第139話 のんびりとした戦争
かつて兵は拙速を尊ぶという言葉があったらしい。旧世紀よりもさらに古い時代の言葉だという。その意味を今現在の人類が正しく伝えているかと言われると疑問は残るものだが、ようは何かをやるのならさっさと行動しろという意味だと伝わっている。
大規模な艦隊ともなると総司令、幕僚、その他の役職との細かな作戦会議が必要となる。実際、軍略を練るというのは必要な事であるが、その暇がない場合があるのもまた事実。
拠点を構えて迎え撃つ、もしくは敵の布陣がわかっている場合や攻め込む地形、宙域がどういう場所であるかを把握しているのなら時間をかけて考える方が得策だろう。
しかし、相手の出方もわからない、戦場がどういう場所なのかも不明瞭である以上は多少の危険を承知の上で進む必要がある。それは無謀とも言うが、少なくとも第六艦隊においてはその方が動きやすい。
結局、かつて単独で大脱出を成し遂げた面々が多く配属されているからと言うのもある。
「ガスの影響でセンサーの殆どが使い物にならないとはいえ、全く機能していないわけじゃない。感度最大で警戒。そして最後にものをいうのは目視よ。望遠鏡でもなんでもいいから、とにかく目についたものは全て確認するように。良いわね」
リリアンは最終的に頼りになるのは己の肉体であると考えていた。前世界においては老いていく体を経験したのもあるが、この若い体と言うのは本当に無理が効く。特に視力に関してはいくら人類の科学が向上し、老眼を改善する事が出来ようとも裸眼での視力と思考能力、判断力に勝るものはない。
それに、敵は少々オカルトと言うべきか超能力を持っているようだが、それも連中にしてみれば身体能力の一つ。電子機器が使えないのであれば、己の肉体を使うというのは、その点においてはお互いに似ているらしい。
「慣性で動くにしても、どこかで軌道修正をかけなければいけない。密集したデブリ帯を進むのであればなおさら。それにしびれを切らした相手が見つかるかもしれない」
ステラの作戦を実施する上で、第六艦隊は一切の攻撃を行わないというわけではない。当然警戒は続けるし、いつでも反撃に移れるように構えておく必要がある。
ただわかりきった罠に突撃する必要性がないだけで、ある意味ではゆったりとした戦闘でもあった。
それは拙速とは程遠いやり方ではあったかもしれないが、とにかく行動をしてみるという意味においては間違いではない。
第六艦隊は壁のようなデブリ帯に沿って、まずは艦隊を左へと進ませた。旗艦エリスを守るように無人艦隊で囲った防御陣形である。真正面を向いていないエリスはその攻撃力を極端に低下させてしまうのと、回頭に少々時間がかかる為だ。
「頼むわよ、ミレイ。不自然な箇所を見つけて頂戴」
同時に航海長であるミレイは第三艦橋へと移動し、ノイズだらけの宙域データを精査していた。僅かに観測できる情報からデブリ帯の穴を見つけ出す必要があり、遠回りをする上でも比較的安全なルートを探し当てようというのだ。
同時にそこは敵にとっても恐らくは狙い目となる場所。このデブリ帯が自然に形成されようが、人工的に作られたものだろうが、敵側がその安全地帯を理解していないわけがない。
第六艦隊がそこを通ろうとすれば恐らく敵は周囲から攻撃を仕掛けるだろう。
「敵もこちらの動きに動揺しているのでしょうか。不気味なぐらいに動きがありませんね」
じっとモニターを睨みながら、ヴァンが呟く。
「相手にしてみれば、わざわざ動く必要がない場所だもの。この辺りは根競べよ。そう言った意味では無人艦隊は便利ね。勝手に攻撃する事がない」
もしも、かつての自分がこの状況に陥っていたら恐らくはしびれを切らして攻撃していた事だろう。
だから、今はもう待つという事に慣れている。
「それに、敵にとってもデブリは盾になっているでしょうけど、同時に私たちにとっても盾になっている。相手は密集して、周囲に浮かぶデブリの隙間を縫いながら狙撃する必要がある。それは確かに脅威だけど、戦艦がそんな狭い空間を自由自在に動けるわけがない。機動性に優れた駆逐艦ですら速度を緩める必要があるし、戦闘機でもベテランでさえ、こんな空間は飛びたくないでしょう」
下手に爆風などの衝撃を与えればデブリは凶悪な散弾となって襲い掛かる。
戦艦のシールドもそんなものを受けてしまえば一瞬で消失するだろう。
「仮に……こんな密集した空間を自在に動ける兵器があるとすれば……」
「さぁ、どうかしらね。手足のある機動兵器なら、まぁ足場とかにして自由に動けるかもしれないわね。あればの話だけど」
もちろん、サラッサにそのような兵器が存在しないとも限らないが……そんなコミックスのような兵器が本当に存在するのであれば見てみたいものだなとリリアンは思う。
だがもし存在しているのだとすれば、今頃、第六艦隊は襲われているはずだ。
ということは存在しないのだろう。
そんなありもしない空想が出来るだけの余裕がある空気は、悪くない。
「しっかし、俺たちこんなのんびりでいいのかねぇ」
コーウェンは目視警戒を続けながらもぼやいていた。
「本隊にも敵が向かっているかもしれないし、最悪の場合だって……」
「可能性は低いですよ、コーウェンさん。艦隊を二分しているようなものですし、真正面からの撃ち合いで本隊が負ける事は早々ありません」
一方で本作戦の立案者であるステラはどこか気楽な様子だった。
緊張感が一切ないわけではないが、敵がどう動いても予測しているような、そんな落ち着きを見せている。
「むしろ、なんで私たちの方にここまでのピンポイントな対策を取ってきたのかが気になると思いませんか?」
「そりゃ俺たちが一番連中に打撃を与えているからじゃねぇの?」
それは何度も出た話だが、冷静に考えてみると原因は定かではない。
「それか、実はエリスの同型艦が敵の方にもあるとかかもな!」
『可能性はゼロではありません』
「へっ?」
コーウェンは冗談交じりで発言したつもりだったが、ニーチェの返答は意外なものだった。
『かつての人類がこの宙域に進出したことは事実。またエリスの同型艦は少数ながらも建造されています。その殆どがかつての戦争で撃沈されていると記録されていますが、当該機に残ったデータも完璧ではありません。撃沈を免れた同型艦が移民艦隊に合流している可能性もあるのです。もしくは、当該機のような艦のデータがあちらにある場合も』
「おいおい、冗談だろ?」
『あなた方は我々と当該機をロストテクノロジーと呼びますが、我々の記録からすればこれらの技術は普遍的なものです。常識的と言っても良いでしょう。仮に相手にそのデータが残っていた場合、むしろ弱点を知り尽くされているのはエリスの方なのです』
「マジかよ」
『しかし、であればエリスはここまで活躍も出来なかったでしょう。そのデータがあるのなら、それまでの戦いでやればいい。ですが、ことここに至るまでエリスへの対抗策はほぼありません。敵にはそのようなデータが存在していない可能性もまたあり、この現状はたまたま利用できる環境があった……という推測も立てられます』
「お、おぉ……結局、どっちかはわからんってわけか?」
『そうなります。警戒は必須でしょう』
二人の会話はリリアンにも思案をさせた。
(それを見定める為にも、ここを突破してみないといけないわけだ。考えても見れば、敵はスターヴァンパイアを改造して、けしかけてきた。あれを改造と言って良いのかはわからないけど、それなりにこちらをいじくりまわす技術が残っているのも事実。そもそも、不明瞭なはずの航路で真っすぐに地球へとたどり着いたのは、偶然と奇跡もあるだろうけど、サラッサ側にこちらのデータが大量にあるという証拠にもなる……ならそれは……)
そこまで考えたリリアンはふとある事に気が付いた。
それは大きな違和感と言っても良い。
(何、この奇妙な感覚は。私たちは何かを見落としてないだろうか)
それはこの戦場に漂う空気や戦争そのものではない。もっと根幹に位置するもの。
ただし今のリリアンにはそれがなんであるか、具体的な説明は出来ない。
そして、それを中断しなければいけない事も起きた。
「光の筋が見えた!」
コーウェンが叫ぶ。
その光が、果たして何分前、何時間前の光なのかはわからない。見間違いかもしれない。だが、高倍率のカメラとノイズだらけのセンサーで唯一捉えられる人工的な光源。
それは第六艦隊にしてみれば戦闘開始の合図でもあった。
「艦隊三時方向より熱源探知! 魚雷直進!」
デボネアの報告を聞くと同時に、ステラは指示を受けるよりも前に既に対空砲火を無人艦隊に入力していた。
無数の爆発が艦隊の視界を遮る。そのせいで光も何も見えなくなるが、それはもう問題ではない。
『こちら第三艦橋のミレイ。敵の攻撃予測を開始します。推定距離算出、送ります』
デブリ帯から発射される魚雷は直進するしかない。
その発射速度と角度、距離を逆算すれば大体どの位置に敵が移動するのかを予測する事が出来る。
「全艦、第一種攻撃配置。敵の方がしびれを切らしたか、それともこちらの出方を伺うつもりか……」
初撃ではどうであるかは判別は難しい。
「こんな事なら、潜水艦乗りもスカウトするべきだったかしらね」
随時送られてくる攻撃予測データに目を通しながら、リリアンは指示を続けた。
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