第147話 後悔を越えた先に
セネカによる乾坤一擲の反撃が実行される少し前の事である。
今はまさしくお荷物の状態であるエリスは持ち前の堅牢な防御力によってなんとか耐えている状態であった。
当然、それは無限に続くものではなく、現状を打破しなければその内沈む事が決まっているようなものである。
しかしながら今エリスが出来る事は少ない。仲間を信じて待つ。これは当然の事だ。
「……嫌な、予感がするわね」
同時にリリアンは虫の知らせというべきか、直感というべきか、この展開に妙なデジャヴュを感じていた。
慌てふためきながらも艦隊の防御に努めるクルーたち。雨のように流れこんでくる情報の数々に目を通しながら、リリアンは脳裏にチラつく嫌なものを感じていて、それをどう処理するべきかと考えを巡らせた。
自信はある。仲間たちはきっとやってくれるはずだ。
そうじゃないか。これまで多少の困難はあれどうまくやれた。そして状況は前世界よりも良い。かつては帝国の主力戦力を総動員した戦力で挑んだ癖に敗北した。
まぁその理由の大半はリリアン自身にあるのだが、それ以外にも色々な要因が重なっている。
だが今はそうではない。敵に時間を与えず、同時に帝国側も多少の無茶はしているが士気も旺盛であり、なにより立場が逆転している。
今は地球が攻め込んでいる……そのはずなのだが、この状態だ。
(何を見落としているのかははっきりしている……この状況、あの時と同じ)
前世界とは異なりながらも、ある一部分だけは酷似している。
そう、それは【リリアン艦隊】が突出しているという状況。そして他の艦隊が過程はどうあれ足踏みしている状態だ。
それは、リリアンにとっては遠く、そして苦い思い出であり、トラウマであり、後悔である。
帝国主力艦隊が壊滅したあの時と、まるで似ている。
(そう、あの時だって敵は妙に落ち着いていた。今となっては連中に死の恐怖という概念が比較的薄いから、もしくは前面に押し出す部隊は死んでも構わないクローンたちだからだということは理解できる。だけどそれだけじゃない。連中は恐ろしく慎重だという事もわかった。ならば……)
かつての状況すら、実は誘導されたものだったのかもしれない。
何よりかつてと今の違いは情報量だ。完全ステルスを誇る戦艦という存在。そんな奴が宇宙の果てで出会った可能性のある異星人。
システムの不調もそうだ。だっておかしいじゃないか。いくら前世界の艦隊が素人同然の新兵たちの比率が多かろうと、あぁも簡単に壊滅するはずがない。
光子魚雷を撃ち込まれた瞬間すらわからないなんて、そんなバカな話があるか。
ステルスだけの奇襲ではない。もっと他の要因、そう、それこそシステムハッキングによるセンサー障害だってあったかもしれない。
(なら、これは……私にとっても乗り越えるべき後悔なのだと思う)
誰に言われたわけでもない。
リリアンが勝手にそう思っているだけの事だ。
だとしても、この奇妙な感覚は嘘ではない。
同時にそれは、前世界と同じ行動にもなる。勝手に前に出て、仲間を危険に晒す可能性もある。
しかし……。
「エリスの火力を集中準備」
リリアンはそう命じた。
その言葉に艦橋のクルーたちの視線が一斉に突き刺さる。
「それは、良いんですが、どこに?」
コーウェンは思わず後ろを振り返った。
「まだわからない。でも、仲間たちがその道筋を示すはず。敵の大本……この意味不明な状況を作り出している元凶に対して、エリスの全力射撃を実行する。国家予算を潤沢に使ったこのお嬢様の攻撃を、敵の本隊に叩き込む準備。わくわくするでしょう?」
リリアンはわざとらしく言って見せた。
「艦長、それはつまり」
傍らに立つヴァンは軽く咳ばらいをして続けた。
「我らは突貫を行うというわけですかな」
その言葉にリリアンは頷いた。
「無事では済まない。だけど、出血を伴う反撃はどこかで必要となる。でもこれは焦りではない。私たちがやるべきタイミングは見定めなければいけない」
「ヴェルトール艦長の作戦に依存……いえ、期待をしてそれに便乗するというわけですな?」
「その通りよ副長。それにこのまま座して状況の改善を求めるのは、私たちらしくない」
それはそうだとクルーの殆どが頷く所だ。
結局の所、リリアン艦隊はどう動こうとも最終的には突撃敢行である。
そのある種の無謀さと愚直さで今日まで戦ってきた。リリアンも自分の性格というべきか癖を認めるしかない。自分は思ったよりも猪突猛進なのだと。
しかし、今リリアンの提案は受け入れがたいものでもある。状況もわからないのに突撃しようと言っているようなものだ。
(そりゃそうだ。今回ばかりは根拠がなさすぎる。実は前世の記憶で嫌なものと似てるからなんて口が裂けても言えるわけがない)
これまでも似たようなノリで押し通した事はあるが、今回ばかりはそんな勢いだけで押し通せる状況ではない。
これは何か他にうまい言い訳を考える必要があるようだ。
そう思った矢先である。
「私は艦長の意見を支持します」
言葉を発したのはステラであった。
彼女の発言に一番の驚きを感じたのは当のリリアンでもある。
なにせ、自分の愚かな行為で彼女の大切なものを全て奪った、その時の状況の再現に近いせいもあり、彼女がそれに賛同を示すというのはリリアンの中では驚愕なのだ。
「敵艦隊の動きに妙な規則性を感じます。布陣の仕方からして、これは防御陣形だと思われます」
ステラはコンソールを操作して、メインモニターに敵部隊のシミュレート画像を映し出す。それは簡易的な3Dで構築された粗雑なものであり、今のエリスのシステムで可能な範囲の再現であった。
「おかしいじゃないですか。こっちは今、圧倒的不利。そしてハッキングによる行動制限がかかっているのに、相手は一体何をびくついているのか。何かを仕組んでいる。そう考えても不思議ではありません」
話を続けるステラはどこか無表情で、瞳孔が開いたような目をしていた。
彼女の集中モードを見るのは久しぶりである。
「十中八九、敵の大本は隠れています。恐らくはステルス、ないしはどこか遠い別の場所で待機しているか。ですが後者の可能性は低い。事実、私たちは今ハッキングを受けている。どれだけ姿を隠そうとも、影響が出ている以上は艦隊の近くにいなければいけない。先の妨害電波、ガスの事も考えれば……」
ステラはモニターではなく、今は防壁が閉じられ見る事の出来ない外を睨む。それはまるで、遠い、遠い敵艦隊のいる宙域を睨むように、そこに敵がいると確信しているかのように。
「敵はどこか自分たちの存在を誇示してる風に感じられます。姿を隠していても、同時に存在をアピールするような行動を取っている。そしてこの足止め……敵が何を狙っているのかは想像できます」
ステラは淡々と話を続けた。
「敵の真の狙いは私たちじゃない。私たちはたまたま、利用できる状況にあっただけ。敵の狙いは総旗艦神月」
その指摘を聞くリリアンはまるでステラが前世界の情報を知っているのではないかと錯覚させる程だった。
「この状況で、一番孤立しているのは私たちじゃない。神月なんです。私たちは彼らが前に出れないように利用された壁」
「待ってよ、でも敵は何をどうやって神月を」
ミレイが思わず口を挟む。
しかしステラは即答した。
「光子魚雷。敵が持っていないとは限らない。そして一撃で艦隊を崩壊させるにたる武器はそれしかありません。だからこそ、意表を突くんです。その為の準備をする必要がある。そのとっかかりを作る必要がある。リヒャルトさんの狙撃が成功する事に賭けて、私たちは全力で敵艦隊を攻撃して、コントロールを取り戻す必要がある」
ステラの意見に一瞬だけ、クルーが黙る。
「ま、やるしかねーんじゃねぇの? どうせじわじわと削られるだけなんだろ?」
こういう時、率先して動けるものは強い。
コーウェンはパンっと両手を叩いた。
「そろそろ全力で撃たないと俺の欲求不満が爆発する頃なんだ」
リリアンは思う。なんだかんだと率先して行動するのはこの男だ。
彼が調子に乗れば、それに付随して人が動く。もしかするとこの男は意外と艦長向きなのかもしれない。優秀な参謀を付ければ一気に化けるだろう。
「全く……エリスのシールドと装甲だって無敵じゃないんですからね」
ぼやきながらも仕事に取り掛かるミレイ。
「各部署のクルーに伝達します。同時にダメコン班、救護班はいつでも動けるように」
デボネアはもう慣れたものだ。
クルーの全てがその賭けに乗る。
リリアンはそれを見て、胸の奥が熱くなるのを感じた。それは枯れ果てた自分の内側の何かであったと思う。
「敵に一泡吹かせる。エリス、前進」
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