第127話 要塞攻略戦・序章

 宣戦布告の内容は簡単である。

 当該惑星国家は帝国に侵略行為を働き、諜報活動を行い、あまつさえ古き我らが同胞を不当な地位へと貶めている。即刻彼らを解放し、今後一切地球帝国に攻撃を仕掛けないのであれば、平和的な解決を模索する準備もある。

 もしこの言葉が受け入れられないのであれば、残念ながら双方ともに戦火を交える事になるであろう。


 しかもこの宣戦布告を、元サラッサの工作員であったフリムが行うのだから、サラッサ側からしても寝耳に水。

 遠征艦隊司令シュワルネイツィアは当初はこの宣戦布告に難色を示していたが、それ以外に起こせるアクションもなく、例え相手が分別をわきまえないエイリアンであろうと宣戦布告と言う行為を行わないのは帝国の誇りを傷つけるかもしれないと考えれば、やって置いて損はない。


 それに、この宣戦布告にはもう一つの意味がある。

 件の中継基地にいるかもしれない人類の末裔にある種の希望を与え、出来る事ならば適当に反乱でも起こしてもらいたいという希望もある。

 同時にこのような事をすれば、サラッサが無慈悲に基地内の人類を処分する可能性もある。人類とはいえ、彼らはクローンであると言われている。

 替えはいくらもある……となる場合だってあるのだ。


『僕としてはスッキリしたけどね。言いたい事も言えたし、これできっぱりと連中と手が切れた』


 フォルセティとの通信で、久しぶりにいつもの調子に戻ったリヒャルトの姿を見れて、リリアンは少し安堵した。

 やはりこの男はどこか飄々としていなければ違和感がある。

 対して、エリスにいるフリムは少し顔を俯かせていた。殆ど台本を読んだ程度のものだが、自分たちがまさか反旗を翻すシンボルになるなどとは思っていなかった。


「う、ごめん。フリム。嫌……だったよね?」


 提案者のステラは親友の態度が不安になっていたが、フリムは頭を左右に振って否定する。


「いいえ、違うわステラ。むしろ、感謝したい気分なの」


 恥ずかしいというよりは、緊張が解け、肩の荷が下りたが故の態度である。


「フフフ……悔しいけど、リヒャルトの言う通りかもしれないわね。自分でも驚いている。よくもまぁこんな事になったものだとね」


 やり遂げた達成感が今になって湧いてきたのか、フリムは顔を上げて久しぶりに声を出して笑った。誰にはばかることなく、素直に腹の底から声を出して笑った。

 それは開き直ったともいえる。自分の言葉で戦争がはじまり、人が死ぬ。その事だって理解しているが、結局遅かれ早かれ人類とサラッサはこうなっていた。

 誰が始めるかなど些細な問題だし、きっかけを作ったのは間違いなく自分だ。

 例え命令であっても、諜報活動をして、人類を恨み、サラッサも恨み、この世の全てを恨んで、そして……何とも奇妙な所に着陸した。


「もういいわ。どうにでもなりなさい。私だって吹っ切れた。とことんやるまでよ」

『妹もやる気を出してくれたみたいだし、これで僕たちの絆も深まったという事かな?』

「それはないわね。私、元からあなたの事、嫌いだもの」

『これなんだよなぁ、昔から』


 画面の向こうでリヒャルトが肩をすくめる。

 隣にいたヴェルトールは苦笑しつつも、どこか楽しそうであった。


『いいじゃないか。喧嘩が出来る。生きてなければ出来ない事だ』


 ヴェルトールの言葉にリヒャルトも頷き、フリムはわずかに視線を逸らす。


「はいはい、和やかな空気はそこまでよ。宣戦布告をして即刻敵がやってくるとは思わないけど、警戒は気を抜かないでよ」


 気を引き締めるようにリリアンが両手を叩きながら、言った。

 しかし、それを言うリリアンも、口元が緩んでいた事を艦橋にいた者はみな気がついていた。


***


 宣戦布告から二十七時間が経過した頃である。

 早期警戒を行っていた偵察機と観測ドローンが歪曲波を感知したのはほぼ同時であった。

 その瞬間、遠征艦隊の全てに鋭く、けたたましいアラートが響き渡る。

 距離600万キロ。まだお互いの武装では届かない距離であるが、膨大なエネルギーを発する歪曲波から察するに、遠征艦隊とほぼ同規模の艦隊がワープアウトしてきたという事である。


「敵艦隊、反応感知」

「該当データ照合。戦艦級三! うち一隻は空母の可能性大! 巡洋艦級十! 駆逐艦十五!」


 オペレーターたちの報告が次々に共有されていく。

 ここで真っ先に艦隊を動かしたのは機動性に富んだ第四艦隊所属の部隊であった。司令であるポルタは巡洋艦隊を始動させ、長距離攻撃に備えさせる。

 第四艦隊がそう動けば、第七艦隊所属だった空母二隻が艦載機の発進準備を整える。同時に月光艦隊のリリョウも同じく準備を進める。


 足の遅い主力戦艦たちも、迅速に対応を見せていた。まずは防御陣形を取り、敵の襲撃に備える。密集する事で、シールドの強度を上げるのである。

 当然、大量破壊兵器のようなものを撃ち込まれる危険性もあるにはあるが、それを恐れすぎて艦隊同士の距離が離れてしまうと各個撃破の危険性も高くなる。


それに、敵としても帝国艦隊が警戒を続けていた事は悟っているはず。おいそれとバレバレな攻撃を仕掛けるとも思えなかったし、実行した所で距離が空いていてはたやすく防がれる。

 いかに光子魚雷の破壊力が大艦隊を消滅させるほどの威力を持っていてもだ。


「あの宣戦布告の効果でしょうか?」


 望遠カメラで捉えた敵艦隊の陣形を見ながら、第四艦隊旗艦フラカーンの副長はのんびりとした口調で言った。

 敵艦隊は既に奇妙な陣形を組んでいた。艦隊を三つの編隊に分け、それぞれ三つの段に分けた形である。

 敵艦の形状は円形ないしは楕円形であり、砲塔は艦内部に埋め込まれるような形が殆どである。立体的に展開する事で砲火を広範囲に広げようと言うのだろう。

 その状態のまま、敵艦隊はそれとなく左側へと逸れているように見えた。


「怒り心頭になって攻めてきたのであれば楽だが、あぁも陣形を整えているのを見ると、敵さんもそれなりには冷静らしい」


 ポルタもその奇妙な陣形を観察しながら、どう動いたものかと思案する。


「まるで網のような形だな。まさか本当に俺たちをひっ捕らえようってか?」


 確かにある意味では理にかなった陣形だ。

 砲撃能力を損なわず、それでいてシールドの同調による防御力も確保できる。帝国は古くから伝わる海軍方式の陣形を取る事が多い。それは単に便利だからと言うよりは、相手もまた同じ人類であり、同じ思考になるから結局はお互いに似たような動きとなるだけだ。

 しかし、こうしてエイリアンの本格的な艦隊と相まみえると、敵にも敵の独自の戦術がある事が分かる。


「一糸乱れぬ動き。こいつはそれなりに骨が折れるぞ。総旗艦に通達。待ちの姿勢では囲まれる。機動戦闘に移行する事を進言する」


 防御陣形のままでは押しつぶされると判断したポルタは多少の防御力は捨てても攻撃に移るべきだと考える。


「フン……まるで一つの生き物見たいに動いてくる。艦隊行動の理想ではあるが……」


 その時、ポルタはふと幼い頃の記憶がよみがえった。それはデータバンクに記録された旧世代の絵本というものを見ていた時のものだ。

 大量の小魚が集まって一匹の巨大な魚に化けて天敵を追い払うストーリー。実際の地球にもそういった行動を取る動物がいたと記憶している。


「敵が水生生物からの進化だとすれば、そういう風に動くものなのか」


 だとすれば少し怖い。

 敵にしてみれば宇宙とは海に近い。

 それを考えると、実は宇宙の戦闘は連中の方が得意なのではないだろうか。

 これまで敵に勝てていたのは、艦艇数が少なかったのと、こちらのテリトリーだったから。そして敵にとっても長距離遠征であったと考えれば……


「こいつは厄介だな。出来るだけ早く連中の陣形を崩さないと、食いちぎられるぞ」


 今はまだ面状に広がっているが、もしこれが円錐陣形や鏃の陣形を取れば、まさしく放たれた矢の如く、こちらが貫かれるかもしれない。

 

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