第131話 要塞攻略戦・強襲
空間がまるでゴムのように引っ張られたかと思えば、帳を引き裂く様にワープホールが展開される。歪みと漆黒の渦の中から姿を現した帝国遠征艦隊はまず先頭に駆逐艦を展開し、順次突撃、大量の魚雷を斉射する。
駆逐艦隊はそのまま上下左右の展開し、後続へと射線を譲る。次に現れた巡洋艦隊はやはり同じく魚雷を発射しつつ、砲撃陣形へと移行。
そして満を持して姿を現した戦艦と空母たちが次々と艦載機を発進させる。
攻撃目標は前方600万キロ。
その大きさは20000メートル級であると観測出来た。一言で説明するなら、壷のような形をしており、あちこちには砲座のようなものも確認できる。各部には艦隊を収容する為だろうか、ハッチのようなものが展開されており、内部から何隻かの軍艦が出現しているのも見えた。
しかし、その数は先の戦いに比べれば数少なく、展開速度も疎らで、足並みはそろっていない。
だとしても中継基地は、まさしく要塞。
迂闊に近づけば帝国艦隊にも多大な損害を受ける事になるだろう。
それゆえの長距離攻撃であるが、この戦いにおいて一番のかなめとなるのはエリスである。
全ての武装が実弾であり、マスドライバーキャノンを四つと言う贅沢。その射程、破壊力、貫通力は単純に見ても帝国艦隊随一である。巨大目標であれば、その攻撃力は並みの重粒子砲よりも効果がある。
その分、消費される弾薬と費用は尋常ではないものだが、手に入るものを考えればむしろここで戦力を投入するのは当然と言える。帝国にしてみれば初めてとなる外宇宙のまともな中継地点。
それ以上に敵の基地を一つ占領したとなれば与える影響も大きい。
ここを手に入れなければ、帝国艦隊は宇宙で餓死する恐れとてあるのだ。
「思ったよりも敵の反撃が薄いようです」
「先ほどの艦隊が、配置戦力の主力だったという事でしょうか」
「ゲストの話を信じれば、中継基地とはいえ、ここは連中にとっても辺境。大部隊を配置しても補給の事を考えれば可能性は高いでしょう」
旗艦神月の艦橋では幕僚たちがシュワルネイツィアへとその様に進言する。
もちろん、当然ではあるがそれを鵜呑みにするほど彼らはバカではない。何を言ってもこの宙域は帝国も未開なのだ。実は中継基地は他にもあって、そこから援軍が到着する可能性はゼロではない。
だが、もしそれが可能なら、休息時間中に敵の襲撃があっても良いし、開戦時にもっと戦力を出してもいいだろう。
それがないという事は、つまり攻め時であるという事だ。
「第六艦隊の無人艦の様子は」
シュワルネイツィアは艦隊を展開させ、空母に艦載機隊の発進準備をさせつつ、作戦のもう一つの要の様子を確認させた。
「短距離ワープ準備は整っているとの事です」
「突撃させろ。それで艦載機隊と陸戦隊の死者は劇的に減る。エリスは前に出ると言っているのだな?」
「マスドライバーの最大火力を発揮させるとの事です。その為の無人艦のシールドであるとも」
「これで我らは安心して前に進めるという事か。フン……もはや人間は必要ないのかもしれないな。こうも、AIだの無人だのロボットだのと」
「ハッ、それは……」
シュワルネイツィアの嫌味に幕僚も小さく頷いてはいたが、それ以上はどう反応していいのか分からない様子でもあった。
それを見て、シュワルネイツィアは苦笑いを浮かべ、腕を振った。
無人艦隊を先行させ、相手の出方を見つつ防御壁を構築する。無人艦隊はその出力の全てをシールドに回し、味方を守る。当然、そこには攻撃を担当する艦も存在するが、役目の殆どは守り……旧世代の言葉で言えば塹壕に近いものを構築する。
要塞の射程と攻撃力を測る為もあり、本来ならそれを調べるのは偵察機たちの仕事であり、非常に危険であった。
しかし、それを人の乗っていない無人艦でやろうと言うのだから、人的被害はかなり抑えられる。その分の艦隊維持費はあえて見ないものとするしかないが。
「ワープ開始。重粒子の反発で空間が乱れる前にだ」
***
シュワルネイツィアの号令により、無人艦隊が次々にワープを開始する。
ワープ酔いも起きず、決められたプログラムに従って迅速に行動を起こす無人艦隊は、敵にしても気味が悪く映る事だろう。
それでも反撃をしなければならないし、それなりに損害を与える事が出来るというのに、それでも動きを止めない。
恐怖を感じない艦隊とでも言うべきか。
奇しくもそれは、かつてサラッサ達が行った攻撃に似ていた。違いがあるとすれば、人が乗っているかどうか程度。
「無人艦隊、シールド出力安定。要塞からの攻撃も届いてはいますが。問題ありません。ですが、集中砲火を受ければ五分と持たないでしょう」
「よろしい。ではエリスを前進させて。軍事予算の一割分の弾薬をごちそうしてやりましょう」
ニーチェの報告を受けながら、リリアンはエリスの前進を命じる。
一割と言うのは誇張した表現だが、嘘というわけでもない。エリスが全力の砲撃を数時間続ければそれぐらいの予算は余裕で吹き飛ぶ。
専用の弾丸を用意するという我儘なのだから仕方がない。唯一、マスドライバーキャノンだけは、とりあえず打てるだけの質量があれば何でも良いとはいえ、弾丸そのものの破壊力や目標へ到達するまでに自壊する恐れもあるせいで、意外と懐に優しくはない。
我儘な女神様は、その絶大的な力を発揮するのにも対価を要求する。
シュワルネイツィアたちが第六艦隊に出しゃばって欲しくないのは単に小娘がどうこうという話ではない。
国家運営にかかわる問題に直結しているから、あまり多用出来ないだけなのだ。
リリアンもまたそれを理解しているからこそ、エリスそのものを前に出し過ぎる事はない。
だが今は違う。エリスの本領を発揮する絶好のタイミング。ここで下手に温存する必要はないという判断がなされているのなら、全力で取り組むだけだ。
「短距離ワープ準備。無人艦隊の後方に付けるように。ワープ酔いには気を付けて」
瞬く間のうちに、エリスは残った数隻の無人艦を率いて短距離ワープを実行する。
一瞬にして敵要塞を目の前に捉える距離へとたどり着くと、無人艦隊の防壁にぶつかる攻撃頻度が僅かに多くなったように感じられる。
ワープ直後の独特の浮遊感に顔を顰めつつ、リリアンはしっかりと目の前の敵を見据える。
「コーウェン砲術長!」
「敵要塞中心部に砲撃を集中。各砲座自由射撃。マスドライバーのトリガーは俺に任せろ!」
敵の攻撃が一瞬だけ緩くなるその瞬間を見逃すことなく、無人艦隊たちは付き従う女神に道を開けるように展開する。
刹那。無音のはずの宇宙に重く鈍い轟音が響いたような錯覚が訪れる。その特徴的な艦体から発射される無数の実弾。最初のうちはサラッサ艦や要塞のシールドに阻まれつつも、次々と押し寄せる質量弾によって負荷は掛かる。
さらにそこへ、巨大なマスドライバーによる狙撃が四つ撃ち込まれる。
第一射は不運にも前に出ていたサラッサの艦艇を巻き込みながら、要塞のハッチを潰す。それだけで内部での連鎖爆発が起きた事が確認できる。
その爆光を見ながら、リリアンは「あの中にどれだけの人類がいるのだろう」とも考える。
建前では人類を助け出すのが目的のはずだが、今はそれを考えて攻撃の手を緩めるわけにはいかない。
ともすれば、それはかつてシュバッケンで起きた事件と同じ事か、それ以上のものかもしれないが、長期的な視点を入れるのなら、ここでの犠牲は敢えてでも無視するしかない。
もしそれを押さえたいのなら、迅速に決着をつける事だ。
だから、パワードスーツ隊を送り込み、制圧する。その援護として、削れる戦力は徹底的に削る。
無血開城など、そう簡単にできるものではない。
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