第144話 火線の交わらない戦い
サラッサ側の特異な攻撃によって遠征艦隊の動きは非常に鈍いものとなった。
それでも持ちこたえられているのは堅牢な装甲とシールドのおかげである。
だがそれは防御に徹しているだけの話であり、じりじりと削られていくのを待つだけでもあった。
誰も、前時代的な観測による艦隊行動に慣れていない。それは例え、前世の知識を持つリリアンとて同じだった。
テクノロジーの進歩による恩恵と同じぐらい、生物はそれに依存しすぎてしまう。
否、宇宙空間と言うあまりにも広すぎる空間で活動するには、それ相応のマシンスペックによる補助が必要となる。
仮に、宇宙に適応した生物がいたとすれば、話しも変わってくるだろうが、それは少なくとも人間という生物の範疇を越えている。
宇宙に飛び交う電磁波や多様な宇宙線を知覚できるような生命体でなければ、自由に宇宙を飛び立つことなど出来ない。
よしんば人類がそのような機能を会得した所で、その発生率はごくごく稀だろうし、そこからさらに数百、数千年という期間を置かねば生命としての進化が定着することはないだろう。
***
いかに天才と称されるヴェルトールでもこの状況をひっくり返す方法は簡単には思いつかない。イニチアチブは敵側に取られている。盤上をひっくり返すにしても、それをやる為のとっかかりがどこにもないのだ。
「リリアンも動けないか……」
それ故に防御陣形で徐々に後退を掛けつつ、その場を維持するしかできない。
「僕の認識が甘かったのか……こんな事になるなんて」
一方で、リヒャルトは彼らしくもなく、顔を青くしていた。
彼の中で、この戦いはここまで一方的な防戦になるとは思っていなかった。
そもそも、サラッサが地球の艦艇のシステムをここまで把握しているなどとは思わなかった。
「確かに、僕たちの先祖の技術はサラッサも受け継いでいる。だからって、数千年だ。異なる惑星だ。文化だ。それなのに、ここまでの事が出来るなんて、僕は、知らない」
「落ち着けリヒャルト」
ヴェルトールはそう言うものの、焦りを感じているのは自分もだった。
(そこまで都合よく物事を考えているつもりはなかったが、流石にこれは俺も想定外だ。いや……可能性としては十分に考えられたか?)
文化はさておき、艦船の根幹技術はもしかすると同じかもしれない。
敵戦艦の残骸やスターヴァンパイアに施された改造を思い出せば、その可能性はあるにはある。
しかし、いま起きている事はそれだけでは説明がつかない。
「アレスたちに頑張ってもらう他ないか……」
敵が電子戦を仕掛けているのはわかっている。
ならばこちらもそれに対応するしかない。
アレスのラケシス他、電子戦が可能な艦船が今も見えない攻防戦を行っているはずだ。
この窮地を脱する方法はそれしかない。
実際に砲火を交えない故、見えない事に対する不安は燻ぶるものだが、闇雲に突撃してもそれは敵の思うつぼだ。
「だが、早くしなければならんのも事実か……光子魚雷でも撃ち込まれれば俺たちはそれで終わる」
敵がロストテクノロジーを所有している可能性はある。
スターヴァンパイアが保有していたかもしれない光子魚雷。あれが敵の手に渡っていない等とは言えない。
なぜさっさと撃ち込まないのかは疑問の残る所だが、敵としても明確なチャンスでもなければ使うのを躊躇うのか、それとも、所有していないのか。
「リヒャルト。サラッサの上層部、評議会だか元老院だかについて、他に何か思い当たる節はないのか?」
「え?」
この場面で、今それを聞くのか。
言葉こそなかったが、リヒャルトの顔にはそう書かれていた。
しかし、ヴェルトールが無駄な事をするわけがないと理解もしていた。
「すまない。僕たち程度の階級では彼らの存在は知っていても、どういう事をしていて、どういう連中が集まっているかまではわからないんだ……フリムだって、多分、知らない」
それでも種族の特性や歴史、そして戦力に関しては重要な情報を齎した。
その上で戦えると判断できた。
だがそれこそが甘かったのかもしれないとリヒャルトは今になって感じていた。
「そうか……敵の指揮系統がどのようなものか理解できれば、打開策も見つかると思ったが」
「本当にすまない……」
「いや……それだけ敵も用心深いというわけだ」
しかし、とヴェルトールは奇しくもリリアンと同じ疑問を抱いた。
あまりにも、そうあまりにも敵の行動に不可解な点が多すぎる。
(連中はエリスを本隊と分断して徹底的にメタを張るような戦法を取った。連中にしてみればエリスは憎き敵だろうからな)
ここで、あえて説明させてもらうならば、ヴェルトールは間違いなく天才である。
それは他の若き戦友たち、そして過去に戻ったというアドバンテージのあるリリアンよりも、その才能は抜きん出ている。
限られた情報、そしてこれまでの戦いの結果をヴェルトールは無意識のうちにシミュレートして仮説を立てていた。
(エリスの孤立……対策の戦法……そして地球側の艦船へのシステムハッキング……移民船団……サラッサと過去の人類の戦争……まさか)
彼の中では、もはや一つの真実が浮かび上がっていた。
(いや、そうでなければおかしい。そうでなければ、敵はこうも一方的な行動を取る事は出来ない)
刹那、ヴェルトールは立ち上がり、コンソールを操作。
エリス、そして月光艦隊の全艦に通信を開く。それはある意味では危険な行為だったが、それを咎められるものはいない。
「聞け! 敵の正体がわかった!」
ヴェルトールは叫んだ。
「敵はエリスと同型艦だ!」
なぜ敵がエリスに対して徹底的な対策を取ってきたのか。
そしてなぜ無人艦隊を真っ先に無力化させたのか。
冷静に考えればわかる事だ。過去の移民船団、ロストシップ、それらの技術の存在を照らし合わせれば見えてくるのはただ一つ。
敵にもエリスの同じ性能を持った艦が存在する。
そうなれば、敵がわざわざこちらを招いた事にもある程度の事情が見えてくる。
「だから連中は俺たちを自分たちの膝元に近づける必要があった。暗黒星雲のガス、電磁波、エリスの無人艦隊を阻害するこのジャミングがあるからだ。連中は、その
影響がない場所まで我々を引き入れなければいけなかった」
もちろんそれだけではない。
仮にエリスと同型艦が存在するとして、それはどこにいるのか。
敵の艦隊編成の中にはそれらしい影はない。改良を加えられ、見た目が変化している可能性も十分にあるが、それを見極める方法はあまりにも少ない。
「それを探る方法はただ一つ、エリスには無抵抗になってもらう。押して駄目なら引いてみろ。敵のハッキング経路をせき止めたダムをわざと崩壊させる! その隙にラケシス以下電子戦可能艦による位置特定を実施! そしてそこへ、奇襲をかける!」
それはヴェルトールにとっても賭けである。
「タイミングが重要だ。その為には、人間の底力がいる。俺の作戦、信用してくれ」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます