第141話 彼方の旅路に待つもの

「微弱ですが本隊との通信が繋がりました。補給も兼ねて六時間程で、こちらと合流する予定とのことです」


 デボネアの報告はクルーを安堵させた。本隊は無事である事が知れたのだ。

 デブリ帯での戦闘が集結して一時間。敵部隊の爆発によって、漂っていたガスなどはかなりの範囲が消し飛んだようだが、それでも完全にセンサー類が回復したわけではなかった。

 それは通信網も同じで、本隊との通信にはそれぐらいの時間を有したのである。


「本隊もいくらかの損耗を被ったようですが、想定内とのことです」

「むしろ、想定外なのはこちらね。無人艦がいくつか沈んだわ。替えは効くとはいえ、単純に戦力が低下するのは好ましくないわね」


 先の戦闘で沈んだ無人艦は戦艦級と巡洋艦級がそれぞれ一隻、駆逐艦級が三隻である。

 一艦隊として換算するなら、少々手痛いものだ。人が乗っていない分、気楽に使い潰せるとはいえだ。


「ひとまず、ガスがまた漂ってくる前に周囲のデブリをかき集めて簡易的な防護壁を構築。無人艦にはもう暫く働いてもらうわ。ここも完全に安全とは言い切れないもの」


 戦闘の余波で細かく砕かれたとはいえ、隕石を含めたデブリはまだ大きいものが残っている。100メートル級の物体であれば十分に盾として活用できる。それらを集めて、無人艦隊を接舷させることで壁にする。

 方法としてはかなりアナログである。そして無敵に防護壁というわけでもないが、応急処置としてはこれが一番楽なのだ。


「旧世紀では隕石をそのままくり抜いて、そこにエンジンや主砲を取り付ける計画もあったそうです。いくつかテスト艦も建造されたようですが」


 ヴァンの蘊蓄はリリアンも聞いた事があった。確か大昔のアニメーションに感化された計画だという。実際の効果のほどは不明だが、現時点で実用化されたものは隕石をくり抜いた基地などであり、それが名残だとか。


「面白い計画ね。エリスの無人艦隊再編の暁には、そういったテスト艦を随伴させるのもいいかもしれないわね」


 遠隔操作用の端末と、それに直結させた安いエンジンや魚雷発射管でも装備させれば数は揃えられるだろう。

 実際はその隕石を加工する為のコストも考えれば新造艦を用意した方が良かったりもするのだが、それはこの戦争が終わってから適当に予算委員会に話を通してから考えればいい。


「さて、本隊との合流を待ちましょう。交代で周囲警戒。ニーチェ、作業は頼むわよ」

『了解しました。センサーに異常があれば報告いたします』

「目視観測要員もね。隕石壁が完成したら見えなくなるけど」

『ギリギリまで観測ドローンも飛ばしますが』

「お願いするわ。ヴァン副長、あとを頼める?」

「はい。艦長はお休みください」


***


 あとの事をヴァンに任せ、リリアンは艦長室へと戻る。

 人員の配置はヴァンがうまい事してくれるだろう。本来ならリリアンもそこにいるべきだが、今はなんとなく休みたい気分だった。

 職務怠慢と叱責を受けそうだが、どうにもリリアンはこの戦いを通じて奇妙な違和感を抱いていた。


「歴史は大きく変わっている。前世界の今頃、帝国は敵の領域へと攻め込むことはなかった。延々と小競り合いをしていた」


 実際はそれが、敵に余裕を与え、帝国には慢心を与えたわけだ。


「一番大きいのは、あのカルト集団を疲弊させたこと? スターヴァンパイアの事件なんて、前世界ではついぞ聞いた事がなかった。私たちが介入しなかったから連中は勝手に旅立っていったと考えればいいのかしら。それとも、ステラが徹底的に海賊を取り締まったから計画を早めて不完全なまま計画を決行したか……」


 今となっては道なのかを確認する事は出来ないが、一つ確かなのは光子魚雷の数が劇的に減っている事だろう。

 前世界との違いはステラを手元に置いている事。結果、多少ではあるが、海賊の動きが少し活発になった。

 めぐりめぐってスターヴァンパイアとの接触、大西率いる旧第六艦隊の壊滅へと繋がったが、それはとんでもないバタフライエフェクトを起こして、ロストシップの発掘、そして運用へと繋がっている。


 なおかつ、早期にスパイを発見し、敵の詳細を知る事にもなった。これはかなり大きい。前世界では敵の姿を確認するのにも時間がかかった。

 スパイも野放しになっていたし、アルフレッドもそれを放置していたのだから、中々に酷いありさまだったと言えるだろう。


「たった数個のボタンの掛け違いでここまで歴史が変わるとは思わなかった。もう私の未来のアドバンテージはないに等しいけど……」


 無意識に湯を沸かし、紅茶の準備をする。

 今のところは怖い程にうまく行っている。それは良い。ステラもそうだが、他の提督候補たちもその実力をいかんなく発揮している。

 帝国艦隊も士気は旺盛で、この長期の遠征にも耐える事だろう。

 皇帝陛下も真実を知った上で、やる気を見せているし、帝国臣民も今の所はかつての同胞、兄弟を救うという使命感がある。

 もはや前世界とは別物の歴史を歩んでいるし、悪い方向ではないと思う。

 

「でも、何かしらね。この奇妙な違和感は」


 先の戦いからずっとリリアンの脳裏にこびりつく何か。

 見落としているというよりは、新しい視点を得た事で初めて感じる真実と言っても良い。だが未だそれは漠然としている。

 具体的に何がおかしいというのがわからない。それでも感じる気持ちの悪さ。


 ニーチェは語った。地球から脱出を果たした人類たちが残したデータがサラッサにあるのなら、ロストシップのデータはむしろ敵の方が高い精度で残っている可能性がある。

 だからエリスへと対策として最も有効な手段を取ってきた。エリスの同型艦はかつては存在していたとの話だし、それは決してありえない話でもない。

 だが果たしてそれだけだろうか。地球ですら数千年の時を経て、失われた技術と情報。それを、サラッサにだけ残っているというのはいささか奇妙な話だ。

 どちらにしても可能性は半々。


「いや待てよ……そもそも、どうしてサラッサは【まっすぐ】と地球への道を見つけられたのかしら。いくら、航路のデータがあるとはいえ……いえ、むしろなんで今になって……」


 なぜ数千年もかける必要がある。

 かつての地球人が侵略を行い、それに抵抗して勝利を収めた。ということはサラッサにも高度な文明があってしかるべきだ。

 帝国と同じく暗黒期に入り、その復興に手間取ったのか。種の進化が行き詰まっていたのも関係あるのかもしれないが……それでも人類を改造して、使役するだけの余裕はあったという事か。


「うん? でもそれなら、なおさらどうして……」


 バイオテクノロジーに関しては恐らくサラッサが上なのは何となくわかる。

 その事を考えた途端、リリアンはふと感じた事があった。


「そう言えば、フリムたちは地球人側にもサラッサに協力する人たちがいたとか言っていたっけか……だとすれば……その末裔はどこにいるの。騙されて、同じく実験動物扱い? その可能性は捨てきれないけど……」


 膨れ上がる疑問に納得のいく答えを導き出せなかった。


「そうよ、おかしいじゃない。いくらスパイ目的とはいえ、子供だけを? いくら記憶や知識を転写したとはいえ、肉体強度を考えればそれはいくらなんでも無謀。お目付け役のサラッサを同行させたとて、危険性は変わらない……だって、数千年の間に不明瞭になった信用できない航路を進ませるなんて……それが、【正しい】道だと初めから知っていなきゃいけない……その自信が連中にはあった? いえ、それならどうしてもっと大規模な……その戦力がない……それもあるだろうけど、ならそれは結局最初に戻る……そんな不確実なものを……」


 それは荒唐無稽な推測だった。


「まさか……敵の中枢には……人類もいる?」

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