第157話 黄金の夢の終り

『フリム! 艦長! 無事ですか!』


 突き破られた天井、そこから覗き見えるセネカから発せられるステラの声にリリアンは思わず苦笑した。

 その間にもセネカは博物館の外側に無理やり艦体を押し付けて着陸を始めていた。もとより駆逐艦とはいえ艦を降ろすようなスペースがないというのに。

 セネカが外壁を削るたびに振動が伝わり、サラッサ側には動揺が広がる。

 一見すれば無茶な着陸だが、それは同時にこの博物館を盾にするような行為でもあった。

 なにせここには連中に指導者と言っても良い連中がいる。

 ステラがそれを意図してやっているのかどうかは判断できないが、結果的にはプラスに働いている。


「無事よ。怪我もない。そっちも大丈夫と思っていいのね?」


 この距離ならば通信も使えるはずだ。

 リリアンは騒がしい状況のはずなのに、さも自然な動作で通信を起動させる。


『艦長ー! よかったぁ、無事でいてくれてぇ……』

『フリムたちも怪我はない!? 酷い事とかされてない!? されてたら機銃で殲滅してやるからね!』

 するとステラだけではなく、デボネアやミレイたちの声までもが響いた。


「く、クク……君といるとどんな時でも騒がしいようだ」


 危機的状況を脱したと判断したのか、リヒャルトに至っては普段のような飄々とした態度が戻っていた。

 一方でフリムはまだぎこちない顔を浮かべていた。素直に喜んでも良いはずだが、それをするには少し恥ずかしいとでも言うのか、彼女は顔を伏せて、肩を震わせていた。


『フリム? どうしたの、大丈夫?』


 そんな親友の姿にステラの騒がしく慌てたような声がさらに響く。


「ステラ……あなたねぇ……危ないでしょう! 潰れたらどうするつもりなの! あなたはいつも、こう、勢いでなんでもやってしまうから!」

『そ、そんなに怒らないでよぉ。こっちの方が確実で手っ取り早かったんだから!』

「そういう問題じゃないでしょう! そんなんだからあなたはいつも!」

『お、お説教はあとで!』


 そのやり取りは、二人にしてみれば懐かしいものだった。

 学園へと入学する前からのやり取り。平和だった頃の、友達と素直に楽しめた頃の空気。

 それは久しく感じなかった、大切な感情だったのだ。

 危機的状況のはずだったのに、思わずこんな感情が出てしまうのはおかしい事だとフリムは思う。

 でもそれ以上に嬉しかった。

 あの子は、どんな時でも自分を助けに来てくれるのだと。


(全く……だから放っておけないのよ。ちょろちょろと動き回って、だから、可愛くて……)


 例えそれが報われる事のない思いだとしてもだ。


「さぁさぁ三人共。感動の再会はそこまでにしましょう!」


 ジャコッとわざとらしく武器の弾倉を切り替えるアデル。

 そう、敵はまだ残っているのだ。奇襲によってその殆どを無力化させたとはいえ、単純な数だけを見れば海兵隊よりもサラッサ側のパワードスーツの方が多い。

 だというのにおいそれと攻撃出来ないのは博物館の崩落の危険性、そして明らかに老人と女の安全を確保しようとしているからだろう。

 数名のパワードスーツ兵士が二人を護衛するように奥へと逃げていくのが見えた。


「アデル!」

「追いかけるのですね! じゃあまずは目の前の連中を! 援護射撃!」


 リリアンの言わんとすることを即座に理解したアデルはハンドサインを繰り出す。その刹那、部下たちは持てる武装の全てを使っていまだに浮足立つ敵部隊へと攻撃を仕掛ける。

 奇襲による状況の混乱、そしてサラッサ側にしてみれば要人を守る為に下手に動けないという状況が重なった為か、彼らはほぼ棒立ちのままで攻撃を受ける事になった。

 しかしそれは、個人の死を恐れない考え方からくるものでもある。

 自分という個体が死ぬことよりも一族が残り、クローンとしての氏族が生きていればそれは己の生存と同意という考え方からくるものだ。

 多少なりの反撃は行われるが、防御を固めた海兵隊は堅牢でもあり、結果的にはすり潰されるようにサラッサ側は沈黙する。

 だが、それでも時間稼ぎにはなったようで、まんまとあの二人は奥へと消えていった。


「……追いかけるわ」


 リリアンの発言にステラが悲鳴に近い声で反論した。


『えぇ! 危ないですよ! そんなことよりも早く逃げた方が』


 この時ばかりはステラの意見が正しい。

 しかし、リリアンは頑なであり、何より敵の事を知りたかった。

 あの二人はどこか誘っているようにも見えたのだ。こちらを誘うように、通路の奥を解放したまま。

 罠の可能性も十分あるし、間違いなく危険ではある。

 それでもリリアンはあえてそれに乗ろうというのだ。

 自己満足ではあるし、果たしてそれに意味があるのかはわからない。

 だとしてもケジメがあった。


「これはね、私個人の、そして人類が理解するべき事なんだと思う。だから連中を追いかける。そこに、あいつらはいる。私たちの敵の、本当の姿が」


 それはリリアンにしてみれば六十余年という月日への総決算でもある。

 そしてそれは敵にとっても同じなのだろう。数千年という時を経て、再び相まみえた人類という兄弟に対して、自分たちが辿った歴史を理解してもらうという、ある意味では彼らもまたケジメを付けるべく誘っている。


「そんなに時間はかからない。それに、これで終わらせる。それよりもセネカには重要な任務がある。頼めるわね? あと沈まないでよ。私だって早く帰って休みたいのだから」

『う……わ、わかりました。無事に帰ってきてくださいね』

「当たり前よ。こんなところで死ぬなんて勿体ない。私はね、もう少しこの世界を見てみたいのだから。それに、私の予想が正しければ……」


 リリアンは暗く先の見えない通路の奥を睨みつける。

 そして崩れた壁から垣間見える外の景色。博物館に入る前に見えた風景を思い出していた。

 あまりに不自然な光景だった。


「水棲生物が主として生きるこの惑星。あまりにも少ない陸地。そこで人類が生き永らえようとする方法を、私たちは知っているはず」

『それって……』

「えぇ、間違いなく。この大地は……艦よ。それも、移民船……ならそこに何があるのか……確かめなくてはいけない」


 そして、リリアンはサラッサ星人たちの屍を越えて通路の奥へと向かう。


「確かに連中はもう人類とは呼びたくない。敵性エイリアンでしかない。でもそこに至るまでにあった何かを私は知っておきたい。これが、私たちの敵なのだと理解しておきたい」


 自分が人生の全てを捧げる事になった敵の正体。

 だからこそ、リリアンは突き進んだ。

 その手にあるブラスターを力強く握って。


***


 そこは今までのは博物館とは違って質素な作り……遊びも演出もなく、灰色の金属の通路と薄暗い省電力のライトだけがあった。

 迎撃装置などもなく、監視カメラなども見えない。人工物だというのにどこか生物の内蔵のように感じるのは生ぬるい空気のせいだろうか。


「私としては、着いてくることはおすすめしないのだけどね」


 リリアンに同行するのは護衛としての海兵隊たちはもちろんの事、フリムとリヒャルトも着いてきていた。


『しかしいずれ知る事です。ですからセネカにも中継を繋げるのです』


 そしてリリアンの通信端末にはニーチェがリンクしていた。

 それはリリアンたちの現在位置を把握する為という意味合いもあったのだが、それ以上にステラが『私も、知りたいから』との訴えがあったからだ。

 ならば否定する必要もなく、ニーチェは便利であるからリリアンもそれを了承した。


「しかし不思議です。敵はセネカを攻撃してこないのでしょうか」


 アデルが疑問を口にする。

 要人と思しき者たちが退避したのなら敵はセネカを攻撃できるはずだ。

 だと言うのにその気配はない。

 よもや戦力がないというわけでもあるまい。


「あえて、指示を出していないのでしょう。むこうにもそれなりのセンチメンタルがあるということよ」

「そういうものですか? まぁそれでこっちは助かっているのですが」

「それか、攻撃されては万が一にも困るものがあるか……まぁどっちでも良いのよ。この都合の良い状況をとことん利用するだけ」


 ある程度進むと少し開けた空間に出る。

 すると空間自体が小刻みに揺れる。その区画自体がトラムになっているのだろう。

 それは地球にある総本部にも似たような機構がある。巨大な空間を移動するにはそういうシステムが必要になる。

 数分で数キロ、数十キロを移動するのだ。

 そしてトラム空間の壁はガラス状になっており、外の様子を見ることが出来た。


「……レオネルでもそうだったけど、巨大な船の中に都市が眠っている……いつも見ても不思議な光景ね」


 広がる街並みは、レオネルのそれとは比較にならない規模の密度を誇っており、大都会とも言うべきものだった。だがそれ以上に敷き詰められた構造物が窮屈で、閉塞感を感じさせる。

 だか実際は小型の艦であれば十分に航行できる広さがそこにはある。

 そして……やはりここも無人だった。

 トラムはそのままレールを通り、巨大な構造物へと格納される。

 自動的に扉が開くと、その先にはまたもや薄暗い通路が続いていた。


「……ご丁寧なこと」


 それが意図的に案内されている事はわかる。

 リリアンもそれに乗じて突き進む。

 いくつもの照明を越えて、見えてくるのは大きく、無機質な扉。

 空気の抜ける音、機械の駆動音、かすかな振動。

 扉が自動的に開く。

 その先には、打ち捨てられた老人と女の【体】があった。

 

「これが……」


 体が横たわるすぐそばにそれはある。


「あなたたちの末路というわけね」


 かすかな灯に照らされたガラスケースが無数に立ち並ぶ。

 その中には人間の神経のようなものがびっしりと埋め込まれていた。

 それも、数人規模ではない。おびただしい程の数がそのガラスに存在する。


「ようこそはるかなる遠き兄弟たちよ」


 神経が、老人の声を発する。

 どことなく蠢いているようにも見えた。

 ガラスに、薄い皮膚のようなものがへばりつき、それが口のように動く。

 目や口のような輪郭を形成していたのだ。


「脳組織すらも捨てて……神経だけで生き永らえて……」


 リリアンはブラスターを向けた。


「もう満足でしょう。あなたたちは、人の肉体すら忘れた。だから……」


 追い求めたのだ。

 人間と言うモノを。

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