第145話 いつかのお返しを君に
ヴェルトールの提案は言ってしまえばエリスに囮になって貰うという事だ。
無防備で、反撃も出来ず、大きな危険を伴う。それは一歩間違えれば撃沈され宇宙の藻屑と化すような、普通に考えれば到底容認できない作戦であった。
「やるしかないわね」
しかし、リリアンはそれに対して即応した。
流石にそれにはクルーの殆どが驚いた顔を見せる。ヴェルトールを信頼するステラですら、目を見開いている。
副長であるヴァンはあえて苦言を出さなかったが、ギョッとした顔を浮かべている。
「ちょっと、本気なの?」
この中で唯一、異論を唱えたのはフリムであり、彼女がクルーの意見を代弁する形となった。
「他に方法がないのだから仕方ないわ。それに、現状のエリスはただの置物よ。ニーチェもまともに稼働しない状態で無数の無人艦隊を操作できるわけがない。それに、敵にこちらと同じ性能の艦がある以上、それを排さない限りはこちらに優位性は生まれない」
そのように答えるリリアンとて、果たしてそれが正しいのかどうかはわからない。
こればかりは彼女の経験にもない事だ。であるならば、ここはもう天才の閃きに賭けるしかない。
どっちにしろ、このままでは帝国艦隊はじわじわと削られるばかりだ。
敵が過去の地球の技術を持っている時点で、こちらの弱点は筒抜けに等しい。
(だから、前世界の地球はあっという間に領土の殆どを失った。私の独断専行がその決定的な楔となったのは間違いないだろうけど、相手は恐ろしく慎重で、緻密だったというわけだ)
ここまで来てやはり駄目でしたで終わるのはリリアン個人が納得できない。
理由はさておき、自分は過去に戻り、こうして人生をやり直している。
だったらちょっとぐらいの欲は出てくるものだし、より良い未来が見たいというのもある。多少は将来の夢なんかも見えてきたというのに、ここでゲームオーバーは癪と言うものだ。
「ニーチェのシステムは無人艦隊のコントロール権の防御のみに集中。それ以外のシステムネットワークを解放。ここからは手動操縦の出番よ。照準も、エンジン出力も、シールドエネルギーも、みんな手作業で実行。古き良き船乗りたちに倣っていくわ」
艦隊において司令の命令は絶対である。
リリアンがそうやれと言うのなら、クルーはそうしなければならない。それ以外に打開策がない事も理解しているから、やらざるを得ない。
「あぁもうわかりましたよ!」
ここで勢いのあるコーウェンが真っ先に乗った。
誰かが始めれば、みんなそれに付き合う。
この瞬間、第六艦隊の動きはほぼ沈黙した。いくつかのシステム誤作動も、全て手動で除去しなければいけないし、機械の補助は頼れない。
通信すらもまともに機能せず、艦内のクルーたちは走り回って情報を伝達する羽目になった。
「ダムは解放した。あとは頼むわよ、アレス……」
ついにやってしまったという思いがリリアンの胸中を駆け巡る。
冷や汗すらも流れ、ゾッとするような感覚に耐えながら。
***
第六艦隊の動きが今まで以上に鈍くなったことを確認したヴェルトールもまたどっと吹き出す汗をぬぐっていた。
これが失敗すれば艦隊は崩れ、自分たちは死ぬことになる。
『ヴェルトール艦長、これはロストシップ一隻を犠牲にする価値のある作戦なのか』
しかも、総旗艦の幕僚様からはお小言を頂いている。
許可をもらう前に急ぎ実行したせいでもあるが、誰が考えてもこの作戦は危険が過ぎるからだ。
むしろ、このお小言は当然のものだ。
「敵がこちらのワープシステムに介入したのは明らかであり、コントロール権も奪われたままです。後退も出来ず、かといって無謀に突貫するわけにもいきません。それならば敵の作戦の要を排除する以外に方法はありません。これしか方法はありません」
きっぱりと答えては見せるが、それでも不安は残る。
それが多少言葉にも表れているのか、同じような単語を二回も繰り返していた。
「航空隊による攻撃も現状では不可能です。宇宙空間で、識別のない状態で戦闘機を飛ばせば、誤射に繋がります。センサーもまともに使えないのでは、方法は限られます」
『だが、第六艦隊のコントロールが奪われた場合はどうするつもりかね』
「その時は……覚悟を決めるしかないでしょう。帝国本土にこの宙域のデータを持ち帰るべく、総旗艦にはなんとしてでも離脱してもらう為、我々が殿を務めます」
責任の取り方はもはやそれしかない。
少なくとも、敵の本星の位置が特定できただけでも僥倖なのだ。
結果的に連中は自らの玄関を開けたようなもの。その先がとんでもないトラップが仕掛けられていたという点を除けばむしろ帝国側にとっては大きな優位性に繋がる。
当然、その他の疑念もわいてはくるが今はあえてそれを無視するしかない。
ヴェルトールは幕僚たちとの通話を切ると、状況を見守る。
現在、こちらからの攻撃は魚雷の迎撃などの最低限のもので、その他は光学兵器対策のチャフを撒くぐらいしかない。
それも無限に維持できるものではない為、結局は時間との勝負となる。
敵がいまだに航空機を出さないのは一体どんな理由があるのか。実は今自分が行おうとしている作戦すらも読まれているのではないか。
疑心暗鬼になりつつも、ヴェルトールは祈るしかない。
「頼むぞ……リヒャルト」
そう呟く彼の隣には、親友の姿はなかった。
***
深呼吸をする。
自らが志願したとはいえ、艦長の椅子に座るのはなんとも不思議な気分だった。
自分はずっと、この席の隣で立っているのが仕事だったからだ。
出来るならばずっとそうしていたかったが、同時にそれが叶わないものであることも理解していた。
それに、結果はどうあれ裏切り者である自分が、今こうしてここにいること自体が奇跡に近い。
そして奇跡とはそう何度も起きないものだ。
だが、今の自分はその奇跡とやらを起こすことを期待されている。
「……駆逐艦セネカか」
リヒャルトは砲艦として改良されたはずのセネカに乗り込んでいた。
そして周囲には海兵隊の面々が待機している。
「狙撃は……任せていいのかな、海兵隊の諸君」
「ハーァッ! 戦艦クラスの大きさであれば外すことはまずありません! そういう訓練をしていますので!」
元気よくそれに答えるのはアデルだ。
彼女たち海兵隊の名目はリヒャルトの監視だが、それ以上に重要なのは最低限の操艦が出来る面々が必要だったからだ。
海兵隊は突撃艇の操縦を行う事もある。規格は異なるが、それでも宇宙船の一種である為、実のところは海兵隊も多少は艦を動かす知識がある。
しかもそれは全て手動である。それでも専門職程ではない。だが、今はそれで良い。
何より、このセネカの目的は砲撃戦ではなく超長距離からの狙撃にある。
それはヴェルトールの作戦であった。
アレスたちによる解読、解析を実行した後に的確に敵へと打撃を与える方法。マスドライバーによる狙撃はすぐに提案された。
しかしエリスは身動きが取れない。ならばこそ、この小型の元駆逐艦が抜擢された。
しかし、随伴の無人砲艦として存在するセネカを単独で行動させる事は不可能。
ならばこそ、直接乗り込み、操縦する他ない。
だが駆逐艦と言えど一人での操縦は難しい。
そこで白羽の矢が立ったのが海兵隊である。現状、仕事が出来ないデランたちから派遣されたのがアデルたちなのだ。
そして彼女たちならば狙撃が出来る。
今、セネカは全システムを最低限に抑え、戦場外ギリギリへと退避している。
もし、このタイミングで敵が航空機を出してきたらそれで終わりだ。久しい恐怖がリヒャルトを刺激する。
「アデル、と言ったかな。デランとはうまくやっているのかい?」
「どうでしょうね。顔を合わせると赤くなっています。あちらが。それにまだキスしかしていません。続きは生き残ってからでしょう」
「そう……なら、ますます僕は君たちを死なせるわけにはいかないか……」
「もちろんです。私も死ぬつもりはありません」
本当なら。
このセネカを使って特攻を仕掛けた方が早いのだが……どうやらその目論見は既にヴェルトールにバレているらしい。
無駄死にさせない為に、アデルたちを乗り込ませたのだろう。
彼らしい配慮だ。
「そうだね、ヴェル……僕が、君たちを助ける番だ」
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