第128話 要塞攻略戦・奇策
「距離300万まで接近したら砲撃用意。砲艦を前に出せ」
「対空迎撃準備! 艦載機を回せ!」
「全艦、左九〇度回頭。反航戦へ移行!」
それぞれのオペレーターたちの報告が矢継ぎ早に繰り出されいく。
両艦隊は並列に並びながら、機動砲撃戦へと移行する。しかし、艦の形状の関係か、帝国側は砲塔を稼働させることが可能な一方で、サラッサ側の砲撃は緩やかであった。
互いの砲撃の殆どは減衰し、シールドをわずかに削る程度であり、磁場が乱れ始める。こうなると短距離ワープの使用は不可能となり、奇襲を受ける可能性は極端に減る。
途中、足の速い駆逐艦や軽巡洋艦などは戦列を離れ、敵艦隊の隙を伺おうとするが、それを防ぐように魚雷や機雷がばら撒かれていく。それらを処理するべく艦載機なども発進するが、ドッグファイトへと戦闘が移れば、もはやそんな仕事をしている暇もない。
ある意味でまだお互いが牽制し合っている状態なのである。
「こういう時、エリスの形状は弱いのよね」
艦隊戦の最中、リリアンはエリスの弱点を痛感していた。
そもそも帝国の艦艇とは大きく形状の異なるせいか、横向きへの砲撃が酷く薄い。四つの巨大なマスドライバーキャノンも前方にしか発射できないし、では今足を止めて最大砲撃をしようとも、敵もまた動いているし、足を止めれば狙いうちにされるだけだ。
エリスを守る為にシールド艦を多く回したり、艦載機に援護を向かわせるのもそれは戦力の分散となる。
それゆえに今のエリスは大人しく、艦隊に付いて行くしかないのだ。
正面で向かい合った撃ちあいであれば、無類の強さを誇り、そして無人艦隊によるでたらめな戦法が強みであるが、ワープの使用が不可能となれば単純な撃ちあいを行わせるしかない。
かといって独断で突撃戦法を取ってしまっては遠征艦隊の隙になる。
「本当。我儘な女神様だこと……」
無人艦隊を操る艦が、その実、まともな艦隊行動には不向きな性能をしているのだから、何という皮肉だろうか。
結局のところはワンマンもしくは少数による行動でなければ、その本領を発揮できない。
戦艦として考えれば、欠陥品でもある。
もしかすれば、元々の運用方法は艦隊行動向けではなかったのかもしれない。
「まさか拠点攻撃用の戦略兵器って言うんじゃないんでしょうね。昔の人たちは一体どういう設計思想でこの艦を作ったのか聞いてみたいところだわ。ニーチェ、何か知らないの」
「私のデータには設計思想についての記述はございません。提示できるのはカタログスペックとその詳細データ、報告書などとなります。そもそも、エリスの艦体形状は……」
ニーチェ自身もほぼやる事がないためか、どこか饒舌だった。
それでも艦のシステムのほとんどを担い、高精度な解析を行っているのだから、流石はロストテクノロジーの一体と言った所か。
(さて……敵艦隊はやはり、あの陣形で来たか)
文句はさておいて、リリアンは前世界での記憶を思い出していた。
六十余年もの間、連中と戦ってきたのだから、敵の多用する陣形というものは知っている。
(今はまだ追いかけっこの状態。敵は防御寄りの陣形で圧力をかけてくる。しびれを切らして、こちらが動いた所を針の一刺しのように紡錘陣形を取って中央突破。もしくは、こちらの後続部隊に食らいついた瞬間、突撃陣形となってねじ込んでくる……輪っかのような戦列になったら注意したいところだけど)
とはいえ、敵の陣形から、相手が何を考えているかは他の艦長たちも思いついている事だろう。シュワルネイツィアもただ闇雲に敵の動きに合わせているわけではないようで、よく見れば艦隊を二つに分けようとしているのがわかる。
(二手に分かれ、あえて敵を中央突破させるつもりか。挟撃する事が出来れば確かに私たちが有利になる。しかし……)
敵とて、自分たちの弱点は理解しているはずだ。
そうなれば、敵は紡錘陣形を取る事なく、広がったままこちらを押しつぶし、かみ砕こうとするだろう。
このような敵に対して前世界ではそうなる前に距離を取り、引き撃ちの形で対応していた。これはそもそも前世界では艦の数が少ない、経験のある兵士が減ってしまったが故の後ろ向きな対応である。
結局、無人艦隊の数がそろうまでは何も有効的な打開策を講じる事すらできなかった。
ならば、今はどうか。経験もあり、艦艇数もある。
「……総旗艦へ打診。このままでは不毛な追いかけっこになるだけ。打開策を提示する」
リリアンはデボネアへとそう伝える。ややすると、シュワルネイツィアの仏頂面がモニターへと映し出された。
「司令。敵はこのままこちらの背後につけようと加速してます。これに対して、我が方も追いつかれまいと、そして敵の後尾に食らいつこうとなさっている……しかし、閣下はあえて艦隊を二つに分け、挟撃の姿勢をも見せていらっしゃると思います」
***
突然の小娘からの通信に一体何だと思いつつも、シュワルネイツィアは彼女たちが打ち立てた実績も理解していた。
多少の意見を聞き入れる理由にもなる。
そして映し出された少女が、自分の作戦を理解している事にも驚かされる。
敵艦隊の後尾に食らいつければ、火力で勝る帝国ならば打ち破れる。よしんばそれが不可能であり、先に追いつかれのであれば、二つにわけた艦隊を左右に回頭させ、敵の腹をつく。
「その通りだ。ルゾール少将」
実際これ以外に方法は考えられない。
足をとめて、全艦一八〇度回頭で迎え撃つのも方法の一つではあるが、その間の攻撃を受け続ける事になる。
タイミングがあえば相手にも多大なる損傷を与えられる事だろうが、それでも被害の方が大きくなるだろう。
距離が開きすぎているのも問題である。ここでこちらが回頭をしても、敵はそれに合わせて部隊を分散させ包囲に移ればいい。
「その為にはタイミングが重要である。部隊を二つに分けるという事はそれだけ戦力が分散し、シールド出力も低下する。対して敵は一丸となり攻める事で攻防一体である。だが、側面の攻撃は薄い。つけ入る隙はそこしかないだろう」
『まさしく、閣下のご慧眼に感服いたします』
「世辞は良い。貴殿が出しゃばってきたという事は何か他の策があるのだろう。言ってみろ、効果があれば考慮はしてやる」
シュワルネイツィアがそういうと、そばにいた複数の幕僚たちがざわつく。
「閣下。少将如きの提案です」
「それにこれが最も被害の少ない戦法なのは協議の結果であります」
そのような意見が飛んでくるのも当然であった。
しかしシュワルネイツィアは分かっているといわんばかりに、彼らに手をあげて制した。
「敵艦隊の側面を取り、火力で持って打ち崩す。さてこれ以上の策がどこにある。よもや無人艦隊を特攻させるなどと勿体ない事をするわけでもあるまい。無人とはいえ、戦艦だ。高価だぞ」
『はい閣下。もちろんそのような事は致しません。それはまだ必要のない行為であります。しかし、無人艦の強みは何も死を恐れぬ事だけではないのです。単調直入に申し上げます。我らの無人艦隊を敵艦隊の直上に展開させます。つまり、我らは部隊を三つに分けるのです』
リリアンの提案に幕僚たちが啞然とする。それではただでさえ少ない戦力を分散する事になる。
「閣下。聞く必要はありません」
幕僚の一人がそう答えるが、シュワルネイツィアは表情を変えず、リリアンを見つめていた。
「上を取ると言ったな。どうするつもりだ」
『閣下。ここは宇宙です。宇宙に上下などありません。確かに我々が乗っているのは艦です。船です。ですがここに重力はなく、逆さまになってもものが落ちる事は無い……艦隊を宙返りさせればいいのです。我らが無人艦なら、多少の無茶な機動を行っても酔っぱらう人はおりません。的確に、迅速に展開できます。閣下、敵を包囲してやればいいのです』
シュワルネイツィアの逡巡は僅かだった。まごつかせては敵にこちらが新しい動きをしている事がバレる。それにリリアンの言う通り、無人艦の強みは有人艦には難しい危険な行動を取らせる事が出来る事になる。
それまでリリアンらがやってきたのが至近距離へのワープや艦隊の隙間にねじ込む行為ばかりであったから、その意識が先行していた。
だが、今回提示された方法もまた可能だ。
そして艦を宙返りさせる。冷静に考えれば宇宙空間であれば戦艦でも可能である。当然、隙を晒す事になるが、無人艦ならば最速で展開できる。
それに三つに分ける事で敵の攻撃はさらに分散するだろうし、封じ込める事も可能だ。
「良いだろう」
シュワルネイツィアはその作戦の実行を許可した。
「全艦に通達。作戦内容を回せ。同時に機雷投下。シールド艦は足の遅い空母の防御にまわし、駆逐艦、軽巡洋艦は先頭へ」
総司令がそう決めたのならば、実行するしかない。
オペレーターたちがそのように作戦内容を伝える。
「空母隊と通信を固定。宙返りの良いタイミングを計算させろ。タイミングがずれれば、我らは各個撃破されるだけだからな」
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