第155話 同じで、正反対の存在
「数千年が経っても、人類とは度し難いままのようだ」
老人の声が聞こえる。
頭部だけになったそれは、まだ機能が生きているらしく両目を点滅させていた。
するとリリアンたちが入ってきた側とは反対の通路から一体のロボットが姿を見せる。それは博物館の入り口にいたガイドロボットと同じような見た目をしていた。
そのロボットは、頭部を回収すると、おのれの腹部の装甲を解放し、そこに頭部を格納する。
「我らが地球を脱した時となんら変わっていない。なぜこうも簡単に武器を向けられる」
ロボットの腹部に格納されたままの姿で、老人は悠長に言葉を放つ。
その姿に人間らしさなど欠片もなかった。それがサイボーグだからというのもあるだろうが、頭部と脳組織が胴体に格納された姿はもはや別種の何かである。
「私たちはただ帰りたいだけなのに……」
「好き勝手言わないでよ」
自らの意見だけを押し付ける老人の言葉に対して、フリムが声を荒げた。
「帰りたいのなら、自分たちで行けばよかったじゃない! なんで私たちを使ったの! 自分たちの故郷の場所も忘れ去った癖に、都合が悪くなったら他人に押し付けるような連中が! 自分たちで作った癖に!」
「自らの生存に執着するのは当然だ。そして我々は生き延びて、伝えなければいけない。かつての人類の愚かな行為を繰り返させない為に。フリム、リヒャルト。いいやもはやお前たちがその個体名を名乗る事すら許されない」
フリムの怒りを前にしても、老人の声は涼やかだった。
同時に新たな存在が部屋に姿を現す。金属がぶつかるような硬い足音と共に、透き通るような、そして雪のような白い肌とも言っても差し支えのない姿をした見目麗しい女性が先ほどのロボットと同じ通路から姿を見せた。
それは、どこかフリムに似ていた。彼女がもう少し大人になればそう言う成長をするかもしれないと思う程に、似ていた。
「リヒャルト。遊びが過ぎるのではなくて」
その女の声は一瞬だけしゃがれているように聞こえたが、何か機械の補助もあるのか、フリムと同じような声が聞こえてくる。
何より、女が老人に向けて発した名前にリリアンたちは驚愕する。
女は老人の事をリヒャルトと呼んだ。そしてフリムに似た姿の女……ならばその者の名は……。
「どんな存在に対しても説明はするべきだろう。フリム」
老人……もう一人のリヒャルトの言葉に、若いフリムとリヒャルトは愕然としていた。
自分たちがクローンだという認識はあった。だがオリジナルは人体実験を受け、とうの昔に亡くなっていたと教えられたはずだ。
なのに、目の前の何かたちは、当然のように自分たちの名前を名乗っている。
「まさか……あなた達が」
若いリヒャルトも、この時ばかりは顔を青ざめさせた。
「フム。理解したか。その通り、我々がオリジナルだ。お前たちのその姿も声も、我々の模倣に過ぎない」
「自分たちと同じ姿をしたものが、人ではない何かに変貌していくさまを見るのは耐えがたい苦痛の恐怖だった。それが私たちであってはいけない」
大人のフリムは老人のリヒャルトのそばに寄り添いながら、汚物を見るような冷たい視線を、少女のフリムたちに向けた。
「おぞましい。人間の叡智の行き着く先の、なんと醜き事か……」
「ふざけないでよ……! 自分たちが勝手にそうやって作った癖に!」
「その通りよ。だから責任をもって処理しなくちゃいけなかった。私たちも熱に浮かれていた。新たな生命、新たな種族の誕生、新たな人類のステージだと。だけどそれは幻想。ただ不完全な存在が生まれただけ。どっち付かずで、肉を持った体というだけ。いくつものロットを試し、元の体に戻そうとしてもかけ離れていく。そうして増えた細胞の一つというだけのお前が、オリジナルの私の前にいる」
「処理ですって……!」
「おちつけフリム」
そんな返答に対して、怒りを露わにするフリム。今にも殴り掛かりそうな彼女を宥めるようにリヒャルトが抑え込む。
だが彼の目にも怒りが宿っていた。
「処理をするだのなんだのと、好き勝手言っているけど、じゃあなんで僕たちを使おうとした。なんで今の今までクローンを量産し続けたんだ」
「人がいないからでしょう」
老人たちが答えるよりも先にリリアンが冷たく言い放つ。
「この星に移住した人類がそもそもどれだけ残っているのかは知らないけど、クローンを作らなきゃいけない程に切羽詰まっていた。両性具有に頼らなきゃいけないぐらいに」
リリアンは再び銃を突きつける。
「遺伝子改造、惑星環境への適合失敗、それとも長い長い遠征と数千年と言う時の流れがそういう風にあなたたちを淘汰したのか……はっきり言ってそんな事はどうでも良い。でも一つだけあなた達に同情する事がある。死ぬ時に死ねないのは、確かに可哀そうかもしれない」
それは自分にも向けた皮肉だった。
自分も本来なら、前世界のその時点で無意味な人生を終えるはずだった。
何の因果か過去の自分に戻って人生をやりなおしている。
そういう意味では、自分もこいつらと同じなのだろう
「過去をやり直したいという考えもわかる。だけど、それでもやっちゃいけない事だってある。手段が違えば、私はあなたたちの事を理解してあげたかもしれない。だけど、もう無理ね。私は少なくとも人としての尊厳までは失いたいとは思わない」
過去を後悔する事は誰にだってある。
書き換えたい過去の一つや二つ誰もが持っている。
自分はたまたま、運よくそれが出来る状況を得られた。
本当にそれはある意味ではずるいのだろう。
「そうか。だからあなた達は……」
リリアンはほんの少しだけ彼らを理解した。
彼らは抗えない事実にそれでも抵抗しようとした。その結果が倫理を逸脱する行為だったのは不幸なのだろう。
それでも、数千年と言う時間の中でその過ちに気がつけなかったのは不幸の一言で済まして良いものではない。
それはただ愚かなだけだ。
「神様を気取る事でしか、自分たちを維持できなかった。本当に可哀そうな人たち。傲慢もここまでくれば立派だと言ってあげたいけど、もはやどうでも良いわね。私からすればあんたたちはもうただの敵でしかない。いいえ、もっとシンプルな答えがあるわ」
リリアンは大きく息を吸って、吐き出すように大声をあげた。
「アタシの仲間を侮辱するような連中と仲良くする事なんて、できやしないんだよ!」
その時のリリアンは、少女ではなくかつての……いや本来の年齢の精神に戻っていたと思う。
「この子らの未来を奪わせてなるものか! その行為だけは、絶対にやっちゃいけない事だってぐらい、こっちだって理解している! あんたらは、それをやったんだ!」
かつて、自分はそうだった。
未来ある若者たちを、己の愚行で全滅させた。
その後の人生は後悔の連続だった。そのツケを払うかのように惨めに死んだ。
それでもやり直しが出来た。だから自分の言葉は本当なら都合良い、上から目線のものなのだろう。
だとしても、いやだからこそ、同じような事をする連中を許してはおけなかった。
「何をわけのわからない事を。それにお前たちは理解をしていない。ここは我らの本拠地。本星の内側。それがなにを意味しているのかわからないわけではないだろう」
リリアンの啖呵を涼しく受け流す老人たち。
その言葉と共に遥か後方では何かが爆発するような音が聞こえた。それは断続的に響いていた。
「お前たちが乗ってきた艦だろう。宇宙に上がっている戦力だけが全てではないのだよ」
「首都を防衛する戦力ぐらいは残してあるわ。お前たちが特攻をしかけてきた時からこっちへの上陸は予想していた」
「だから逆に利用させてもらったよ。君とはどうしても話しておきたかったからね。だが、それも無意味だった。だから、君たちにはここで消えてもらうしかない。ここは神聖な場所だ。そしてお前たちは秘密を知ってしまった。理解をし、共感をしてくれるのなら例外的に生存を許したのだが……」
老人と女がそう言い終えると、まるで待機でもしていたかのようにサラッサのパワードスーツを装着した兵士が現れる。
しかもそれは背後からもやってきているようで、地鳴りのような行進の音も聞こえた。
パワードスーツ部隊は腕の銃口をリリアンたちに向ける。
「あんたらもちょっとアタシらを舐めていやしないかい」
それに対してリリアンは不敵な笑みを浮かべた。
「うちのクルーは優秀さ。それも飛び切りね」
リリアンが言い終えると同時に天井が崩落する。
複数の爆発、そして雄たけび。
「海兵隊降下! ゴーゴー!」
「要救助者を確認!」
「敵反応多数!」
「乗りこめー!」
土煙と瓦礫、そして火薬と爆風に塗れながら降ってきたのはアデル率いるパワードスーツ隊であった。上空から無数の銃火器をばらまき、リリアンらを包囲しようとしていた敵部隊を沈黙させていく。
同時に強固な盾を構えた隊員たちがリリアンらを守るように降り立つ。
しかもそれだけではない。崩落した天井からは外の景色が見えた。
そこには、セネカの姿があったのだ。
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