第150話 宇宙に煌めく緑の星のもとで
総司令官シュワルネイツィアとしては色々と手続きを踏まねばならない立場にある。それが責任者というものなのだ。あちらが反応を示し、会話をしてきたのであればこっちも礼儀として、そして最低限の建前として、歩み寄る姿勢を見せなければいけない。
もしその建前を無碍にされたらどうするのか。
簡単である、戦闘の意思ありと判断して戦うまでだ。
「そもそも、先に手を出したのはあちらだ」
「しかし閣下、前司令の件は……」
「うん? あれはその当時のサラッサ艦隊で起きた反乱による事故だよ、事故。私は少なくともそう解釈した」
幕僚の言葉にシュワルネイツィアは億劫な態度で答えた。
ようはその話は面倒臭いと言いたいのである。
実際、その事件が起きようと起きまいと連中はこっちを狙ってきたのだし、友好的に接したいのなら信号の一つでも送ってくるべきだ。
「各空母に戦闘機の発進準備をさせろ」
淡々を指示を送りながらも、シュワルネイツィアは考える。
この戦争の発端にしても、連中が当時の植民惑星にやってきて惑星を巻き込んだ事件に発展したのだから帝国としても良い迷惑である……と言うのが官僚的な意見だ。
個人として間違いなく不幸なすれ違いがあった事は認めるし、それで苦しんだ者たちがいて、それをひた隠しにしてるからこんな面倒な事が起きたという事実がある。
「全くもって……これが我らの先祖の遺したツケだと思うと泣きたくなる」
同時に思うのは過去の人類はこんな遠くまで手を伸ばせるだけ技術力があったのか……その時代の遺産であるロストシップ、この神月も単独で銀河を渡れたのかもしれない。
いまでは前司令の趣味で内装が純和風に置き換えられているという、いささか間抜けな事になってしまっているし、過去の技術の再現も完璧ではない。
「……いや待てよ。敵にロストシップがあるのはわかる。かつての人類の末裔だからな。だとすれば……移民船はどうなった?」
「は? 移民船、と言いますと」
「ドック艦だよ、ドック艦。何千だか何万だかの人類を収められるものだ。生活機能もある、整備機能もある、なにより……あれだって一つの要塞であろう」
神月を内包し、地球の総司令部として機能していたのもドック艦である。
エリスが眠っていた場所も同様なのだから、サラッサ側にだってその手の設備はあってしかるべきだ。
「あ……た、確かに。敵にロストシップがあるという事は……」
幕僚たちが青ざめる。
なんてことだ、敵はまだ隠し玉を潜ませている可能性がある。
「艦首超重粒子砲の準備をしろ。しかし……」
命令を下しつつ、シュワルネイツィアは冷静だった。
「ステルスはもう種がわかった。移民船を要塞としたとして、それを隠す場所はもうない……杞憂であればいいのだがな」
だとしても、万が一に備えるべきである。
シュワルネイツィアは神月の動きを全艦隊に通達させた。
砲撃に巻き込まれないようにいつでも陣形を崩せるように、同時に帝国式の砲撃機動陣形への再編を急がせた。
ジャミングの消えた帝国艦隊の動きは素早い。
総司令の指示に即座に従い、実行する。
「撃てば、何枚の始末書を書かねばならんのだったかな?」
艦隊の動きを眺めながら、シュワルネイツィアは幕僚の一人に問うと、彼は言葉を詰まらせた。
光子魚雷と並ぶ禁忌の兵器が神月には内蔵されている。それは一撃で敵艦隊を殲滅させうるが、惑星に撃ち込めば間違いなく地殻などの甚大な被害を与える。
それゆえに封印され、例えそれがテロリストなどであっても使用してはならぬと代々の総司令は伝えられる。
もしそれを使うのであれば……幕僚はそう考えた。
だがシュワルネイツィアは苦笑した。
「冗談だ。知っている。出来れば使いたくないというだけだ。我々の建前は、惑星サラッサで不当な扱いを受けている人類の末裔を救う事だ。星を壊滅させることでも、敵性エイリアンを絶滅させることではない……あちらがどう思っているのかはわからんがな」
どこか憂鬱な気分が沸き出るシュワルネイツィアであったが、ある事がそれを吹き飛ばした。
「おい、なぜエリスはあの宙域から動いていないのだ?」
「は? あぁ、おい、確認させろ」
モニターに映し出された破損したエリスは内部から酸素やガスが噴出しているのか黒煙を吐き出したまま、シールドを展開していた。
その周囲に無人艦が集まっているのも映っていた。
「はっ、司令、その……」
「なんだ?」
「エンジントラブルで動けないそうです」
***
エリスは無人艦隊のシールドに守られながら、生き残った砲塔で敵艦隊へと攻撃を開始していた。
目に見えて火力の落ちたエリスではあるが、さっそく敵巡洋艦を二隻撃沈していた。
しかし砲撃する度に新たな砲塔が破損するという事態にも発展していた。
それでもエリスは座して動かず、抵抗の姿を見せる。
そう言えば恰好もつくが、実際は無茶をしたせいでエンジン及び推進機関に異常が発生し、絶賛修理中なのである。
「総司令殿のお考えもわかるのだけどね……動けないのだから仕方ないでしょう」
そんな中で、件の報告は当然エリスにも届いていた。
リリアンも前世界ではついぞ見る事がなかった超重粒子砲とやらの発射を計画しているとの事らしいが、それが一体何なのかは想像しかできない。
言葉から察するに破壊力のある兵器なのだろうというのはわかるが、さてそんなものに巻き込まれればエリスとて無事ではない。
その為、無人艦で曳航させようにも敵の攻撃を前にシールドを解除するような真似は出来ない。
当然だが、曳航するには艦体をアンカーなどで固定するのだから、当然シールドの干渉を受ける。
攻撃を行う一瞬だけはシールドが解除されるのとはわけが違うのだ。
「とはいえ、総司令官殿の危惧に備えるのは悪い判断じゃない」
リリアンとしても、総司令が何を警戒しているのか、それについても大体の予想は出来ている。
「ステラ」
コントロールがもどった無人艦隊、そしてニーチェの性能ならばもはやステルスは意味をなさない。
敵艦隊はジャミングも封じられ、こちらには電子戦闘が可能なアレスの艦隊もいる。
もはやこれで遅れを取ることはない。
「周囲に巨大物体の予兆は見られません……ですが、総司令が何を予測したのかは概ねわかります。私たちがレオネルで見た移民船団の事だと思います。エリスの同型艦だけが残っているなんて都合の良い事が起きるとは思えませんし、あれが万全の状態で残っているのだとすれば、可能性はあります。ですが、少なくともこの宙域には存在しないと断言できます」
問われたステラもまるで初めからそう答えるつもりだったのか、すらすらと言葉を並べた。
「なぜ?」
「……私も実はさっきまでは自分の考えがまとまっていませんでした。ですが……さっきのあの人たちの言葉を聞いて確信しました。あの人たちは、移民船で、戻るつもりです」
「なら……私たちは何のために作られたのよ……」
ステラの言葉に反応を示したのはフリムであった。
もちろん、彼女は言ってしまえば奴隷階級。ある意味でサラッサ側の最高機密に触れられるはずがない。
よもや虐げられていたはずの人類の末裔が、実は上位に位置していた?
一体どういうことなんだと彼女の思考は混乱を始めていた。
「私たちは、一体何なのよ! 進化って、帰りたいって!」
それは慟哭であった。
誰も彼女を止めなかった。
「なら連中を倒して聞いてみるしかないわね」
フリムの慟哭に返答をするリリアン。
彼女はきっぱりと、平然と答えた。
邪魔者は倒す。
最終的にはそう言う結論に落ち着く。
それがシンプルな答えだ。
どちらにせよ、相手はこちらの質問に答えるつもりがないらしい。その証拠にあれ以降の通信は途絶えていた。
「各艦隊、合流しました」
その最中、デボネアは月光艦隊、そして足の速い第四艦隊がエリスたち第六艦隊と合流した事を報告する。
この時、既にデランの部隊は艦載機を発進させていた。
重爆撃機に攻撃機、大攻勢であり、戦闘機隊は後方の空母艦隊からも次々に出撃を確認できた。
それに対してサラッサ側も艦載機を発進させる。先に展開をしておけばよかったものを、それをしなかったのは間違いなく相手側の、致命的なミスである。
『全く……エンジントラブルとは悪いジョークだ』
ヴェルトールの通信が再び繋がる。
モニターには同時に月光艦隊の他の面々や第四艦隊の指揮官たちも映っていた。
『攻撃隊が引っ掻き回す。ついでにリヒャルトのセネカも回収してやってくれ。あっちも無理してるそうだ』
攻撃隊を指揮していたデランからもそう言われる。
彼の指揮する攻撃隊は敵部隊をエリスに近づけさせる事はなかった。展開も素早く敵攻撃隊は散開する前に撃ち落とされている。
敵の侵攻ルートを予測して、そこへ打撃を与える。視野の広いデランだからこそ出来る戦法である。
『何より、お前たちにばかり戦果を挙げられては困るのでな』
そう言いつつもエリスを守るようにシールド艦を派遣させていたのはアレスだ。
前世界では機動と防御の名手として名を馳せた若き提督の采配の片鱗である。
そして何より、彼らのその特性を熟知した上で全体的な艦隊を指揮を見せるのがヴェルトールであった。
突っ込んでくる敵駆逐艦には針のような一撃で無駄なく迎撃し、散開しようとする攻撃機や足の素早い巡洋艦は魚雷の飽和で足止めをし、そこを狙撃するように重粒子で貫く。
かと思えば同時に二隻を貫通させ、撃沈したり、行動を制限するように僚艦たちに飽和砲撃を実行させ、敵の選択肢を奪う。
一方で第四艦隊のフラカーンは艦長であるポルタの顔と体に似合わない迅速な動きで包囲網を形成し始めていた。
強引に突破を図ろうとする部隊がいれば即座に攻撃をしかけ、出鼻を挫く。
一時的な後退を図れば狙ったように追い込む。
「優秀な殿方たちだこと……」
本当にそう思う。
彼らは知る由もない事だが、リリアンからすれば彼らはその実力を最大限に発揮できる戦場を与えられた。
前世界では訪れる事のなかった舞台に、彼らは立っていた。
されど、まだ本格的な戦闘は始まったばかりである。
敵の旗艦にダメージは与えたが、撃沈には至っていない。
お互いの艦隊は古き時代の艦隊決戦へと移行しようとしていた。
「戦線は維持できる。いえむしろこっちが優勢……けれども総司令の危惧も気になる。ふぅむ」
その場で砲撃を続けさせ、生き残った整備用のドローンの最大稼働を指示、修理に当たらせながらリリアンは次なる盤面を考えた。
それはこの戦いの決着。この艦隊戦に勝てば良しというのは一時的なものでしかない。
何よりリリアンの中には一つ、余計な欲望が生まれていた。
それは好奇心と言っても良いし、ある意味では過去との本当の意味での決着でもある。
(フリムじゃないけど、私も知りたい。連中の事を、人類を名乗るあの存在を……それが、本当のゴールになると思うから)
前世界で六十余年を月日を無駄にした。
ある意味、目の前の敵は自分の人生そのものと言っても良い。
サラッサ星人の姿はもう見た。そして恐るべき真実も、そして人類のクローンと言うものも。
それだけでも驚きだというのに真の黒幕ともいえる連中まで現れた。
(センチメンタルとでもいうのかしらね。私は、私の手であいつらとの決着を付けたがっている。それに知りたい。なぜこんな事を始めたのか。それを知らなければ……この戦いは本当の意味で終わらない気がする)
故にリリアンは、ステラを呼び出す。
「一つ、頼みがあるわ」
それはまたも乗員を危険に晒すかもしれない行為でもあるが、同時に戦闘の早期終結にも繋がる可能性がある。
等と言うのは言い訳にしかならないだろうが、それでもリリアンは自分の感情に従った。
「連中が使ったワープの割り込み。こっちからも可能なのではなくて?」
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