第148話 我儘淑女はノーガード
その瞬間。音が響かないはず宇宙空間に轟音が鳴るかのような錯覚が走った。
敵の大艦隊を前にただ一隻の艦が無謀な前進を見せる。その愚かな行為は帝国のどの艦艇も捉えていた。
あるものは「気でも狂ったか」と叫び、あるものは「陣形を乱す愚者」と罵った。
同時に誰かが捨て駒となり、貧乏くじを引く役目を背負わねばならない事も理解していた。
「総司令官殿、第六艦隊が、いえエリスが突貫を」
総旗艦神月でもその行動は捉えていた。
幕僚の言葉に返事をすることもなく、シュワルネイツィアは最低限しか得られない情報の中から考察を進めていた。
(ヴェルトールの小僧が動いているのはわかる。ならば第六艦隊もそれに呼応した動きを見せているのは理解するところだが……)
かつての第二艦隊、そして現在の総司令官であるシュワルネイツィアも無能ではない。大艦隊を俯瞰してみる能力は有している。それが敵の策略によって戦術ネットワークの遮断という憂き目にあってもだ。
この宇宙時代においても、時には光信号の点滅でのやり取りを行う必要がある。望遠レンズを覗いて人の目で艦隊を観察する必要だってある。
「あらゆる手段を講じて各艦隊に通達。我が艦隊は攻勢に出る。タイミングを合わせよ」
「ハッ。しかし、それは玉砕では」
「馬鹿を言え、ここまで来て玉砕だと? せめてこの星系のデータを帝国に送るまでは沈むつもりはない」
そもそもこんなタイミングで一大決戦をする事になるとは流石にシュワルネイツィアも考えてはいなかった。撤退も視野に入れていたし、補給の事も考えれば当然である。
しかし、今は退くも攻めるも出来ないのだから、膠着状態を破る何かは必要となる。
それが結果的に前に出ることに繋がっているだけだ。
「しかし……」
あれではエリスは沈むな。
その考えだけはシュワルネイツィアも覆すことは出来なかった。
だが同時に、駆逐艦セネカの狙撃が実行されていた。
***
「見えたわね!」
待機していたセネカの存在を感知したのか、一瞬だけ敵艦隊の動きに変化が生じる。
その刹那、セネカから発射された質量弾が何もない虚空で弾かれるのも見えた。
それを確認したリリアンは号令をかける。
「放て!」
無数の実弾がばらまかれ、それらは敵艦隊のシールドをたやすく撃ち抜く。だが、砲撃をするという事はエリスのシールドも解除されるという事である。本来ならシールド艦が防御を担うが、そんなものは今はない。
当然、反撃を受ければただでは済まない。
「着弾、きます!」
クルーの誰かが叫んだ。
「対ショック防御!」
リリアンが叫ぶ。言われずとも、みながその姿勢を取る。
雀の涙程度の防御策を取りながら、エリスにこれまでにない凄まじい衝撃が走る。
轟音と悲鳴、錯覚なのかガラスが割れるような音も響く。
全身をシェイクされたのではないかと思うような衝撃が走るが、それを感じているということはまだ生きているという事だ。
同時に鼓膜を震わせるアラートは小さな火花、機材から生じる煙のせいで息苦しいのも皮肉なことに生を実感させる。
そんな混乱の中、リリアンたちは確かに見た。
爆炎の中から姿を現す敵の本隊。
それはエリスの同型艦であった。奇しくも同じ艦種が相対する形となったのである。
「何たる皮肉……!」
額に鋭い痛みが走った。
衝撃で弾けた破片で切ったのだろうか、血も流れている。
その痛みが意識をはっきりとさせてくれる。
クルーたちの中には衝撃のせいで意識が朦朧としているものもいた。最悪、その場合は艦長権限で艦長席から操舵する事も可能だが、その為にはシステムエラーが解除されてなければいけない。
何より、リリアンとしては他にもやるべき事がある。
この突貫はその為のものだ。
「起きろ、ニーチェ!」
隠れた敵を攻撃し、損傷を負わせた。
それで解決するとは思っていないが、それに賭けたリリアンはそう叫んだ。
そして彼女はその賭けに勝っている。遠隔操作システムのエラーが次々と解除され、急速にシステムが再構築される。
しかし、敵もまた戦列を組みなおし、反撃に打って出ようとしていた。
「間に合うか……!」
今度は別に賭けに出なければいけない。
こればかりは勝算がない。出たとこ勝負である。
その時ばかりはリリアンも目を見開き、立ち上がり、前のめりになっていた。
あと数秒、あとコンマの差。本能的にリリアンは察知した。敵の攻撃の方が早い。それは何かしら特殊な能力によるものではない、それはいつかの経験。
この時代に戻る前に経験した、重粒子に身を焼かれるその時の感覚。
「これは……!」
リリアンは目を背けない。
食らいつくように敵艦隊を睨みつける。
すると、無数の重粒子砲がエリスの背後から撃ち込まれる。
それらは敵の出鼻を挫くことになり、反撃のタイミングを僅かに遅らせる事になった。
「フラカーン……!」
システムの復旧が終わっていないはずなのに、真っ先に駆けつけていたのは第四艦隊であった。機動性のフラカーン艦隊。それらが多少歪な陣形ながらも直進し、砲撃を実行している。
それに連なるようにヴェルトールたちも砲撃に加わっていた。
『よくも無茶をする』
ノイズ交じりの通信から聞こえてきたのはヴェルトールの声。
『付き合わされる身にもなって欲しいものだな!』
少し怒ったような声。
多少本音も混じっているのだろうか、言い方もぶっきらぼうだった。
「信じていたと言えば良いかしら。フィアンセは無事よ」
リリアンはそのように返すが、今回はあちらの方が正論だ。
それにまだ仕事は終わっていない。
『おはようございます。艦長』
再起動を果たしたニーチェはいつものような話し方である。
「仕事よ。やって」
『既に』
具体的な命令を下すまでもなく、ニーチェは無人艦隊を迅速に展開させる。シールド艦をエリスの前面にワープさせ、同時にいくつかの巡洋艦をあえてあらぬ方向へと突撃させた。
お得意の戦法……とは少し違う。
なぜならそれらは捨て駒。
刹那、向かわせた無人巡洋艦隊が消滅する。眩い光、そして跡形もなく消滅する艦隊。それが光子魚雷の光であることは誰もが理解していた。
「ステルス艦が一隻だけだとは思っていない。あの時、決戦艦隊がなんの反応も出来ないまま光子魚雷に巻き込まれたのはおかしい話。真っ先に潰すべきはジャミング艦。それが連中の狙い……!」
種が判明すれば、あとは容易い。
残った無人艦隊による砲撃が開始される。重粒子と魚雷の群れが一斉に飛び掛かる。同時にエリスは後退をかける。
先の損傷で、四門あったマスドライバーキャノンは全てお釈迦になった。残骸を強制的にパージして、シールド艦を接舷させることで応急的処置を完了させるが、エリスの主砲はその殆どが使い物にならない状態であるが、それでも並みの戦艦よりは火力は残されている。
「さぁ、拝ませてもらうわ。お前たちの親玉とやらをね」
額の血をぬぐいながら、リリアンはかつての、若い頃のような感情と目つきをしていた。
しかしそれは、無謀な、経験のない子供のものではない。
リリアンはこの時、初めて、過去を乗り越えたのだから。
「一体、どこのどなた様なのかしら、こそこそと隠れてこっちを観察しているのは!」
まるでリリアンの怒声に応じるかのように、通信信号をキャッチする。
まだ衝撃でふわつきながらも、デボネアは通信を繋げた。映像はない。声だけが聞こえる。それはしわがれた老人の声だった。
『よくぞ、ここまで。遠き星の兄弟たちよ』
人の声。人類のもの。
多くの者は無意識にそう捉えた。
「黙りなさい」
しかしリリアンは、切り捨てた。
「あんたらは、敵よ。私たちから見れば、単なるエイリアン。今の所はね」
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