第133話 そしてこれからについて
敵基地の奪取と言う遠征の第一目標が完了すると、帝国艦隊はここで一度、進軍を止める事になる。補給の関係もあるが、やはり帝国の支配領域外と言う不安定な宙域での活動には多大なストレスがかかるようで、ここで一度兵士たちの心身を本格的に休ませる必要があった。
幸いというべきか、基地の修復や捕虜と保護された人類をひとまず帝国へと連れていく必要もあり、一部の艦隊は待機組と交代する形となる。
補給路の確保、ワープ航路の再設定、そして新型の長距離ワープ技術のテスト等、これからの戦いにおいては無視できない諸々の事情もそこにはあった。
当然、奪われた基地を取り戻すべく敵が再侵攻してくる危険性は残っているが、フリムたちの言葉を信じるなら、ここは敵にとっても遠方。
そう簡単に大部隊を差し向ける事は不可能に近い。特に防衛用の艦隊を失っている今、いかにクローンで人員を増やそうとも、宇宙に出る装備が整わなければ意味がない。
実は敵にはここ以外にも多くの基地が存在していて、そこで補給、再編成を行えるのであれば、話しも変わるだろうが、その心配もないと断言できる情報もある。
基地内部のデータを早急に解析する事で、この宙域の敵の布陣は大まかに知る事が出来る。
それは既にリリアンたちが戦った時の敵艦や捕虜による情報解析も大きく、サラッサの設備や大まかな言語を帝国は知った上で、今回のような解析を実現出来た。
もちろん、そこにはフリムやリヒャルトのようにサラッサの言語に精通しているゲストの存在も大きい。
だからこそ、遠征艦隊は、警戒は続けつつも一息入れるだけの余裕が生まれた。
「ですから心配はいりませんわ、お父様」
『し、しかしだなぁ……』
余裕が出来たという事は、腰を落ち着けて話す時間も増えたある。
リリアンはある意味では久しぶりともいえる家族との語らいをしていた。父であるピニャールとは仕事の会話はある程度してきたが、父と娘と言う間側の会話は中々出来ていなかった。
「私はもう子供ではありませんし、頼れる仲間もいます。それにルゾールの名を汚すわけにはいきませんもの」
親子と言っても、自身の内面は八十近い。本当なら父よりも年上なのだ。
だから、違和感がないわけでもない。間違いなくピニャールは自分の父親だというのにだ。
『う、うむ……私の知らぬ間にお前は随分とその、大人びたというか、達観したというか……た、頼りになったのは間違いない』
だからだろうか、自分の娘がいぜんとは少し雰囲気が違う事にも気が付いてはいた。しかしそれは子供が大人になっていくものであり、親としては喜ぶべき事ではあるので、ピニャールもそう気にする事はなかった。
特に妻なぞは「リリアンは頭の良い子なんですから」と、何やらあっさりと受け入れていた。
『だがな、リリアン。こうもとんとん拍子に色んな話が進んで、私としても感情の整理が追い付いておらんのだ。不安になるのも理解してほしい。気が付けば少将、気が付けば艦隊司令、気が付けばロストシップの艦長。もう私も何が何やら』
「ご心配をおかけしたことは謝りますわ。ですが、私は私の出来る事、やらなければいけない事を自覚した故の行動。そうですね、言ってしまえば私が望んだ事です。その為に、お父様には苦労を掛けたとは思います」
『そりゃあ。お前の好きなようにさせてやるのが親の務めだとも思っている。だがどうせなら私は、こう……結婚とかをだなぁ』
「お父様。まだ早いですよ。私、十九ですよ? それにそんな古いお考えを……」
『ふ、古くともよいではないか! 娘がいつ死ぬかもわからぬ戦場にいるのだ、せめて孫の顔を見たいと願うのは、当然だ』
ピニャールはあたふたとしていた。会議の場ではそれなりに老獪な姿を見せる父であるが家ではこんなものだ。
少々考え方が古臭いが、悪い人ではない。父を嫌う者も、どちらかと言えば人柄と言うよりもその行為というか、ゴマすりに近い行動が嫌に見えるのだろう。
前世界では娘である自分の我儘を通すあまり、悪い意味でも嫌われていたようだが。
それを考えると、父親に対する親孝行は確かに考えた方が良いのかもしれない。
だが、それはだいぶ先の話になりそうだ。
『大体、お前。ゼノン様がどうとか言っておったが、ありゃ今にしてみれば嘘だったじゃないか。それに、お前の色んな噂は耳にしている。いや、そういう楽しみは否定するものではない。少し考えて欲しいとは思うが……』
噂と言うのはリリアンは美少女を囲っているというアレだろう。
リリアンもそれを強く否定する事もなく、と言うよりはやっている暇もなかったので、半ば放置していた話だ。
むしろ当の本人は少し忘れかけていた。
『とにかくだ。一度、戻ってこいなどとは言わんが、先の事も本気で考えてくれ。私も母さんも本当に心配している。お前の身に何かあったとなれば……』
「大丈夫ですわ、お父様。少なくとも、お父様を悲しませるような事はしません。誓っても良いです。だから今は気楽に、ゆっくりと吉報を待っていてくださいな」
リリアンはにこやかな笑みを浮かべながら、通信を終える。
その言葉は、リリアン自身に言い聞かせるような側面もあった。
親孝行の件もそうだが、今に思えば家族の事も放置していた気がする。かといって前世界のようにべたべたと頼るつもりもない。
それに将来の事は、確かにリリアンとしても漠然としている。以前にも同じような事を考えて、何かとっかかりのようなものを見いだせた気もするが、それは確定したものではない。
それに、どっちにしろそういった将来を実現するにせよ、何にせよ、戦争が終わらない事には話が進まない。
「たった数か月でこの戦争が終わるとは思えない。この中継基地を帝国の前線基地に作り替えるのだって時間はかかる。気の長い話ね」
修復して完全に稼働させるにしても恐らくは数か月はかかる計算だ。
だがそうなれば、帝国の支配領域は拡大し、往来も楽になる。それに、前世界の戦況と比べればまさしく雲泥の差。
ただ何も知らず、隠された情報を調べる事もなく、スパイに筒抜けのまま、戦い続けていた前世界とはもう違う。
「それに……フフフ、ロマンスも起きてるみたいだし」
戦闘終了後の諸々の報告の中にはデランがアデルにファーストキスを奪われたという話も耳に入っていた。
話を聞いた時は一瞬だけ唖然としたが、その次の瞬間には吹き出してしまった。
いや、なんとなくそれはわかっていた。アデルが明らかにデランの事を気にかけているのはバレバレだった。少しだけ歳の差もあるようだが、まぁこのご時世、その程度では愛の障害にはならない。
デランは恥ずかしいのかその話を持ち掛けるとあからさまに嫌な顔をするが、それはある意味ではまんざらではないという反応でもある。
もしかしたら、前世界でもそういうロマンスはあったのかもしれない。
少なくともステラとヴェルトールはそうだった。だとすれば、若いカップルをもう一組救えたと考えれば、なんとなく自分のやっている事にも自信は付く。
そうなると気になるのはアレスの方だが、彼は彼でストイックすぎるし、あと微妙に不運な所がある。
幸せになって貰いたいものだが、そればかりはリリアンがどうこう出来る話ではない。
もちろん、フリムやリヒャルトにも人並の幸せを得て欲しい。
自分は……まぁ、なるようになれだ。
何かと一緒にいる事が多いのはデボネアだし、あの子が自分をどう見ているのかも理解はしているつもりだが。
「ま、私の幸せな結婚がどうなるかは、神のみぞ知るって事で……」
リリアンはそろそろ昼食の時間である事に気が付いた。
ここの所はまともにクルーらと食事を摂る機会もなかったし、そういう時間を作るのも必要だろう。
そうだ、全員集めても良い。かつてのティベリウスメンバーだけというのもおもしろいだろう。
それをするだけの時間もある。
戦争は続くが、それでもこのひと時だけは……。
***
その基地は新たに【喜望峰】と名付けられた。それは愛称のようなものであり、誰が言い出したのかはわからない。それでも気が付けばその名前で呼ばれる事となった。
地球にも同じ言葉があるが、どうしてその名前を使おうとしたのか、訪ねようにも誰が言い出したのかがわからないのだから、やりようもない。
しかし、妙に語呂の良い言葉であり、誰もその意味を問う事はなくなって、その名前だけが受け入れられていく。
この喜望峰を手に入れた事により、帝国の外宇宙進出の大願は思わぬ形で実現する事になる。既に補給艦隊は喜望峰へと合流を果たし、負傷者や捕虜の輸送も滞りなく進んでいる。
時間がかかるのは基地の修復とプログラム周りを帝国のものに置き換える作業だが。
そればかりは数か月は要するが、砲台を設置するなどの改修は着々と進み、新たな要塞へと生まれ変わろうとする。
ここに他にもいくつかの宇宙ステーションなどを引っ張りだし、前線基地にするのが目的の一つ。
対サラッサの重要拠点として、そして帝国の新たな支配領域として、喜望峰の名は歴史に刻まれる事になる。
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