第154話 黄金時代の影より
人類館とやらに足を踏み入れると、そこは少し肌寒いが空調が行き届いた環境であった。何よりリリアンたちを驚かせたのはあちこちに展示された歴史物の数々である。
そう、そこは博物館だった。なぜそれがわかるかと言えば、彼女たちにも読めるような文字で『人類の歴史』なる看板が天井からぶら下がり、移民船の模型や当時の人類が使用していたらしい宇宙服、簡易的にではあるが編集された映像を流すモニターなどが存在しているからだ。
しかもそれらにはいくつかの言語も添えられており、中には人類のではない文字も添えられていた。それは喜望峰などで確認されたサラッサ星人たちが使用する文字だ。
「戦争から逃れる為に馬頭星雲方面へと脱出を計画。漠然とした目的地のみを定めて、あてもない、途方もない旅路の果てに緑の星へとたどり着いた……フン、ドラマチックね?」
簡素な作り……それは二十世紀や二十一世紀頃の博物館のようであり、意図的に古めかしく作られているのがわかる。
いつの頃からか、人類は過去の文明を模倣する事が流行っていた。これもその名残とでもいうのだろうか、今の地球ならVRもさることながら立体映像での表示などもあるし、ある種の体験アトラクションなども存在する。
しかしここは、粗雑な剥製や模型が並んでいるだけだ。それがわざとそういう作りなのも何となくわかる。
「こういった施設は、他にもあるのかしら?」
リリアンはフリムたちに質問をしてみるが、二人とも首を横に振るだけだった。
「こんなもの、見たことがない。場所だってよくわからないのに……」
展示物を見るフリムはどこか怯えていた。空間に対する恐怖と言うより、ここの存在そのものと言うべきだろうか。
それはリヒャルトも同じだが、彼らにしてもなぜ恐怖を感じるのかはわかっていない様子でもある。
自分たちの知らない何か。当然、奴隷のような扱いを受けていた身分故にこんな場所に足を踏み入れる事がないのもあるだろう。
しかし、二人とも一応は地球で生活をしてきた人間だ。博物館に入ったことがないはずがない。
だというのに恐怖で青ざめていた。
そして無意識だろうか、フリムは兄であるリヒャルトの腕にしがみついており、リヒャルトもそれを受け入れていた。
「僕たちは、人類とサラッサのファーストコンタクトは人類が一方的にしかけた戦争だったと聞いた。それはどうやら嘘じゃないようだけど……」
リヒャルトが眺める先には戦争へと突入した歴史が紹介されていた。
どうやらこの当時からサラッサ側にもそれなりの戦力、技術力はあったらしい。まるで古いSF映画のような再現映像はどこか滑稽だった。
確かにわかりやすく、親しみやすいかもしれない。これが敵の本拠地でもなければリリアンとてそれなりに興味深く見て回った事だろう。
「自分たちの恥部をさらけ出している点には素直な評価をしたい所ね」
説明文を読むと、長い放浪の旅にて肉体的にも精神的にも疲弊した人類が安住の地を求めるあまり、攻撃を仕掛けたという説明がなされていた。
しかし長い放浪は技術の衰退や戦力の低下を招いていた。それでも人類側の戦力の方が圧倒的に有利だったらしいが、戦い自体は互角と言ったところだったらしい。
それは人類そのものに二分された勢力が存在し、一部はサラッサ側についたという。
だが、戦争自体は早期に終結し、この二つの種族はお互いの誤解を解き、和平を結んだとされる。
その歴史自体は十数年分がどうにもあっさりと紹介されていた。
それもまたどこか違和感のある展示内容だった。
「和平を結んだにしては、二人の扱いがなんとも言えないのは一体どういう変遷を遂げたというのかしらね」
リリアンたちは嫌な予感を脳裏に抱きながら、ただ道なりの博物館を進むしかなかった。
気が付けばあの案内ロボットは通路脇に鎮座し、機能を停止させている。中途半端なガイドロボットだ。
「でもこの博物館は清掃もされているし、展示物も管理されている。それに一見すると古めかしいものでも、所々作り直しているものもあるわね」
本来剥製や模型も数千年も経てば劣化する。
だがここにはそう言ったものがない。そのカラクリは展示物をよく見ればすぐにわかるものだった。
やはりいくつかの展示物は劣化が目立つものの、そのうちのいくつかは新造されたかのように光沢を放っていた。
それはこの博物館は今もなお活動しているという証拠でもある。
「客もいないのに、一体何が目的で──」
歩みを進めていくと、リリアンたちは思わず足を止めた。
先ほどまでのコーナーが人類とサラッサの戦争の歴史を紹介する場所だとすれば、今彼女たちがいるのはその次の段階。和平を結び、二つの種族の共存の歴史を紹介するコーナーである。
そこには人類の男女、そしてサラッサの男女のマネキンが四体並んでいた。
そのマネキンの作りもわざとらしく古いもので、それがかえって不気味なのだ。
「過去文明の模倣もここまでされるとちょっと不気味なのだけど」
三人はまるでマネキンに見られているような錯覚に感じながらも先を進む。
念のため、一定数進む度にトラップなどがないかを確認はしているし、リリアンもブラスターから手を離さないままだったが、拍子抜けも良いところで、ここは本当にたんなる博物館らしい。
「互いの技術力の交換。陸と海に分かれ、一方沿岸部では両種族が同時に生活し、和平の象徴たる都市を建設……と言ったところかしらね」
その他にも文化の違いやそのすり合わせがいかにして行われたかの説明もなされていた。やはり和平を結んだ直後でもそれなりの衝突はあったらしい。それでも十年、百年と歴史は続いたことが説明されていた。
それは一見すれば微笑ましく、人類の異星人の理想的な共存の紹介のようにも見えた。
だが、それはある時期を境に一変する。
それを先に見つけたのは不幸にもフリムだった。
「うっ……これは……」
彼女は口元を抑えた。
それまでどこか古く、珍妙で、幼稚なものが続いていたというのに、彼女が見つめる先では明らかに異質なものが並んでいた。
それは男女二つの特徴を持った人類とサラッサのマネキン。そして性別がない人型の何かのマネキンも並んでいる。
展示方法は変わらないのに、そこから先は何か空気が違った。
「出生率の低下……フリムたちが語っていたサラッサ側の歴史ね。でもどうやらそれは人類側も同じ……いえ、でも本来は少し違う」
異変を感じ取ったリリアンは説明文に目を通した。
文明のすり合わせ。百年、二百年と異なる文明と接して、共存してきた人類には意識の変化が訪れていた。
それは性別の垣根を取り払うというもの。人類は、いつしかサラッサ星人と同じく両性具有を選択する道を歩んでいた。
それは些細な意識の変化から来たもの。
否、黄金の時代と呼ばれた頃の人類の名残だろうか。
「人類は、サラッサ側へ人体改造技術を提供した……同性間でも子がなせるような肉体、クローン技術」
サラッサ星人の幸運は、彼らの肉体がウミウシに似た性質を持ち、そして人類側にはそんなウミウシなどの生物を使った生物実験技術のデータが存在していたという事だった。
「まさかとは思っていたけど……ここにたどり着いた人類は、かつてレオネルにいた者たちなの?」
レオネルの海の奥底に生息していた巨大な発光ウミウシ。
思えばあれも奇妙な存在であったが、あんなものを生み出せる技術があるのなら、確かにサラッサ星人へ応用することも可能かもしれない。
「これでサラッサは一時的に種族の繁栄を維持できた。同時にそれが普遍的となった頃に人類側もそれに順応する者も現れた……」
百年もあれば文化は変わるという話を聞いた事がある。
両性具有の技術、クローン技術、ある意味では神の禁忌を犯した技術の数々を当時に人類は保有していた。
そしてそれを惜しみなく利用し、繁栄へとつなげた。
クローン技術はクローン兵士の作成。それはいつかであったラナという少女のことを思い出させる。
「サラッサへと移住した人類も、いつしか両性具有へと人工的に進化した……うん? 紹介はこれで終わり?」
なんとも中途半端な部分で説明が途切れていた。
まるでそれ以降の歴史は存在しないかのように。作りかけのまま放置された状態と言っても良い。
その先、通路はまだ続いていたが最低限のライトでしか照らされていない。その先をうかがい知ることは出来ない。
三人は互いに顔を見合わせた。
どっちにしろ進むしかない。
「念の為もう一度言っておくけど、私、銃の成績は良くないから」
暗い通路も綺麗なもので、やはりつい最近にも手入れがなされていると判断できる。どうあれ、この施設はまだ稼働しているという事だ。
薄暗いライトはどこか松明のように見え、薄暗い通路は洞窟、同時に装飾が施されているせいか遺跡や神殿を模したアトラクションだと言われれば納得もしてしまう。
もしかすると本当にここは遺跡なのかもしれない。それを改修して博物館のようにしている……ありえない話でもない。
ややすると、これまた空気の違う空間へと出る。
そこは科学技術の粋を集めたような場所であり、いくつものモニターやコンピューター機器が設置され、投影モニターなども存在していた。
管理室とでも言えば良いのか、かなり近代的な作りであり、博物館とは打って変わった場所なのは間違いない。
そして、部屋につくなりリリアンはブラスターを突きつけた。
その部屋の中央には円形のデスクがあり、そこ一人の老人がにこやかな笑顔を浮かべて座っていたからだ。
それは人間だ。人間の老人であり、白髪で、皺を蓄え、人種はわからないが欧米風な見た目をしているが、自信はない。
作ったような笑顔のせいで、なんとも言えない奇妙な感覚があり、それが人種の特性を困難にさせているのだ。
老人は白衣を身にまとっていた。さながら研究者と言った風体であり、博物館の館長にしてはいささか芝居じみていた。
「ようこそ、我らの遠い兄弟。いや姉妹と呼ぶべきかな」
老人は口を動かすことなく言葉を発したが、僅かだが両目が点滅したように見える。
その瞬間、リリアンたちは気が付いた。目の前にいる老人は、生身ではない。
アンドロイド、ロボット……いや違う、この口調には機械のような無機質さがない。
それにこの声は敵旗艦から聞こえてきたものと同じだ。
「サイボーグ……?」
リリアンがそう呟くと、老人は満足気に、小さな笑い声を出した。
「ご名答。あなたは聡明なお嬢さんのようだ。そう、機械の体だよ、これは。どうだい、館長っぽいだろう?」
「趣味は理解できませんわね」
リリアンはわざとらしく答えた。
対する老人もそれを受け取ったのか、小さな笑い声を発した。
「一体どういう手品を使ったのかしら。なぜ私たちはここにいるの。それにここはなに。フリムたちも、ここが何なのか知らない。まるで博物館のようだけど」
リリアンは露骨な警戒を見せながら問うた。
すると老人は「その通りだよ」と答える。
「ここは我々人類の歴史を残した博物館さ。人類とサラッサの歴史、血塗られた始まりと和平、そして繁栄……」
にこりとした表情は一切変わらないまま言葉が続く。
「そして君たちがここにいるのは簡単だ。君は艦に生体データを登録されたのだろう? ただスキャンしただけで登録が完了するわけがない。同時に、君にはそうだな、ICチップ……ナノマシンが投与されている。人体に影響はないよ。そのナノマシンが生体ワープを可能とするシステムを構築する。我々の時代では普通の事だった」
さらりと凄まじい技術が説明されたが、それで一つの疑問は解決した。
「フリムとリヒャルトにもそれがあるというわけ?」
「当然だ。その二つは我々が作ったのだから」
老人の物言いに一瞬だけリリアンは眉を顰めた。引き金にかける指に力が入るが、そこはあえて堪えた。
「さて、我々の招待を受けて、君は我ら人類の歴史を学んでくれたと思う。率直な感想を聞かせて欲しい。我々の歴史はどうであった?」
リリアンの行動に気がついているのかどうか、それは定かではないが老人は話を続ける。
「本来なら真っ先にあなたを拘束するところだけど、実際私もこの星の歴史には興味がある。いえ、あなたたち人類を名乗るエイリアンの存在に興味があると言っても良いでしょうね」
リリアンはブラスターを向けたままだった。
「感想? 平和に終わって、独自の進化を遂げた。そして共存が果たされた。えぇ凄いわ。感動的。でも、中途半端に終わっているのはどういう事。なぜ、今の現状になったの。あなた達は、何を隠しているの」
「隠す……そうだな、汚いものは隠したい。それは当然の反応だ。君だって汚物をまじまじと見る趣味はないだろう? それが大多数の意見だ」
にこやかなまま老人の口調はトーンを落とす。
「気持ち悪いからだよ。その後の、我らの歴史はとても気持ち悪い。あぁ寒気が走る程にね。誤った進化だったのだ。だからそれを捨て去り、戻りたいのだ。だから私たちは言ったはずだ。戻りたいだけだと」
ゾっとするような感覚がリリアンたちに伝わる。
「あんなものは。そこにいる二つが人類なわけがない。人類とは男女に分かれていることが自然。人工的に作られた両性具有など愚かな気の迷い。それは人類ではない。人類であってたまるものか。我々は元の体に戻る。だがクローンでは寿命が安定しない。両性具有では子を成す確率が低い。我らはこれ以上進化を必要としない。だから退化するべき。いやあるべき姿に、あるべき場所に戻る必要がある。そう思うのは、おかしな事だろうか。我々は、人間に戻りたいのだよ、お嬢さん」
それは、酷く独善的な言葉であるとリリアンは思う。
だから答えた。
「知らないわよ、そんな事」
リリアンは引き金を引いた。
ブラスターの弾丸は老人の首に命中し、頭部を胴体から弾けさせた。
ごとりと頭が落ちるが、見えるのは機械だけだった。
「とてもくだらない理由をどうも。これではっきりしたわ。あんたらはただの侵略エイリアンだってこと。そしてとても自分勝手な連中と言うことよ」
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