第129話 要塞攻略戦・進撃
遠征艦隊はひたすらに後退を続け、その後ろに無数の機雷をばら撒き、魚雷を発射していく。それは傍から見れば、しっぽを巻いて敵から逃げる情けない姿にみえるが、出力の殆どを速力とシールドに回している為か、想像以上に堅牢な守りでもあった。
その後を追いかけるサラッサ艦隊もまた獲物を追う狩人の如き勢いであった。追撃の手を緩める事なく、ばら撒かれた機雷も撃ち込まれる魚雷も瞬く間に処理する。
壁の様に迫る圧力、面攻撃による範囲、しかしその陣形は次第に鋭い矢の如く変化していく。紡錘型の陣形へと巧みに艦隊を動かし、各々の砲撃が邪魔にならない様に適度な間隔をも開けている。
もし、この隙間に無人艦隊を打ち込む事が出来れば多大な混乱を与える事ができるだろうが、当然そんなことをすれば無人艦隊は無駄に消費される。
それゆえにそのような戦法は【まだ】取る必要はない。
しかし、遠征艦隊の後続はそろそろ限界に近づいていた。かわるがわる、シールドの役目を果たす艦を交換しつつも、ほぼ集中的に攻撃を受けている事は変わらない。
また足の遅い空母もいる為、いくら全速力でも限度がある。ここからの一八〇度回答はもはや不可能である。
『敵艦隊に追いつき、穿て』
それがサラッサ艦隊の意思だった。
無数の艦は一つの巨大な塊となり、生物のように敵を追い詰める。
同時に敵が迂回し、艦隊を二つの部隊に分けるであろう事も予測していた。事実、それ以外に対応策など存在しない。だが、そうなればいくつかの艦艇を盾にしつつ、片方を一気に殲滅すれば良い。
だが同時に、それは焦りでもあった。一刻も早くこの敵を殲滅したいという欲が彼らにはあった。
「しかし、敵はなぜわざわざこちらに攻め入ろうとするのでしょう」
その違和感に気が付いたのはヴァンであった。
こちらが逃げているからというのもあるが、それ以前から敵艦隊は早期にこちらを包囲殲滅しようと動いている気がする。
ヴァンの目にはそう映った。
それまでの報告や経験から敵は短距離ワープによる奇襲を行ってからこちらの動きを観察するような用心深さがあった。
しかし今回は早々と艦砲射撃をはじめ、空間磁場を歪めワープを防いだ。
勿論、無人艦隊のワープ戦術が知れ渡っている可能性もある。
そうだとしても、全面的な砲撃合戦を挑むのは早すぎるのだ。
「宣戦布告が効いているのかもしれない」
リリアンも敵の動きに違和感があった。
だから今回の作戦を提案したのもある。敵の焦りを利用できるのなら、成功率はぐっと上がる。
当然、やけっぱちの勢いで突っ込んでこられると実はかなり危ないのだが、程よい焦りは逆に思考を深くする。用心をし過ぎてしまう。
敵が早くも紡錘陣形を取ったのもそれが理由だろう。
「お互い、艦隊戦は素人だものね……」
その呟きは誰に聞かれる事もなく、戦闘音でかき消された。
たった一人の愚か者の大きな隙を突き、帝国艦隊を壊滅させた事で悠々と戦う事が出来た前世界とは違う。
敵も準備が整わず、そして経験のない艦隊戦を強いられる。
だから、このタイミングでの本星襲撃が都合が良かったのだ。
その意味では、出しゃばり、その空気を作ったのはよかったと思う。反面、帝国側も出血を強いてしまうのは避けられない事実でもある。
だがこの後に流れる多くの血を防ぐ方法は、これしかない。
「ステラ。ニーチェ。無人艦隊のアクロバットはあなた達の好きなタイミングで良いわ」
「え? 良いんですか!?」
それを実行するのはシュワルネイツィアであると思っていたステラは流石に驚きの声を上げた。
「勿論、事前に報告はするわ。それに味方はみんなベテランなのだから、付き合ってくれるはずよ。特に足の速い第四艦隊のポルタ司令なら臨機応変に対応してくれるわ」
「そ、それって行き当たりばったりって言うんじゃ……」
「あら。三方向に展開する作戦はきちんとお伝えしたわ」
「へりくつー」
そうは言うものの、ステラは既にやる気になっていた。
ニーチェに指示を打ち込み、無人艦隊のエンジンが唸りを上げ、出力増加させる。
しかしまだだ。このタイミングではない。敵とこちらの後続部隊の距離を見極め、思いもよらぬ所で奇襲を仕掛けるかの如く展開する。
「ニーチェ、敵の攻撃頻度を計算して。そこに艦隊相対速度と無人艦の加速時間も考慮して……」
盤面は動く。
各艦のオペレーターからシールド出力の低下を叫ぶ声が響く。
いくつかの重粒子砲がシールドを貫通しはじめ、多少の被害を出しているようだが、今はまだ撃沈した艦は存在しない。魚雷と機雷の散布頻度は低下しつつあり、敵の接近が迫る。
相対距離は優に50万キロへと迫ろうとしていた。それはこの宇宙艦隊の戦闘においては至近距離も良い所である。地球と月の距離にも等しい、人の感覚であれば途方もなく離れた距離が、至近距離なのだ。
「艦隊シールド出力60%まで低下」
「相対距離48万!」
デボネアとミレイの報告が響き渡る。
「さぁて、全主砲発射準備。いつでも撃てるように待機」
ぱきぱきと指を鳴らすコーウェン。エリスの主砲は基本的には前にしか撃てない為、今になってやっとまともな準備ができるのだ。
「月光艦隊にもこちらの動きを伝えて下さい。我々第六艦隊は右舷方向へ舵を切ります」
ヴァンもその脇を固める指示を放つ。
「無人艦隊オンライン良好。各武装、出力調整完了。シールド出力安定。速度調整開始。ステラ中尉。いつでも宜しい。あなたが操作して下さい」
ニーチェの抑揚のない電子音が、今では心強い。
ステラは軽く深呼吸する。これまでも大一番のような戦いはたくさんあった。
今回もそれと同じだ。いつも通りにやるしかない。
「敵行動パターン予測完了。次の二十秒後。もっとも弾幕が薄くなります」
「ありがとうニーチェ。艦長!」
ステラの声にリリアンが頷き、腕を振り下ろす。
同時にデボネアが旗艦神月へと通信回線を開く。
「これより無人艦隊は宙返りを実行します。十五秒前!」
その報告を受けたシュワルネイツィアは一瞬だけ驚愕の顔を浮かべた。
『勝手な事を!』
あれほど勝手な行動はやめろと言ったのにだ。
しかし、タイミングが今この瞬間しかない事をシュワルネイツィアも理解していた。
『全艦、左右へ分かれよ! 事前に通達した通りの方角、間違えるな! 主砲塔回頭!』
号令と共にまず動きだすのは、やはり無人艦隊である。
およそ人が乗っていては衝撃に酔うような機動を見せながら、十数隻の無人艦隊は戦列の【上】へと逸れ、急加速。各部の姿勢制御スラスターを吹かしながら垂直に上昇を始めると、その時点で主砲も動かす。
同時に艦隊の真上に昇るようにしながら、重粒子を振らせる。そのまま、無人艦隊は逆さまになるように、宙返りを行う。これで、【上下に二つ】の戦列が出現する。
ここで、残った本隊も艦隊を左右に分ける。神月が率いる左舷艦隊、エリスが率いる右舷艦隊。弧を描き、各々の主砲の軸を合わせる。
特にエリスは急速回頭を実施していた。半ば足を止めるような形だが、敵艦隊の攻撃はまばらだった。
左右に分けれるだけではなく、もう一方、上方向にも敵がいる。
それでは砲撃もばらけるし、もとより艦の構造の問題でサラッサ側の艦は直上方向への攻撃が難しい。
紡錘陣形なのもそれを邪魔していた。
「撃て!」
その指示は、帝国の艦隊艦長らが同時に言い放つ。
特にエリスの正面火力による殲滅力はすさまじい。毎秒数億ともいわれる弾薬の消費。敵艦隊も思わず部隊を三つに分けようと動揺した隙を突くように、圧倒的なまで実弾火力が撃ち込まれていくのだ。
一方で神月率いる左舷艦隊も負けてはいない。まるで横一線に薙ぎ払われるかの如き重粒子の光がほとばしる。
サラッサ艦隊は左右にも上にも逃げられない。ではただ押し込まれるだけだった。
真上からも降り注ぐ攻撃によってどちらかを集中的に攻撃する暇がない。
それでも帝国遠征艦隊とて無事ではない。部隊を分ければそれだけシールド出力も低下する。そこに至近距離の撃ち合いなのだから、多少の損害は出る。
だとしても、ダメージレースに勝ったのは、帝国であった。
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