第149話 遠い星の兄弟

 考えても見れば、いくつもの疑問は残っていた。

 なぜサラッサ星人は一直線に、なんの疑いもなく地球への航路を進む事が出来たのか。なぜ人類のクローンを先発隊として送り込んだのか。なぜ彼らは違和感なく地球に馴染めたのか。

 光年距離というものは本来であれば気が遠くなるものだ。一寸先は闇と言っても過言ではない。人類が数々の植民惑星を開拓できたのはそんな作業を何十、何百、何千年と続けてやっとの事だ。


 だというのに、彼らはまるで初めからわかっていたようにこちらにやってきた。

 最初の種は判明した。かつて地球を脱出した人類の末裔がいたから。彼らの遺したデータがあったから。クローンの元となる遺伝子があったから。

 普通ならばそれで納得するものだ。

 何千年も前にやってきた侵略者人類を研究して、隷属させ、種族繁栄の為に、もしくはかつての復讐の為に、やってきた。


 なんてことはない、筋の通った話だ。

 そんな気が遠くなるような昔の話を持ち出されてもと思うが、遺恨というものは千年程度では晴れないものらしい。皮肉な事にそれは人類とて経験した事だ。

 それが巡り巡って人類の暗黒期を招き、一時は文明を衰退させ、惑星間の交流すら途切れた程なのだから。


 しかし、である。

 問題なのは、侵攻が始まり、戦争が始まってからだ。

 前世界での決戦。思えばあの時点でおかしいと気が付かなければいけなかった。

 だがそれは不可能な事でもある。前総司令のアルフレッドの個人的な感傷とやらのせいで情報が制限された帝国軍では相手を考察する事など出来はしない。

 一方でサラッサ側は地球帝国の艦艇の性能を理解し、そして万全の布陣を整えてやってきた。互角の戦いをしている風に思わせていた。

 実際、艦艇の性能差に大きな違いはない。機動性を重視するか、火力を重視するか程度の違いである。


 そして彼らは結論を下した。

 地球帝国はロストシップの性能を理解せず、過去の技術を扱いきれていないと。

 単純な戦闘面では腐っても、長らく艦隊運用を続けてきた帝国に分がある。

 だが、彼らとて理解できない、一度衰退し、再現をしているだけの帝国では知る由もない、よしんば理解していても扱う事が出来ない技術で攻め込めばいい。


 それがジャミングとステルス。そして光子魚雷。

 そこに愚かな少女の独断専行が重なれば、もう彼らの勝利は揺るがない。

 

(嫌な予想が当たっていく。少しは外れて欲しい所だけど)


 老人の、しわがれた声を聞きながら、リリアンはその恐ろしいまでの執念に恐怖を感じた。

 同時にそれがある種の冷静さを彼女に与えていた。

 だが他はそうでもないらしい。翻訳機などが作動しているわけでもなく、無理のある言葉使いというわけでもなく、聞こえてきた老人の声は人類の言葉だった事にリリアン以外の帝国兵たちは驚きを隠せていなかった。

 その中で、一番驚愕しているのはリヒャルトとフリムであろうか。


「な、なんなのよ……誰なのよ!」


 艦橋で、ふらふらと立ち上がったフリム。

 すると、彼女の声に反応したかのように聞こえてきたのは【老婆】の声だった。


『その声はロットナンバー9831番台のフリム。報告には聞いていましたよ。そちらについたのですね』


 少なくとも感情の色はない事務的な声音であった。


『ならば同ロットのリヒャルトもいるという事だ』


 老人がそれに続く。

 さらに、他の声も聞こえる。それは子供のような声でもあったし、若い青年のような声でもあった。老若男女問わず、様々な人間の声が聞こえる。


『我らの遠き星の兄弟』

『種を同じとするもの』

『母なる星のもの』


 次々と聞こえてくる声には感情の色がない。

 録音された音声を延々と流しているようなものだ。

 それは聞くに堪えないものである。

 だから……。


「耳障りな声を止めなさい」


 リリアンは攻撃指示をだした。

 それこそまさしく独断行動である。

 だが少なくともエリスのクルーは反対しなかった。むしろ、積極的である。

 エリスの砲塔の殆どは破損しているが、それでもまだ十分な数は残っている。無人艦隊も無傷ではないが、まだ動く。

 何より帝国艦隊はまだ健在だ。


「総司令の判断は仰がなくてもよろしいのですか?」


 そう尋ねるヴァンであったが、指示を止めるような事はしなかった。


「きっと総司令官殿も私と同じ気持ちよ。今までさんざんこっちを攻撃しておいて、今になって仲間だ、兄弟だ。そんな都合の良いものがあるわけがない」


 なにより前世界で連中は次々と人類の生存領域を占領していった。

 何が目的か、サラッサ星人的には種族保存の為の材料らしいが、今となってはそれがどこまで本当なのかわかったもんじゃない。


「奴らは兄弟じゃない。和平を望むのなら最初から友好的なシグナルを出せばいい。連中にはそれが出来たはず。でもやらなかった。フリムたちを捨て駒にして、地球への航路を探り、それが判明した後も延々と攻撃を続けてきた。正体も明かさずにね。ならそれはもう、敵よ」

「仰る通りです艦長」


 ヴァンは苦笑しつつも、前を向いた。


「艦長はこのように仰られている。攻撃用意はどうか」

「万事万端万全!」


 コーウェンは勢いよく答えた。


「念の為、味方の艦隊にも通信は繋いでおきました。あ、総旗艦からも色々とコメントが」


 デボネアは軽く頭を振りながらも作業を続ける。


「これ命令違反とかにならないのかしら……」


 ぶつくさと文句は言いつつもミレイも作業を続ける。


「……ニーチェ、ファイアウォールの再構築は」

「既に。今度はそう簡単には破られません」


 我関せずというべきか、ステラは最初から敵を攻撃するつもりで動いていたらしい。ニーチェともども、いつでもやれますと言った状態である。


「よろしい」


 リリアンは頷く。

 そして、フリムへと視線を向ける。彼女はまだ軽い動揺にあった。


「フリム。色々とわからない事が起きているでしょうけど、当初の目的は変わらない。あなた達を助ける。それがどんな存在であろうともね」


 そう言いながら、リリアンは宣戦布告にも似た言葉を通信の向こう側へと投げかけた。


「念の為、聞いておきたいのだけど。そちらに戦闘を停止するつもりはあるのかしら。散々引き金を引いてくれたわけだけど」


 返答はない。

 代わりに総旗艦の幕僚たちからの静止する声は聞こえる。

 それを遮るように、一人の男が重たい口を開いた。


『私は地球帝国軍総司令官のシュワルネイツィアである。貴艦の所属を述べられよ。この戦争は、貴官らのいかなる理由で始めたものか、なぜ我らを攻撃するのかを教えられたし。何ゆえか。双方にとって、平和的な解決を図る事は──』

『元に戻りたい。それが道理でしょう?』


 意味の分からない返答と共に敵艦隊は前進を始めた。

 それが何を意味をするのかは、誰もがわかるというものだ。


『我々は、ただ元に戻りたいのです。もう進化は飽きたのです』


 声が重なる。


『我々は、人類です』

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