第143話 封じられた艦隊
レッドアラートと共に遠征艦隊のセンサーと望遠カメラが捉えたのは緑色の苔むしたような惑星だった。僅かばかりに青が見て取れるが、それが水である事は間違いない。それ以上に緑が多い理由はわからないが、あれらが全て植物だとすれば惑星を覆い尽くす程の巨大な樹木や苔のようなものが広がっているのかもしれない。
それは同時にまさしく目の前の惑星もまた生物を育む奇跡の惑星だという事だ。
だがそれ以上に艦隊に緊張が走る。
そんな惑星を背に大規模な艦隊が既に展開していた。距離はまだ交戦可能距離ではない。それでもあちらは万全の態勢を整えているように見える。
単純な戦力数は互角と言っても良いだろう。それまでとは違い、完全な決戦の空気を醸し出していると言っても良い。
同時に帝国の遠征艦隊は若干の混乱の中にいた。
敵艦隊の背後にある惑星が、敵の本拠地であるサラッサ星であることは間違いないだろう。喜望峰で手に入れた情報ともかみ合う。
何より現在自分たちがいる座標がまさしくぴたりと当てはまるのだ。
それでも混乱は起きた。なぜならば、遠征艦隊はこの座標地点へのワープはまだ行っていない。
そのような大規模な超長距離ワープを実施するつもりなどなかったのだ。
「戦闘陣形急げ!」
艦隊総司令のシュワルネイツィアの号令が飛ぶと、帝国軍人たちはハッと我に返り、全艦隊へと通達。帝国兵もずっと混乱しているわけではない。
指示が飛ぶ前に最低限度の対応は取る。当然ながら、リリアンやヴェルトールも己の艦隊には既に臨戦態勢を指示していた。
結果的には、混乱はすぐに収まるものの、疑問というものは残る。
「何が起きた……!? なぜ敵の本星がこうも近い!」
シュワルネイツィアの疑問に答えられるものはいない。
だとしても、それは理解しなければいけない。
我々は、敵の待ち構える戦場の真ん前にいるという事を。
「360度警戒! 敵の艦載機が潜んでいる可能性もある! 対空、対ステルス戦用意!」
それは教科書通りの対応ではあるが、今は下手に特殊な動きをするよりは良い。
マニュアル通りの動きというのはどんな時でも万全に動く為のものだ。
兵士たちが混乱から脱したとはいえ、それでも少なからずの動揺は残っているだろうし、敵の動きもわからない。
だから、相手の出方を見る必要がある。
「報告! 我が方の艦にエンジントラブル続出! 出力が安定しません!」
しかし、ここでシュワルネイツィアに取って頭の痛い出来事が起きる。
「司令、このままでは攻撃に転換する事も出来ません」
幕僚の一人がわかりきった事を言い出すので、シュワルネイツィアは思わず罵倒したくなったが、それは堪えた。
「動けない艦を援護せよ。復旧急げ。無事な艦は前に出ろ」
どちらにせよ、この指示しか出せないし、実行も出来ない。
「エンジントラブルだと? ワープが暴走したとでも言うのか」
新型のワープ機関がここにきて不調を起こした? それはいささか早計か?
だとしても、予定にない長距離ワープになってしまい、そして目の前には敵の大艦隊。
そしてこちらは身動きの取れない艦を多数抱えた状態と言うのは、何もかもがまずいとしか言いようがなかった。
「何が起きた……なぜ、我々はここまで飛んだ」
***
「……これはまるで、ティベリウスの再来ね」
シュワルネイツィアの求める答えは、リリアンが導き出していた。
意図しない長距離ワープ。そしてそこに待ち構える敵の艦隊。
それはかつて自分たちが経験したティベリウス事件の焼きまわしのようであった。
違うのはその規模というだけだが、疑問はもう一つある。
ティベリウス事件はスパイだったフリムとリヒャルトによるもの。だが、今回もまたスパイによる可能性は考えにくい。
だがこうして、ワープは暴走した。
「エリス及び無人艦隊のエンジンは無事ね?」
『問題ありません。しかし、本隊艦隊の約二割に不調が出ています。状況は非常に悪いと断言しますが』
今ばかりはニーチェの正直な感想を聞くのは控えたかった。
「艦長、これは一体……」
流石のヴァンもこの事態には冷や汗を滲ませていた。
「理由はまだわからないけど、私たちはまんまと敵の術中にはまってしまったという事でしょう。これはかつてのティベリウス事件と似た状況……でも、一体どうやって」
疑問は浮かべど、答えは出ない。
リリアンはちらりとフリムへと視線を向ける。彼女も理解できていないようだった。彼女たちが再び裏切っているという可能性はないと思う。
と
「艦隊のワープが揃って事故を起こすわけがない……そもそも数隻程度のエラーならこちらでフォローが出来るはず。こんなにも広範囲で丸ごとのワープ暴走なんて普通はありえない……」
似たような事はあれど、それ以外をどう説明していいのか、さっぱりなのだ。
『一つ、報告があります』
そんな疑問に答えるように、ニーチェが続ける。
『ワープを実施した際に外部からの干渉がありました。それが、結果的にはワープ距離の延長へと繋がったのだと考えられます』
「干渉?」
『はい。上位システムによる帝国艦艇のワープシステムの認証上書きとでも言いましょうか。同時にあちら側がワープアウトの出口を用意していた。断言します。これは、危険です。敵は、こちらの艦艇のシステムを掌握できるかもしれません』
その報告はリリアンたちをゾッとさせるものだった。
「待ちなさい。それじゃ、無人艦隊はどうなるの!?」
リリアンも思わず声を荒げた。
しかし、ニーチェからの返答はない。
「ステラ!」
何かが起きている。それだけはわかった。
リリアンは即座にバディであるステラへと視線を向ける。
「これは……ニーチェは、現在システムの殆どをシャットダウンしてファイアウォールによる防御を展開しています……敵からの電子戦攻撃! 味方の艦隊にも伝えてください! 敵は、こちらのネットワークに侵入してきます! これでは、同士討ちになります!」
そんなステラの悲鳴にも似た声が艦橋に響いたと同時に、別艦隊の方角から爆光が見えた。
「何事!?」
「味方の艦隊の一部が暴発しています!」
デボネアの報告を受け、リリアンはメインモニターに状況を移させた。
それは本隊の数隻の艦艇が黒煙を上げて、陣形から外れていく姿が映し出されている。
「こうも簡単に帝国艦隊のシステムに侵入される!」
遠征艦隊に再びの混乱が生じていた。
同時に艦隊を結びつけるネットワークが遮断される。完全なオフラインになり、一部の通信と電気信号、そして信号弾などによる方法以外の艦隊の意思伝達は使用不可能となった。
これは同時にデータリンクすらも行えない。それは、場合によっては誤射の危険もあるという事だった。
「嫌な予感が、こんな形で的中するなんてね」
現在、遠征艦隊は旧世紀の海上艦隊……それも恐ろしくローテクノロジーの頃のやり取りでなければ戦闘が実行できない程に弱体化していると言っても良い。
唯一、ニーチェによる電子防御を実行した第六艦隊のみは多少のデータリンクを実行できるが、だからといって無人艦隊を広範囲に展開する術はない。
そのような事をすればコントロールを奪われ、敵に戦力を与えるだけになる。
エリスは、忠実な下僕たちを周囲に引き連れる事しかできない。ただ巨大な的と化してしまったのだ。
(でも、やはり疑問が残る。なぜ……敵はここまで私たちをおびき寄せたの。結果的に、それは自分たちの本拠地に敵を招き入れているようなものじゃない)
それは、あまりにも無駄の多い作戦に見えた。
(一体なんだというの。敵は、一体、どういう連中だというの)
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