第138話 スペースジャングル

 一つ一つが400メートル級の戦艦よりも巨大な小隕石の集まり。デブリ帯。

 それが不自然にも密集して、さらには広域に展開しているのもまた不自然と言えば不自然であった。

 通常、ここまで密集したデブリはそうそう見かけるものではない。艦船の事故や戦闘が終結した直後の宙域であれば残骸などが漂う事はある。

 それらは周囲の安全が確認され次第、重粒子でさらに細かく破砕したり、専門の回収艦などが巨大な網やアームなどを使って物理的な方法で回収していく。


 だが、ここに漂うのは岩石や氷、そして微量のガスなどが殆どである。地球で言うの所のオールトの雲のような場所であろうが、そこですらデブリの間の距離はかなり離れているものだ。

 かつてここに何かしらの惑星があったとて、爆発などの影響で周囲に飛び散るだろうし、そこから何百、何千年と経てば変化する。


「こうもあちこちにひしめき合っていては、隠れていますと宣伝してまわっているようなものね」


 リリアンは壁と言うよりは宙域を包み込むように四散するデブリには何か仕組まれたものを感じていた。

 ニーチェの解析によるガス混入物もそうであるが、この状況そのものがサラッサの作り上げたいわば天然素材の要塞、防衛ラインと言った所か。

 とは言え、フリムの言葉を信じるのなら、この密集地帯は十五年前には既に存在していたとも言う。となれば本当に宇宙の神秘が織りなす偶然によってできた密集地帯か。

 なんにせよ、闇雲にデブリ帯に突入するのは自殺行為と言えるだろう。


「レーダーにも障害が出ています。熱源を探知は出来ていますが、ノイズが酷くて詳細な位置が把握できない状態です」


 ミレイの報告を受けてリリアンはさてと思案する。


「観測ドローンを飛ばしたところで結果は変わらないだろうし。やれ、面倒くさい場所に出たものね。ひとまずは無人艦による砲撃を敢行。出方を見る」

「了解です。無人艦、三隻を前に出します」


 ステラの操作によって、ほんの僅かなタイムラグを見せつつも無人艦が動き出す。

 周囲に漂う妨害物質の影響は確かに存在するようだ。


「出力安定、目標は400メートル級の大型デブリ。ニーチェ、これは撃っても大丈夫ね?」

『データ不足。電波妨害以外の要素は不明瞭。しかし、発火性は確認されず。撃っても問題はないでしょう』

「それじゃ念の為、もう少し無人艦を前に」


 ステラが危惧しているのは重粒子砲を放った瞬間に何らかの化学反応で暴発するのではないかと言うものだった。

 艦隊を阻害する電波妨害とそれを引き起こす密度を持つガス。宇宙には揮発性の物質がないわけではない。

 

「主砲、斉射三連」

『主砲、斉射』


 命令を繰り返し、無数の重粒子がデブリ帯めがけて撃ち込まれる。

 しかし、変化はすぐさま起きた。重粒子の閃光は歪み、不規則な軌道を描いたかと思えば、霞のように霧散する。僅かに残った熱量によって周囲に浮かぶ氷塊のいくつかは蒸発し、細かな発光現象を見せるが、岩石の塊にはまともな傷をつけることすら出来なかった。

 また、エリスのセンサーはほんの僅かにガスが四散してるのを確認できたが、生じた穴を埋めるようにガスは再び蔓延していく。

 それは人の目には見えないものであるが、センサーを通して加工された映像を映し出せば、何とか理解できる現象であった。


「重粒子対策か」


 リリアンの危惧は当たっていた。

 散布されたガスが何らかの作用で光学兵器を拡散させている。これでは超至近距離でもない限りは戦艦主砲の殆どが封じられた事になる。

 当然、そのような場所であってもエリスは関係がない。武装の全てが金のかかる実弾である為、そのような小細工は通用しない。

 だが、引き連れる子分の無人艦隊はそうもいかない。メインの武装である重粒子が使えない今、宇宙魚雷……それもまともな誘導性能を引き出せない直進するだけの雷撃しか放てない。

 これはこれで中々に厄介な状態ではある。


「艦長、考えすぎかもしれませんが、これは我々だけを狙った布陣のように思います」


 ヴァンの進言にリリアンも頷く。

 縦横無尽の無人艦隊の動きを制限し、ワープ戦法すらも防ぐデブリの壁。そこに重粒子対策と通信妨害。エリス本体には大きな支障はなくとも、エリスの能力を封じるという意味では間違いなく的確な作戦であろう。


「これは本隊も別動隊と戦闘していると考えて良いでしょうね」


 敵も馬鹿ではない。

 危険を冒して侵攻する場合、真っ先に動けるのは無人艦隊を所有する第六艦隊だ。同時に一番の脅威であるとも認識されているのだろう。

 評価をされるのは嬉しい話だが、ことこの場面においては侮って欲しかったのが正直な感想である。


「さて、この邪魔なガスを払うのであれば、エリスの一斉砲撃で何とかなるでしょうけど、弾薬を無駄に使いたくない。弾切れを起こせばエリスは無防備になる。ここは後退をしたい所だけど、背後から突かれれば流石にエリスも耐えられない」


 実弾兵装で身を固めたエリスの瞬間火力はそれこそ艦隊を殲滅するのに十分なものだが、その継続戦闘能力はお世辞にも高いとは言えない。それに砲身の冷却などもあり、その実、全くの無敵というわけでもなかった。

 敵部隊がどこに潜んでいるのかもわからないまま、闇雲に砲撃しても、効果は薄い。


「無人艦を特攻させて爆破するという手段も出来ますけど……」


 そのような提案を行うステラであるが、本人もそれ自体に効果があるとは思っていないようだった。

 確かに一時的にガスやデブリを除去することも可能だろうが、それまでに敵を発見、殲滅できなければ意味がない。

 前世界ではあらゆる戦力が無人に置き換わっていたのと、湯水のように突撃させたからできた戦法でしかない。それを今同じことやろうとしても不可能なのだ。

 さりとてここで指をくわえてジッとしている言うわけにもいかない。後続の本隊が敵を打ち破って駆け付けてくれる事を信じて待機というのもなくはない手段ではあるのだが。


「しかし、重粒子が防がれ、誘導弾も封じられたとすると、敵も同じように攻撃手段が限られるのではないでしょうか?」


 ヴァンの疑問も最もである。このデブリ帯の中に敵が潜んでいるとして、敵もこちらと同じ状態。唯一違うのはテレパシーによる通信を介さない連絡手段だろうが、それでもどこまでの精度なのかはわからない。

 こんなところに布陣するわけなのだから武装も実弾をメインに据えているのはわかるが、果たしてそれだけだろうか。


「岩陰に隠れて、レールガンや魚雷の包囲砲撃を受けるでしょうね。我々は散開出来ないし、この狭い空間の中ではね。それに衝撃によって飛来するデブリも馬鹿にならない。それでシールドを減衰させられたらおしまい……ふむ」


 流石にこのような戦場の経験はない。

 リリアンとて対処が思いつかない状況だ。


「それじゃあ、こうしましょう」


 そんな中で、ステラが再び発言する。


「遠回りしましょう」

「また突拍子もないことを……いえ、ちょっと待ってよ」


 そんなステラの提案にミレイが思わず意見しようとしたが、同時に彼女も何かを悟ったようだった。


「そもそも、この宙域に敵艦隊はどれだけいるのかしら。フリム……も流石にわからないよね?」


 若干、まだお互いの距離があるような声音でミレイがフリムに尋ねる。


「そうね……わからない。でも、仮にサラッサの艦隊が帝国と同数の場合、ここにいる敵の数だってそう多くないはず……だと思う。本隊の足止めも考えれば、向こうにだって戦力を割きたいだろうし」

「その可能性は高いですよ」


 付け加えるようにヴァンも発言する。


「この宙域の特異性を思い出してみれば、ここはサラッサ星人でなければまともに艦隊を動かせない。とすれば、人類の兵士はあまり動員できない可能性もあります。操舵にしろ、砲塔にしろ、全体の動きを統一しなければ……数はあまり用意できないかもしれません」

「しかし、それには確証がない」


 リリアンの指摘もまた正論であった。

 現時点では推測でしかない。


「はい。ですので、敵の数がどうであろうと、構いません。まともに相手をしてあげる必要はないんです。だから遠回りして先に進んじゃいましょう」

「それはこの宙域から離脱するという事?」

「それもありますけど、こんな狭い場所をくぐる必要なんてどこにもありません。この宙域を起点にして、移動すれば良いんです。そうすれば、相手も付いてくるかも?」

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