第151話 嗚呼、我ら栄光なりし地球帝国艦隊
「ありったけの冷却材をぶち込め! 蒸し焼きで死ぬのはごめんこうむる!」
エリスの機関室では機関士、整備士たちが前線の兵士以上に汗水を流していた。その陣頭指揮を執る整備長のサオウも作業服を着崩すことなく、完全防備の中で、それでもよく通る大声を張り上げた。
「艦長殿からのお達し! ワープ機関だけは何があっても最優先で修理すること! 良い!?」
サオウにしてみても、リリアンのその指示は理にかなっている。戦艦の心臓ともいえるエンジンが吹き飛べば航行どころかそのまま艦と共に宇宙の藻屑として消える事になる。
最悪、乗員は宇宙服でも身に着けていれば生き永らえるし、医務室などは独自の予備電源なども最低限は備えている。
乗員の安全を考えればこの不安定なエンジンを先に安定化させるのは当然の事だ。
なのだが、我らが偉大なる艦長殿はそういう意味でエンジンの修理を優先させたわけではないらしい。
「学生時代は我儘で通していたというけど、こりゃ今もその性格は変わっていないようだ」
サオウはぼやきながら、額に流れる汗を無意識にぬぐおうとしたが、作業服とヘルメットに遮られてそれは出来なかった。
他の何よりも優先してエンジンを修理すべし。それがリリアンの指示だが、それは守りに徹する為ではなく、次なる攻撃を実行する為のものだと聞いてサオウは思わず苦笑したものだ。
しかもそれが、敵の旗艦と思しき相手を巻き込んだワープを実行する為だと説明されては苦笑を通り越して顔を青ざめる事になる。
そして、それをやれと言われればやるしかないのが部下というものであり、帝国士官なのだ。
「全く。我らが艦長殿は一体何をお考えなのか……まぁ、ここまで来たらやれることは全部やってしまった方が後悔はないさ」
少なくとも、リリアンという女は死にに行く事を肯定はしない。
無茶はやるし、付き合わされると大変だが、それらは全て生き残る為の行動だ。
もしくは何かしらの真実を追求する為のもの。
今、自分たちが相対してる敵がどうにもややこしい連中だというのはここにいる面々も艦内放送でそれとなくは理解している。
それを抜きにしても学校を卒業して、僅か一年とちょっとで1500光年も先の馬頭星雲までやってきたのがいまだに信じられないし、異星人や過去の人類の末裔との出会いなど、一生のうちどれだけあるものか。
そこからさらに新しい真実すら見えてくるとなると、まぁ確かにサオウとしても最後まで見てみたい気分になる。
「ドローンちゃんたちもこっちに優先! 生命維持に必要な区画整備には最低限だけ回しといて!」
好奇心を擽られる。
どうやら気が付かないうちに自分たちもあの我儘が移ったらしい。
***
一方で宇宙空間に射出された戦闘機隊は体感的な暑さとは無縁ながらも、体の内側から発せられる熱を感じていた。
装甲と強化ガラス一枚を隔てた向こう側は暗闇の宇宙空間。無数の放射線と残骸とその他諸々が飛び交う危険な空間。
そして目の前には飛び交う弾丸と魚雷と敵と味方。戦艦乗りたちであれば気にならないような細かいゴミも戦闘機乗りにしてみれば死に直結するような存在。
多少は戦闘機にも微弱なシールドはあるが、それは絶対の安全を保障するものではない。
それは新型のウーラニアを駆るフランチェスカたちも常々感じている事だ。
いずれ戦闘機にも大出力のシールド発生装置が搭載される事になるかもしれないが、それは自分たちよりも後の世代の話だろう。
「そんなことになれば戦闘機はもう駆逐艦になるか……」
コクピットの中では独り言が多くなる。これは帝国の戦闘機乗りたちの中では常識となっている癖だ。
それは不安を紛らわす為もあるし、自身を鼓舞する為でもあるが、なにより自分がまだ生きているという実感を得られるからだ。
それに言葉を発するというのは状況の整理にも繋がる。
「いえ、無人戦艦なんてものが運用されちゃあ、戦闘機も無人機に置き換わるかも? ま、そうなれば戦闘機乗りじゃなくてレーサーになるのもアリ?」
未来の事はわからないし、技術の進歩も今のところは興味もない。あるとすれば最新型の有人戦闘機の存在ぐらいか。
個人としては思うことがない言えば嘘になるが、所詮は個人で騒いで出来ることは何もない。
それよりも今は戦闘の方が気がかりだし、この戦争がどうなるのかも気になる。
「さて、大規模な編隊飛行は訓練してきたつもりだけど、他の部隊との合同作戦なんて数える程しかやってない中でこの即興部隊でどこまでやれるのかしらね」
もはやそれは言っても仕方のない事だが、この戦場では当然ながらデランが指揮する部隊以外にも他の艦隊の戦闘機隊も存在する。どんな指揮下にあっても戦闘機乗りたちには暗黙のルールのようなものが存在するので、少なくともお互いに意図して邪魔をしあうことはないが、その上に位置する指揮官たちはそうでもない。
テリトリーのようなものがあり、与えられた作業区画というものがあるのだが、それを易々と越えて指揮系統を入り乱れさせてしまう連中もいる。
ようは同士討ちを誘発させかねないのだ。
当然、戦闘機たちにもコンピューターがあり、味方の識別を確認して誤射をしないようにはするが、それでも事故は起こるし、なにより今は戦闘中なのだ。
とにかくその辺りも気を付けなければ、まともに飛行することも出来ないのが戦闘機乗りの辛い所である。
しかも先ほどまではそういったシステムに異常をきたすジャミングが展開されていたので、戦闘機は発進出来なかったし、そもそも戦闘すらままならない状態だった。
そんな中でそれが解除され、このように攻撃を展開できるのは喜ばしい事であり、フランチェスカ自身もそのうっ憤を晴らすべく瞬く間に敵機を一機撃墜したのものだ。
「今の所は勇み足でこっちに出しゃばってくる連中はいないから良いとして、気分がよくなるとついやっちゃうのも戦闘機乗りなのよね」
暗黙のルールがあるとはいえ、人間だ。
気が昂ってしまうとそうなってしまうものだ。
さらに言えばフランチェスカ自身がそういう気質であると自認している。だから指揮官選びには慎重になったし、デランはその点では融通が利いて有能であるからその下にいても苦はない。
思った以上に好きな事をさせてくれる。
「それにしても、敵はあんな衝撃の事実を聞いても動きに乱れがない……みーんな知ってた? それとも気にしてないだけ? よくわかんない連中」
敵の黒幕が人類だと名乗った。それはそれで驚きだが、敵であることに間違いはない。こっちとしては宇宙海賊なども相手にしているし、今更な話だ。
武器を突きつけてくるのだからやり返す。暴動を起こすから鎮圧する。単純明快だし、そこで銃口を鈍らせることはない。
しかし、敵側は本来ならそうはいかないはずだ。実は自分たちの親分が自分たちは違う種族だった事について、思うことがないのだろうか。
「考えてみれば、連中は猪みたいな戦闘機動だったか」
以前の戦闘を思い出すと連中は死を恐れない動きを見せていた。
その理由は個人が死んでも種族、氏族が生きていれば良いという感覚だかららしいが、今回のもそういう事なのだろうか。
自分たちの親分が誰であろうと、それで種族全体が生き残るのなら気にしない。
それとも最初からそんなことは織り込み済みだからどうでも良いのか。
なんにしろ気に食わないことはある。
「奴隷扱いはないでしょ、それは」
リヒャルトとフラム。対して会話をしたことはないが、彼らのおかれた状況には憤りは感じる。もしそれを自分たちと同じ存在がやっていたのだとすれば……それは許しておいてはいけない事だ。
だから、なんだ。つまりは、徹底的に痛い目を見せてやればいいのだ。
少なくとも自分たちの仕事は敵を落とす事なのだから。
「各機、このまま蓋を維持する! 戦闘終了まで落とせるだけ落としなさい!」
そう、それで充分なのだ。
***
「各部隊の動きが馬鹿に良い感じだな?」
結果的に最前線を任せられる事になったヴェルトールはデランが指揮する戦闘機隊の動きをモニターしながら言った。
『全員が、ひるむよりも連中に思った以上に反発しているという事だ』
指揮系統をリンクさせたアレスからも同じような通信が届いていた。
『それは良いんだけどよぉ、張り切りすぎて前に出過ぎなんだよ』
一方でデランからはそんな苦労も届く。
「あぁそのようだ。いったん部隊を後退させる。攻め込むのも良いが、前に出すぎては艦砲射撃の邪魔になる。エリスの防衛もあるしな。あの我儘娘め、この状況でさらに我儘を加速させるようだ」
リリアンの突拍子もない作戦はヴェルトールも認知していた。
当然ながら、彼はそれに反対したが、第六艦隊側はやる気だ。
あぁなると感化された乗員たち全員を説得しなければいけない。
それに、全く馬鹿な作戦というわけではない。言ってしまえば、リリアンのやろうとしている事は敵の首都、政治中枢を抑えようというわけなのだ。
そうなれば確かに無駄な戦闘を終わらせる事も不可能ではない。
だがそれを実行するにしても、今はこの戦闘をある程度終わらせる必要がある。
「それに総司令官殿の危惧もわかる。俺たちが手に入れた情報と比べて、敵側の戦力があまりにも少ない。本土決戦だぞ、これは。なのに俺たち遠征艦隊と同数で戦うものか」
だがもはやステルスなどの手段で戦力を隠すことは出来ないはず。
レーダーやセンサーの届かない距離からの超長距離狙撃武器などがあると仮定しても、それはこの宙域では難しい話だ。
「まさかな……?」
他に何かを隠せるのだとすれば、それは……
「星そのものにまだ何かあるのか?」
惑星は、当たり前だが巨大であり広大だ。
戦艦を何十、何百と隠せる。大型の破壊兵器だって隠し通せるだろう。
実は惑星の地表からこちらを撃ち落とせる超巨大な砲台がありますと言われても不思議ではない。連中がわざわざ自分たちを引き込んだのも、それで一掃すれば良いという判断なのかもしれない。
当然これは仮定の話だ。
しかし、ありえないと捨てる程でもない。
「だとすれば、リリアンはそれすらも予測したか?」
言ったあとでヴェルトールは笑った。
「ないか」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます