第130話 些細な乙女の幕間
仮に先を第一次攻撃とするのならば、今の時間はわずかながらの修復と休息となる。戦闘時間がどうあれ、戦闘行為による体力の消費とストレス、そして肉体と機械のダメージは時間を置かなければ治らないものだ。
この一時の休息は単純な時間にしてみればたったの六時間。これは艦隊の上層部が顔を付き合わせて出した最低限かつ効果的な時間であった。
丸一日の休息や、それこそ今すぐにでも攻撃を仕掛けるべくワープの逆探知を行って攻め入ると言う提案もなされたが、艦隊の消費は正直であった。
特にシールド艦のダメージは大きく、何隻かは戦線を離脱して大規模な修復を挟まなければいけない状態である。
万全を期すのなら、補給艦隊の到着を待ちたい所だが、それではいささか時間をかけすぎてしまう。
修理とてそう簡単に終わるわけではないし、敵に与えたダメージを考えれば、今すぐにでも攻め入るという提案もまた正しくはある。
ここで候補に挙がるのが疲れ知らずの無人艦隊である。これらも多少の損傷はあれど、無人である強みからか、艦の航行に多大な支障が出ない限りはそれこそ浮遊砲台として運用できる。
「その為の無人艦隊ではあるが、流石にそれらだけで敵の中継基地を攻略しろなどとは言えん」
シュワルネイツィアはその点に関しては慎重だった。
「無人とはいえ操作するのは有人のエリス。それに艦艇数が下がり、航空機の援護が薄いのでは意味がない。せめて空母を連れ、もう一部隊を編成に加える必要がある。それが最低限の戦力だ」
いかに疲れ知らず、恐れ知らずの無人艦隊でも、それ単独で全てが片付くわけではない。
やりようによってはニーチェに全ての操作権限を与えて完全自律行動をとらせることも可能ではあるだろうが、それは未だに試したことがない不確定要素の多いものであり、どこまで信用できるものなのかは疑問が残る。
「つまるところは、全員でカチコミをかける準備を整えてからが安牌という事ですか」
そういったのはポルタである。
「その通りだ。この第一波の攻撃は我々が勝利したが、実際の所は敵の基地にどれほどの戦力が隠されているのかは不明だ。もし先と同じ戦力を温存していた場合、馬鹿正直に攻めれば返り討ちに合うのはこちらだ。かといって怖いので攻めませんと言うのも意味がない。それに、敵としても差し向けた艦隊が壊滅させられたとなれば、再編成を行うはず……この隙は逃したくない」
「それゆえ、六時間というわけですか。ま、確かに十時間程度もあれば敵は体勢を整るでしょうからな。もとより電撃作戦に近い進行。攻めるのなら早い方が良い」
あの動きは間違いなく焦りから出た出撃だと言うのは共通認識となっていた。
それほどまでに宣戦布告が効果的だったという事だろうし、それはつまり中継基地には【人類】がいる可能性が非常に高い。
期待をするのなら、その人類が暴動の一つでも起こしてくれればと言うものだが、それをあてにするのも酷な話だろう。
地球での裁判、真実の公表、シュバッケンで起きた惨劇。それらをかき集めれば、サラッサが人類を虐殺する可能性の方が高い。クローンなのだから、新しく補充すればいいというもの。
「場合によっては人類を適当な艦に詰め込んで特攻……などと言う可能性も否定できません」
リリアンの言葉にその場にいた参加者らはゾッとした顔を浮かべた。
「シュバッケン宙域での戦いの経験かね?」
シュワルネイツィアの問いにリリアンは頷く。
「敵は容赦なく味方を捨てます。その時の艦隊にサラッサ星人がどこまで乗り込んでいたのかは分かりませんが、撤退する味方を背後から撃つような連中なのですから、それぐらいはやると思いますわ」
「人類を乗せた艦隊に爆弾を詰める程度はわけなくやるという事か。捕虜のサラッサ星人たちから得られた情報も、どうにも我々とは大きく価値観が異なりすぎて、解釈が進まないと来た。知的生命体を相手にこういうのはいささか差別的と捉えられるだろうが、動物の方がまだコントロールできると思いたいな」
頭を悩ます内容である為か、シュワルネイツィアは軍帽の上からくしゃくしゃと頭を掻いた。敵対して、艦隊戦闘を行った部分だけを見れば間違いなく自分たち同じ、それでいて異なる文明を持った知的生命体であり、恐るべき相手である事は理解できるのに、同時にそこからは得体のしれない不気味さを感じる。
人類が初めて出会ったエイリアン。地球外生命体。それまでの原始的な生物ではない異なる種族。
そのファーストコンタクトが、よもやここまでかみ合わない存在だとは思わなかった。
「言葉は通じるが、話が通じないか……まるで旧世紀のSFコミックスのような話になってきましたな」
ポルタとしてはジョークのつもりで言った言葉だが、それはある意味では的を射た発言でもある。
「自分たちを含めて、他人であろうと他種族であろうと、身体を改造する事に忌避感が無いのであれば、もはや文明文化だけの問題ではありますまい。はてさて、我らが同胞を救うのはよいですが、この戦争の終りはどこにあるのでしょうな」
「それに関しては連中の本星にたどり着かねばならんし、こちらとしても年単位の戦争は避けたい。しかし、聞けば聞くほど、和平交渉は絶望的だな」
その場に集まった司令たちは何度目かの同じ話を出すしかなかった。
それが会議の終りの頃合いである。
「とにかく、我々は六時間後に敵中継基地を襲撃する。リリアン少将」
「はい、閣下」
「ゲストの情報、信じてもいいのだな? 敵中継基地は要塞であるが、攻撃能力は低い……大規模破壊兵器の類はないと」
六時間という短時間で再攻撃を仕掛ける理由はそこにもあった。
敵の保有戦力は未だ不明ながら、基地そのものに大した戦闘能力がないからこそ、攻勢に出れる。
勿論、光子魚雷の存在はちらつくものの、そこは出てみない事には分からない話だ。いつまでもそれを恐れている暇はない。
「私はフリム、リヒャルトを信じます。二人の言葉に嘘はない。ここまで来たのですから、今更やっぱりやめたなどと逃げるのも勿体ない事でしょう? それに、敵中継基地を制圧、奪取する事で我々は初めて帝国支配領域外に拠点が得られるのです。敵の兵器を鹵獲し、研究する事でこちらが有利になるかもしれないのですから」
「うまく行けばの話だがな」
そう言いながら、シュワルネイツィアは軍帽をかぶり直す。
「まずは艦隊による長距離魚雷攻撃を実施。その後、艦載機隊による機動爆撃。それと同時に無人艦隊による陽動。陸戦隊突入の援護を実施する。目的は敵基地の奪取及び我らが同胞の救出である!」
シュワルネイツィアが敬礼をすると、参加者たちも見な敬礼を返す。
***
そして損傷した艦艇や人員の応急処置と仮眠、食事が済むと、艦隊の動きは騒がしくなる。
特に整備士たちはほぼ働き詰めな状態である。いくら人員交替による休憩があるとはいえ、兵器の調整と修理を同時に行わなくてはならないし、艦載機のパイロットたちもその調整に付き合い、自分の納得のいくコンディションに整えなければいけない。
特に次の攻撃は艦載機の仕事が多い。
一方で、意外と落ち着きを見せているのは中継基地に突入予定の陸戦隊。そして海兵隊の面々である。究極的な事を言えば、身体が資本であり、体力と武器を握れる腕があれば戦えるというのが彼らの口癖でもあった。
危険な場所に突入するのだし、そもそも突入する前に突撃艇が撃墜される事だってある。戦死者は多く、負傷者だって絶えない。
だから慌てようがない。どれだけ装備を整え、身体を鍛え、栄養を取っても、なるようにしかならないし、死ぬときはあっさりだ。
それでも中継基地、要塞を攻略するというのは一大事だ。腕がなるというのもあるし、緊張が全くないわけではない。特に新兵はガタガタと震えるものだ。それをベテランたちは酒を進めたり、他愛のない会話で和ませたり、もしくは徹底的に無視するかの対応を取る。
この辺りは部隊や個人によって様々だが、結局は慣れろとしか言えないし、生き残れとしか言えない。
アデル曹長もまた、落ち着いている側の一人であった。
もちろんくたばってやるつもりはない。自分の夢は寿退社なのだから。
とはいえ、巨大な施設の攻略は中々経験するものではない。いつかの海賊たちのアジトへの侵入もかすむ程だ。
今回は他の部隊もいるので、負担という点に関しては相当少ないだろうが、果たして敵のパワードスーツにどこまで拮抗できるか。
純粋なパワーでは負けているのだから、犠牲は免れないだろう。
「ふーむ。困ったな」
一応、この手の作戦の前には必ず遺書を書くものだが、もうそろそろネタも尽きようとしていた。さりとて用意しておかないと諸々の処理が大変だと言うらしい。
遺族年金だなんだの処理があるとは聞いたことがあるが、アデルにしてみればどうでも良い事だった。
その話は何も海兵隊に限った話ではないのだから。
むしろアデルが悩んでいるのは、仮に戦死した場合の心残りである。結婚などは諦めるべきだろうが、それでもやり残した事ややりたい事はまだたくさんある。
そのうちの一つでも実行しておきたいなと言う欲がないわけではない。
「うーむ。しかし、これは悩みどころかもしれない」
インナースーツ姿のまま、アデルはあぐらをかいていた。
もうそろそろバトルスーツを装着しなければならない。そうなるとおいそれと脱げない。だからチャンスと言えば今このタイミングだ。
「よし!」
パンと力強く自分の足を叩いたアデルはインナースーツのまま立ち上がると、おもむろに待機場所である格納庫から出て行く。
部下たちも何事かと思い、隊長であるアデルを追いかけるが、「すぐ戻る!」とだけ伝えられた。
そして当のアデル本人は大股で、普段とそう変わらない表情のままリリョウの艦内を進み、そして艦橋へと上がる。
そこでは他の空母や艦載機隊の調整をおこなうデランの姿があった。
彼も突然現れたアデルの姿に気が付いて、少し驚く。
「おい、お前は待機──」
デランの言葉はその直後にかき消された。艦橋にいたクルーたちも茫然とし、静寂に包まれる
ぴくぴくと指先やつま先を震わせるデランの身体は床から数センチ浮いていた。無重力ではない。彼の身体はアデルによって抱きかかえられ、持ち上げられていた。
そして少年の唇はアデルの唇によってふさがれていた。それがどういう行為であるかは、誰もが分かる事だった。
特に女性士官たちは顔を両手で多いながらも、指の合間から覗き見ていた。
「よし! これでやり残した事の一つは完了しました! それでは艦長殿! ご武運を!」
アデルは満面の笑みを浮かべて敬礼をした。
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