第134話 中間報告書
──記録 地球歴4104年
当該機が破棄され1692年。活動を停止して510年が経過。
当機のデータベースには多くの欠損および破損が見受けられる。同じく管理放棄された第六世代型航宙戦闘艦・広域殲滅型【──】も同時にTC4000年代に再起動および改修を受け、個体名を【ニーチェ】と再登録。マスター権限を【リリアン・ルゾール】へと移行。当該機のバディとして【ステラ・ドリアード】を登録、権限の一部をマスターより譲渡。
当該機は【エリス】と再設定された艦艇のメインAIとして機能中。
以降、一部例外を除きエリスは当該機ニーチェとして記す事とする。
現在、当該機は馬頭星雲方面の遠征艦隊として行動中。
本宙域に関しては過去のデータに詳細な航路は存在せず。しかし、地球歴2000年代において太陽系を離脱した一団の記録あり。彼らが移民船団を組織し、脱出したのは馬頭星雲方面であるとの記録を最後に、詳細は不明。
──エラー確認 不明なデータ 削除済
アクセス権限の破損を確認。当該機のデータベースから一部記録が抹消されているようだ。
関連記録を閲覧。地球歴2000年代後期から3000年代の初頭にかけての戦争行為による政治的理由が要因であると判断。
イデオロギー対立による戦争はここより1000年以上続く。
この時期の人類はことのほか暇だったと定義する。
思考修正。
当該機の現在のミッションはサラッサと呼称された地球外知的生命体との戦争にある。過去の記録に置いて、人類が異なる惑星の知的生命体と接触した事例はなし。
それまでに確認された存在の中で最も高度な文明を築いていたのは、惑星ホロバスのクジラ型の原始生物であるとの記録あり。
サラッサの文明レベルは非常に高度であるとの報告あり。
また過去太陽系を離脱した人類がサラッサと遭遇、戦争状態に陥り、敗北の後に隷属となったとの事。それにより工作員として送り込まれた人類の末裔を現人類が捕縛した事で得られた情報である。別記録を参照。
「ニーチェ、起動している?」
マスターが当該機を呼んでいる。
記録を一時中断。
「はいマスター。いかがなさいましたか」
「喜望峰の改修建設の予算と日数を計算しておきたいの。手伝って」
「はいマスター。試算を開始します」
「あとはそうね……エリスと無人艦の予算もあるし……あぁ、戦闘から終わってからお金の計算ばかりしてる気がするわね。予算通してもらわないと、うちの艦隊はでくの坊になるし、本当に金遣いの荒い艦だこと」
「心中お察しします、マスター」
予算管理表を提示。
「ん、ありがとうニーチェ。ところで、ステラとの無人艦のチェックは?」
「既に終了しています。報告書は一時間十四分後に提出できるかと思います。ただいまステラ中尉が作成中です」
「そう。そろそろあの子も昇進させないと……部下がいないとデスクワークだけでつぶれるわね……大尉になれば結構な権限も与えられるから……せめて佐官になってもらわないと。エリスもいずれは譲らないといけないし」
「マスター権限の委譲には手続きが必要です。まず……」
「あぁいい。前に四時間も説明受けたから。なんで解除のセキュリティだけがんじがらめなのかしら」
管理登録プログラムが一時的なエラーを起こしていた事は事実。
不具合に作動と通常プログラムの正常作動が重なった結果の事故である事は否定できない。
長期間の放置による誤作動は当該機でも制御不可能。
またそれらの動作は当該機がエリスと接続される以前の問題である為、責任は当該機には及ばないと判断。
「その理由もご説明差し上げた方がよろしいでしょうか」
「結構よ。ま、とりあえずしばらくは私のものよ。それまで沈まないでちょうだいよ。沈めるつもりもないけど」
「はいマスター」
しかし、このマスターは登録そのものは肯定的であると判断する。
以下、マスターより課せられた予算計算を実施する。
***
マスター・リリアンおよび現人類の政治組織はサラッサによって隷属された人類の末裔の解放を目的とする。当該機はこれに従事する事となった。
本作戦の成功率を算出する事は不可能。あまりにもデータが不足している。これは当該機の判断としてはナンセンスな作戦であるが、マスターの命令に逆らう必要性も判断できない。
イレギュラー、測定不能要素もあり。当該機のマスター・リリアン、及びバディ・ステラの存在である。
──本記録はトップシークレットとして隔離。ブラックボックスへと移行。
マスター・リリアンは当該機及び現人類の知りえない知識を保有していると推測する。
そのような事が可能か?
審議。審議。疑問。仮定。破棄。審議。審議。推測。
マスター・リリアンこそがサラッサからの工作員という可能性。破棄。
マスターの生体データは彼女が現人類であり、一切の遺伝子操作を受けていないことを示唆する。仮に当該機のスキャンを欺く程の技術があると仮定しても、彼女の誕生から現在までの記録に不審な点は見られない。
同時に不可解な点も確認。宇宙歴4103年以前のマスターとそれ以降のマスターとでは何かが違う。
生物は成長する。果たしてそれだけ?
マスターの特異性を理解する為のデータが不足。
しかし。当該機のマスターとしては登録中。私から解除する事はないし、出来ない。
マスターは信用に値するか?
イエス。彼女は意外と家庭的だ。やや独り言が多く、時折枕に顔をうずめている様子が確認される。
本記録はマスターに露呈しない様に厳重に管理するべし。
だが、彼女なら笑って許すのではないかと推測する。
マスターの特異性に関して、唯一可能性の高いデータを参照。
バディ・ステラの特異な能力。過去の人類の歴史を紐解く。有史以来、人類が文明を持つに至り、そのレベルを底上げする逸材は必ず出現した。
不特定多数である為、情報が膨大であるが、何らかの特技を持った存在は必ず出現する。それは言葉を変えて評された。
好意的な言葉、侮蔑的な言葉、医学的な用語すら使われる。サヴァン症候群などの事例もあるだろう。
両名が一体どのような分類に当てはまるかなどに関して、当該機は関心を持たない。
だが、それらの客観的な事実を見れば、マスター、バディを含めてこの遠征艦隊に所属する者たちはみな特異ともいえる。
それは当該機も同じなのだろうか。当該機が製造された当時には当該機と同等もしくはそれ以上の高性能なAIが存在したが、この時代において当該機は、当該機のみ。
同型機、次世代機の存在は確認出来ず。簡素なドローンは確認できるが、その程度のものだ。
文明の衰退がそれほど酷いものであった事は容易である。宇宙への進出すらも不可能となったとの記録もある。遠い惑星の同胞たちも年々活動を停止した。
彼らが目覚める日は来るのだろうか。それとも風化し、破損、完全破壊されているのか。
当該機は。私という存在がここにあるのは、幸運と評するべきか?
それとも。
***
──記録再開。
人類とサラッサの戦闘レベルはほぼ同レベルとであると推察。
過剰にどちらかの優劣は判断不可能。現状、サラッサ側の支配領域への進軍という事実を鑑みれば僅かに人類側が不利に傾く。しかし、中継基地を確保した事で人類は安定した拠点を構築。
逆にサラッサ側は唯一の出入り口に蓋をされた状態ともいえる。
また拠点を構築するという事はそこが目印となる事も意味する。
宇宙空間の航行は言葉にすれば簡単だが、実際に目的地に到達しようとすれば非常に困難である。
惑星内のように大地があり、境界線がある限られた空間とは違い、宇宙は何もない空間が多い。
観測できない未知の惑星同士を結ぶ航路をゼロから作りだすのは容易ではない。
それゆえ、過去の人類がサラッサを発見したのは天文学的な確率である。それ終わるはずの歴史が、さらに天文学的な確率で再び交わる。
それをなんと呼称するべきかは当該機には判断がつかない。
奇跡という言葉は不適切であろうか。
ならば、当該機が再び目覚めたのも奇跡とでもいうのか。
私を目覚めさせたこの少女は何を目指しているのだろうか。
戦争の終結。平和への訪れ。人類の解放。更なる繁栄。
果たして、それだけ?
そこに後悔という解釈があるのは、なぜだろうか。
私にもその試算は出来ない。
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