第140話 見えない敵の炙り出し方

 敵の位置を予測し、そこへ無数の魚雷を放ったところでどれほどの効果があるのかを確認するのは困難である。

 ニーチェの予測通り、ある程度の衝撃でガスが霧散し、一時的にセンサー類が回復するものの、宙域に漂うガスや妨害電波は瞬く間に穿たれた穴を覆っていく。

 ほんの僅かに何かしらの反応を捉える事は出来ても、敵とてそこにずっととどまっているわけではない。

 そんな限られた情報のみで見えない敵と戦わなければいけない。いつぞやの、スターヴァンパイアの時もそうであったが、見えない敵と言うものほど厄介なものはない。


 あちらにはある程度、ステルスに欠点があった。

 ついでに加えれば、クルーの大半がカルト教団の一員であり、戦闘に関しては思いのほか素人で、指揮官たる少女も力を誇示する事を優先していた部分もあった。

 だからある程度の隙を見いだせた。

 だが今回の場合は、宇宙の自然を利用したものだ。いくつかは人工的なものとはいえ、同じ見えない敵でも随分と勝手が違う。


 しかし、幸いなのは敵の攻撃も散発的である事だろうか。敵もこちらの位置をうまく把握できていない可能性があるし、下手な攻撃をすれば自分たちの位置がバレる。

 それにデブリをかいくぐって直線的な魚雷しか発射できないというのもそれは一つの枷であり、お互いに位置関係をある程度ばらしながら戦っている状態になる。

 ただし圧倒的に不利なのは間違いなく第六艦隊の方である。


「今の所、敵の攻撃はこちらに届く前に迎撃出来ている。それは良いのだけど……」


 現状、手詰まりと言っても良い。

 敵の攻撃を待ち、それを防いである程度の予測地点に攻撃を仕掛ける。

 今の所はそれしかできない。かなり地味であり、億劫な戦いである。不利ではあるが、さりとて第六艦隊へのダメージも少ない。

 一進一退にもならない退屈な戦争であった。

 ただあちこちに攻撃を仕掛けているだけ……


「予測攻撃を続けつつ、前進してください。当たらなくても良いんです」

 

 本作戦の立案者であるステラは何時の間にか作戦の趣旨を変更していた。逃げ続けてはいるが、攻撃を加え続けるように言い出したのである。

 リリアンとしてもそれが一体どのような効果を生み出すのかはわからない。かといってそれ以外の方法も思いつかない。


「ガスを退ける為の攻撃であると認識しますが、相手にもこちらの位置が特定されかねませんな。今の所、敵はレールガンのような兵器は持ち出してこないのが幸いです」

「副長の危機感も最もな話ね。持っていないわけがない。敵はエリスを狙い撃ちしたいはず。コントロール艦を潰せば無人艦隊はでくの坊となる」


 それが無人艦隊の弱点の一つだ。

 だからこそエリスを守る為に無数の艦艇が盾になり、そして攻撃を続行できる。最悪、エリス本体が生き残っていれば撤退して、新たに艦隊を組みなおせばいい。

 そういう戦い方が出来るのだ。もちろん、降りかかる予算額は国家予算の数パーセントに昇るわけだが。


「じゃどうするんですか。お互い闇雲に攻撃を仕掛けても無駄弾ですぜ?」


 砲手を務めるコーウェンとしては効果の薄い攻撃を続けるのは止めたい様子だった。

 事実、無作為な時間を浪費し続けるのは良くない。

 それにこの作戦は元々、敵を相手にしない事が前提である。だから、第六艦隊は直進を続けている。

 足を止めることなく、ただひたすらに前へ、前へと。

 終わりのないデブリの壁に沿いながら。

 その間にも第六艦隊は応戦を続け、魚雷を放ち続けている。

 爆風、衝撃、その繰り返しである。


「いいえ、これが良いんです」


 コーウェンの疑問に答えたのはステラだ。


「相手にせず、逃げるのも本気です。ですが、むこうはしびれを切らして攻撃を仕掛けてきました。ご丁寧に魚雷を撃ち込んできます。私たちもそれに対抗して撃ち返しています。あちこちで爆発が起きて……これが良いんです」


 ステラはただ戦況をじっと、瞬きもせずに眺めている。

 こうなった時のステラはもう二手、三手先を考えている状態だろう。


「どういうこった。爆発でガスを飛ばしてもすぐに元に戻っていやがるぜ?」

「でもその分、ゴミはもっと増えています。浮かんでいるデブリだってもっともっと細かくなっています。見てください。戦艦並みだった大きさの隕石が今ではその半分、それ以下に砕かれています」


 僅かに捉えられる目視カメラにはステラの言う通り、細かく砕かれていくデブリが映し出されていた。それらは前後左右、とにかく撃ち込まれた魚雷によって削られ、飛散したそれらがお互いに衝突を繰り返し、また砕かれていく。

 飛び散った無数のゴミは衝撃によって加速、周囲にばらまかれ、かなりの数が第六艦隊にも飛び散っていた。

 当然、シールドにも影響を与える。


「お互いデブリの雨が降りかかってシールドを叩いている。当然、その程度で戦艦のシールドを貫通する事は難しい。出来ても、純粋な装甲厚で防げます。仮に貫通したとてたいしたダメージにはならないでしょう。なぜならシールドがあるから……邪魔なものを押しのけて進む。相手が大きなデブリを盾にしていても同じです。細かく砕かれた無数のゴミをかき分けて進むしかない……どれだけ姿が見えなくても、物理的に存在するのであれば、それはお化けでも幽霊でもない。実体を持った存在なんです」

「そりゃそうだろうさ。こんな細かいゴミの中じゃワープだって出来やしない……」


 そう言った刹那、コーウェンはハッとした。


「そうか。単純な事じゃねぇか。センサーは使えない、熱源もパーになっている。あてに出来るのは目視だけ。でも敵は物陰に隠れている。光を捉えても、それがいつの光かわからないし、すぐに慣性に切り替えるし、そもそも魚雷の可能性だってある……だが、物理的な衝突は消すことができねぇ!」


 コーウェンはパチンと指を鳴らした。


「デブリを砕くのはそう言う事か! いや、違う、デブリを増やしているんだ! でもこりゃ相当な金使いの荒い作戦だぜ? 成功する可能性だって低い!」

「ちょっと、どういう事よ」


 うまく呑み込めないデボネアが疑問を突く。


「透明なガラスだって、目に見え辛いだけでそこに存在してるだろ? ものがぶつかればそこで止まる。透明人間がいたとして、人にぶつかれば衝撃はでる。電波とかは通さなくても、デブリは物理的にそこに存在している。それに戦艦は数百メートルもある。移動すれば、絶対に大きな変化がある!」

「あ、そうか……押しのけて移動する必要がある……でも、そんな無茶苦茶な」

「出来るんだよ、ここなら。見てみろよこの不自然に密集したデブリの姿。普通はここまで広範囲に、そして密集したデブリはまずない。あったとしてそれは小規模だ。それが却って弱点になったのさ」


 望遠鏡などで確認できる星々の群れ、それはかつて天の川などと呼ばれ親しまれた。だが実際は、それらの星々の間は数光年以上離れている。デブリ帯と呼ばれる場所も同じ。実際は途方もない距離が開いているものだ。

 だがこの宙域はそれが不自然にも接近している。そこに電波障害を発生させるガスなどを蔓延させ、こちらの目と耳を塞ぐ。


 だが、それを逆手に取り、無理やり目に見える方法が、デブリを細かく砕きまくるという荒業であった。

 本来であれば、あまり意味を成さない行為であっても、不自然に、そして意図的に作られた場所であるからこそ、人を手を新たに加える事が出来る。

 だがそれだけではこの作戦は完遂出来ない。

 その為には敵にも動いてもらう必要がある。


「私たちが逃げの一手を打ったのは相手に追いかけてもらう為です。私たちは逃げながらも、敵に同航戦を仕掛けていたんです」


 一定方向に延々と進む。敵はこちらを追いかけなければいけない。

 本来は待ち伏せを仕掛けるはずの相手を引き寄せるように。


「コーウェン砲術長」


 リリアンもまた、ステラの作戦を読み取った。


「マスドライバー、当てられるわね?」

「えぇばっちりですよ。第三艦橋の予測データも加味して……目測、相手もビビッて速度を緩めるはず。その不自然な箇所は……見つけた。吹き荒れるデブリの雨が不自然に反射するばしょ!」


 エリスは即時回頭を始める。

 その速度はゆっくりとしたものだ。

 その姿は敵も確認できたのだろうか。無数の弾丸が第六艦隊へと降り注ぐ。

 レールガンだ。


「馬鹿め。それをやっちまったらもうおしまいだ」


 いくつか、無人艦隊が盾になって貫通、撃沈されるが、エリスには指一本とて触れさせない。

 その間にもエリスは己のマスドライバーキャノン、そして無数の実弾を装填する。

 完全に回頭が終わった瞬間。吐き出される実弾の雨が見えなかったはずの敵艦隊へと降り注ぐ。

 刹那、無数の爆光が走った。

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