第135話 異文明との交わり
それまでの戦いを振り返ると、強行軍であると同時に連戦が続きすぎた事は誰の目にも明らかだった。
しかし喜望峰を手に入れて一か月。この期間、帝国もある程度の緩やかな時間が流れようとしていた。
全くの無警戒というわけでもないが、敵としても中継基地及びそこへ配備した戦力の壊滅は相当の痛手と言っても良い。
相応規模の艦隊が殲滅されたのだから、戦力の再編には大きな時間がかかる。
そしてサラッサ側の本星からこの喜望峰への距離を考えれば、おいそれと同じ規模の戦力を差し向ける事は厳しいはずである。
それは帝国も同じだ。
だからこそ、この喜望峰を手に入れる事を念頭に置いた強行軍を敷いたわけなのだ。
そしてそれは、今の所はうまく行っており、設備の改修やその他の宇宙ステーションの配備等は着々と進んでいる。
物資の輸送という点においてはまだ課題は残されているが、前線基地と言う意味においてはある程度の堅牢さを取り戻しつつある。
さて、そのような余裕が出てくると、今度は捕虜や保護された人類との交流も行う必要がある。お題目として掲げた過去の人類の末裔を解放する。
言葉として見れば簡単だが、今この時代に生きる人類は、彼らの事をよく知らない。
フリムやリヒャルトが矢面に立って彼らとのやり取りを受け持ってくれているが、ここで帝国を悩ませるのが、致命的な文化の違いである。
数千年と言う隔たりは大きいようで、なおかつ彼らは言ってしまえば真っ当な人間ではない。遺伝子調整を受け、雌雄同体とも言うべき肉体を持ったクローン。
いざ対面してみると、同じような顔と肉体を持った存在が少なくとも六人以上は存在する。そしてその誰もが同じ名称であり、振り分け方は番号なのだ。
例えばドワイトと名乗る個体がいたとすれば、ドワイト1、ドワイト2と分けられる。実際は桁数が四桁から五桁もあり、それがさらに区別を難しくする。
彼らにしてみれば、個体識別番号などはどうでもよいらしく、与えられた任務を遂行する為だけのものと言う認識らしい。
番号1は歩兵をやれ、番号2は砲手をやれ、その為の知識を無理やりインストールされたり、投薬などによって肉体を強化されたり、その都度、足りないと判断された場所へ割り振られる。適当に数が足りなければ随時補充する。
本来はダース単位で【運用】されるらしく、フリムたちのような単独単種類による任務はそれこそ珍しいのだという。
またそれぞれに一応の個性というものはあるらしいが、それでもかなり希薄であり、自我意識の認識がまだ完成していない者も多くいた。生身の人間であり、任された仕事に対しては驚くべき程の学習能力を見せる反面、どこか一般常識に疎い。
あえて言うなれば子供のような存在でもあった。
「保育士を頼むわけにもいくまいが、これは思ったよりも面倒な仕事かもしれんな」
そのようにぼやくのはシュワルネイツィアである。
彼としても、保護された人類の姿と報告書に目を通せば、そのような態度も出てしまうものだ。自分の想像以上に過酷な扱いであり、人道的に見ても、倫理観の欠片すらない。
帝国が興る以前、旧時代の連合軍の末期にはこういったクローン兵士が大量に製造され、番号を割り振られたという歴史があるようだが、それが遠い宇宙の彼方で脈々と続いている事実は、狂気すら感じさせる。
同じ顔がずらりと並んで、おぼろげな感情を宿した目でこちらを見る姿はゾッとさせられる。
「いや……心理カウンセラーの増員を願うべきか?」
保護された、クローン人類たちの処遇に関しても悩ませる問題であった。
彼らは保護するべきである。それは大前提だし、同時に出来る限りの情報を得たいという欲もある。
一応、彼らは比較的協力的であり、個体の中には真っ当なコミュニケーションを取る事が出来る者も存在する。
そのおかげで、喜望峰の整備も進んだし、サラッサ側の技術の解明も予定よりも早く進んでいる。
しかし、それ以上に自分たちに割り振られた役割以外の事に関しては無頓着な者も多く、また性別の概念が薄いせいか、帝国側も彼らをそもそも、どう扱うべきなのかを測りかねていた。
フリムやリヒャルトのように性自認が明確な個体が少ないのである。
『集団をまとめる為の個体にはある程度の自我意識が芽生えはしますが、それ以外ともなると、ただ役割を遂行する為の歯車として消費されるのが殆どです。長く稼働していれば、その限りではなくなりますが、そうなった個体の殆どは自分たちの立場を受け入れられずに自殺します』
神月のメインモニターに映し出されたリヒャルトがシュワルネイツィアへと説明をしていた。
彼の説明はいくらか省略された部分もあるが、同時に淡々と述べられる事実にはサラッサにおける壮絶な扱いへの真実味を帯びていた。
なぜ長い間、クローン人類が反乱を起こさなかったのかもこれである程度は理解できる。
真っ当な感性を持った時点で、人生に絶望し、死を選ぶ。
感情が希薄になるのは、その防衛手段だったという事だ。
だとしても、長く生きていれば感情の揺り戻しは起こる。そして、それに耐える者と耐えられない者とで分かれる。
そのさいのストレスは想像を絶する事だろう。
「気分の良い話が続かない事だけはわかった。だが、これは殺し合い以上にキツイ作業だよ」
『一から、教育を施さなければ彼らはまともな社会生活すら送れません。これに関しては、実際に帝国の人々に見てもらった方がわかりやすい、事の重大性を理解してもらえるかなと思い、あえて明言しませんでした。その事に関しては深くお詫びを申し上げます』
画面向こうのリヒャルトが深々と頭を下げる。
「ふー……この歳になって現実を突きつけられるとは思わなかったが、状況というものを叩きこむには十分だ。地球にも現状を知ってもらうという意味では気付け薬にはなる」
この現状を、地球人類が知ればどのような反応を起こすだろうか。
中には拒絶反応を起こす者もいるだろう。それはある意味では仕方がない。シュワルネイツィア自身もどこか受け入れがたいものがある。
しかし、同時にこの戦争に負けるような事があれば、そのような状況に陥るのは自分たちであり、その子供や孫、のちの世代なのだ。
いや、もはや【のちの世代】などと言う存在すら生まれなくなる可能性すらある。
しかも、サラッサの目的は自らの生殖機能を取り戻す事にあるという。
その成功率がいかがなものなのかは研究者たちの間でも議論の分かれる所であり、そもそも不可能なのではないかと言う意見の方が強い。
それでも敵が戦いを止めないのであれば、こちらとしても抵抗するしかない。
単に戦うだけならばいくらでも戦闘指揮を執るが、その後の事を考えると頭が痛くなる。
「これは今後の人類の課題かもしれんな……」
西暦から数えて、人類の歴史が約6000年。
良くも悪くも人類の感覚は変わらない。多様性とやらも多少は受け入れつつもやはり男女があり、近年ではない古い時代を懐かしむリバイバルブームすら起きている。それは地球人類の文明の話だ。
しかし、宇宙に目を向ければもっと乱雑で多用というよりは雑多な文明文化が存在することを思い知らされる。
人類の常識は通用しないものという事を改めて認識しなければいけない。
だからこそ、争いも起きるのだろうが。
「しばらくは、地球圏への移送は止めた方がいいな。それらを受け入れるのにも、人類はまだ早い。若い種族だと思い知らされたよ」
ここは学校でもなれば、託児所でもないのだがなとシュワルネイツィアはぼやく。
これが、本当の意味での宇宙時代の到来なのだとすれば、まだ人類は赤子のようなものじゃないか。
同じ見た目、ルーツを同じとする種族に対して、こうも違うものを突き付けられて動揺するのだから。
(アルフレッド殿は、この事も理解していたのだろうか。だから、存在そのものを抹消して、交流を断とうとしたのか? その気持ちは、わからないでもない……)
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