っ先にステラの作戦に乗っかったのはデボネアである。


「押し込むしかないわよ。それにエリスの乗員は多くない。旧セネカ隊が殆どだから、十分入る。それに、さっさとやることやれば解放されるわ」


 ミレイも必要なデータの抽出作業を終えたのか、端末を小脇に抱え、席を立つ。


「善は急げという奴でありますな! それに敵の部隊が存在するという事は艦長殿の下にも敵がいるという事。あの人、銃へたくそらしいですから、早く行かないと死にますよ?」

「怖い事をさらりと言うなぁ……でも海兵隊の言う通りだぜ。それに早くしねーと俺たちまでお陀仏だ」


 アデルとコーウェンもそれに続く。

 そこからはもうドタバタとした展開であった。エリスの艦内にはまだ怪我人も多数残っており、パワードスーツを身に着けた海兵隊たちが各種装備などを使って運んだり、無事なドローンなども活用しつつ収容を完了させていく。

 同時にまだ使える武装の最終チェックや誘爆の恐れがある区画の鎮火、それ以上に単純な移乗作業で渋滞が起きるなどの問題もあった。


 特に砲艦へと改造され、なおかつ無人艦となっていたはずのセネカである。本来は存在しなかった制御装置などが増設され、廊下も狭くなり、居住スペースに至っては殆どが排除されている為、大半の乗員が格納庫に押し込められる形となっていた。

 何とか懐かしい空気を感じる艦橋へとたどり着いた一行であったが、休まる暇などなかった。

 既に待機していたヴァンが彼女たちを迎え入れると、面々はそれぞれの席へと移動する。


「航海長。艦長たちの反応場所までの距離算出は既に完了しています」

「ありがとうございます副長。あとは移動時間だけど……」


 エリスの乗員全てがセネカへと移動を完了をしたと同時に、セネカにもアラートが鳴り響く。メインモニターに映し出される光景には海中から次々と出現する巡洋艦クラスの艦艇が見えた。

 距離は宇宙戦艦からすれば至近距離。既に相手の主砲は届くというわけだ。

 そう認識した瞬間には無数の重粒子がエリスや無人艦に撃ち込まれる。

 大破しているとはいえ、まだシールドは健在である。巡洋艦程度の砲撃は弾く事が出来ていた。

 それでも負荷がかかるのか、シールドに命中する度にエリスの艦体には紫電が走り、一部の外装が吹き飛んだりもしていた。


 そんな光景を目の当たりにしながら、セネカはエリスとのドッキングを解除し、敵のテリトリーでもある海中へと潜航していく。


「エリスが崩れていく……」


 そう呟いたのは一人ではなかった。

 短い間ではあるが、自分たちの旗艦として戦ってきたロストシップがその場にとどまり、敵の攻撃に晒されながらも自動で反撃を続けている。

 戦う度にはじけ飛ぶ装甲、使いものにならなくなっていく砲塔。派手な色合いだった真紅の色はもはや残っている個所の方が少なく、鈍い鉄の色を露出させていた。

 それでもなお、女王の一撃は敵艦艇を撃ち落としていく。少なくなった臣下たちを引き連れ、その場にとどまり応戦を続ける姿は勇ましく、痛々しい。


「ごめん、エリス。ありがとう」


 その光景を見つめながら、ステラは無意識のうちに敬礼を送った。それは他の面々も同じだった。

 一年にも満たない付き合いの旗艦ではあったが、かけがえのない仲間であるのは変わらない。

 惜しむべきは、この場の艦長たるリリアンがいない事だろうか。

 

「みんな、行こう。エリスが引き付けている間にセネカの最大速度で突っ切る」


 リリアンたちの場所までは短距離ワープですら短すぎる。ワープは便利だが細かい調整はあまり出来ない。惑星内でのワープはどう短くしても惑星内の端から端まで進んでしまうからだ。

 それゆえにセネカは己の持つスピードだけで突っ切る必要がある。

 

「機関最大出力。各員は衝撃に備えよ」


 ヴァンの指令が下る。

 同時にセネカのメインスラスターの光が灯る。シールド以外の全ての出力を推進機関へと回し、トップスピードを叩きだすのである。

 だがそれにはタイミングが重要である。今はまだ飛び出す事が出来ない。


「敵部隊をよーく引き付けてからだ。セネカはエリスの影から出してはならない。反応を重ねるのだ」


 敵がセネカの存在に気が付いていない事を祈りつつ、身を隠す。

 いかにセネカが駆逐艦で脚が早くとも、敵の包囲網を容易にぬけだすことは出来ない。

 万が一にでも捕まれば即座に撃ち落とされる事だろう。

 それゆえに逃げ出すタイミングは慎重にならなければいけない。


「逃げるまでにエリスが轟沈したら、それでも終わりなのがなんとも博打と言った所だが……」


 しかし、そんな綱渡りは今まで何度もしてきた。

 なんならこの惑星にワープにしたのだってそんなようなものだ。

 第六艦隊はそういう事には慣れてしまった。そうしなければいけないのだからやるだけだ。


「リリアン艦長の突撃癖が移ったというわけだ」


 ヴァンは苦笑しながら鼻をかいた。

 でもそれが、第六艦隊なのだ。

 そして──凄まじい爆光と衝撃が海中にいたセネカにも伝わる。敵の攻撃の苛烈さの前に無人艦の数隻が撃破されたらしい。


「敵艦隊の接近を感知。デコイ艦隊との相対距離100キロメートル」


 いつの間にかセネカのメインシステムに自身を転移させていたニーチェがリンクしている生き残った無人艦隊からのデータを表示した。

 しかしそれもすぐさま断絶する。エリスの周囲にいた無人巡洋艦は全て撃沈されたという事だ。

 断続的に伝わる轟音と振動はまだエリスが攻撃を続けているという証拠でもあるが、それすらも徐々に小さくなっている。


「エンジンブースト始動! 突っ切るぞ!」


 ヴァンの号令の下、セネカは動き出す。

 その直後、凄まじいまでの爆発がセネカの背後で引き起こされる。

 衝撃波がセネカを襲うものの、それはまるで背中を押すようにセネカの加速を手助けした。


「エリスからのシグナル途絶」


 ただニーチェの一言だけが、結果を伝えるだけだった。

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