第五章 新天地へ
第124話 結成、大遠征艦隊
一先ず目指すは地球から300光年。
それが決定したのはシュバッケン宙域におけるスターヴァンパイア撃沈から二週間が経った頃である。
月光艦隊はスターヴァンパイアを落とした後、残る敵巡洋艦をもたやすく殲滅し、凱旋。
また、敵が短期間で同じワープ航路を使用した為、所謂逆探知も可能となっていた。
これにより、敵艦隊の詳細なルートが割り出せた事になり、敵宙域への進軍も可能と判断されたのである。
果たしてそれを罠と見るべきかどうかという議論もなされたが、さりとて座して待っていては何も解決しない。
帝国軍は決断を迫られ、当初の目的通り、敵の支配領域へと遠征が決定する。
それはとても遠回りな決定であり、流れた血の数も少なくはない。
「フン……流石に、第六艦隊だけが先走るのは駄目か」
エリスの艦長室でいくつかの報告書及び辞令書に目を通しながら、リリアンは呟く。
思いのほか、今回の帝国はやる気に満ちている。それは嬉しい変化で、かつてはどうにも待ちの姿勢が多く、結果的にそれが相手にも時間的な余裕を与えてしまった。
しかし、今回は違う。早々と捕虜を手に入れたり、スパイ活動を防いだり、何より色々と戦力も整っていると言っても良いだろう。
特にエリスの存在は大きい。無人艦隊の導入は本来ならもっと先だったし、そもそもエリスの存在は表沙汰になっていなかった。
(それでも多少の不安要素はあるか。私も結局は敵の本来の居場所を知らないわけだし)
前世界においても敵の本拠地にたどり着けたためしはない。
【最前線】は1000光年先にまで伸びたが、それでもそこにサラッサ本星はなかった。
敵の中継基地的なものは500光年先の地点にあったと思うが、それを発見したのは自分が六十になるかどうかの時で、結局は無人艦隊による特攻作戦で何とかすり潰したようなもので、それでやっと一矢報いた程度だ。
その中継基地とて、今現在存在するのかどうかも怪しい。
とにかく、リリアンもその点に関しては未知の領域だった。
だから……。
「頼むわよ。フリム」
リリアンは真正面に座る少女に視線を向けた。
軍服でもなければ、医官の制服でもない。それでもカジュアルなスーツに身を包んだフリムが特に拘束される事もなく、そこにいた。
当のフリムとしても、若干困惑している様子であり、なぜ自分はここにいるのだろうと首をかしげたくなる状態でもある。
「仮釈放とか言われて、着替えを受け取って、無理やり連れてこられたわけだけど。あなた、一体どういう神経しているの」
諸々の裁判などが終わったとしても、彼女たちが重要参考人である事に変わりはない。本来なら軍艦に乗せる事すらご法度のはずだったが、それに関しては無理を通した形となる。
事実、敵領域の情報が少ない今、フリムやリヒャルトのような存在は貴重なのだ。
「どうもこうも。この戦争に勝つ為に必要な事をしているわ。そしてあなた達のように捕らわれた人類の仲間を助け出す。他に理由があって?」
「私やリヒャルトを引き込んで良いのかしら。また裏切るかもしれないわよ」
「そうなったら残念だけど、僅かな酸素ボンベ背負って宇宙遊泳ね……」
リリアンは冗談交じりで言ったつもりだが、フリムは少しだけ青い顔を浮かべていた。
「あなたが言うと、冗談に聞こえないのよ……」
「あらごめんなさい。でも、私はあなたを信じているし、あなただってステラをこれ以上裏切りたくないのでしょう? それに、あなたの復讐心はまだ残っている。その復讐の矛先をほんの少し変えれば、それは頼もしくもあるわ」
人類に対する憎悪をそう簡単に払拭できるわけもない。むしろそれが出来ているリヒャルトがおかしいのだ。
同時に帝国や皇帝が高らかにサラッサとの対決を宣言し、救いの手を差し伸べ、今まさに遠征軍を送ろうとしている。
その現状を目の当たりにすれば、フリムとて多少は心が揺らぐ。しかも、目の前の女は自分の考えを見透かしたような態度を取ってくるし、無防備な姿をさらしている。
当然、ここで彼女に危害を加えても、すぐさま自分は捕らえられるだろうが、それでもだ。
「あなたを利用するのは私たちの都合でもあるし、役に立ってもらった方がいいのよ。あなたも燻ぶったままの気持ちじゃ、死んでも死にきれないでしょう?」
「怖い人ね……やっぱりあの時に殺しておいた方がよかった……」
「悪いけど、私はベッドの上で安らかに死ぬ事にしているの」
流石に二回も重粒子に焼かれて死ぬのはご免だ。
「それに、報告にも聞いているけど、スターヴァンパイアみたいにはなりたくないし、敵がそういう事を平気でやるのであれば、人類との共存は難しい。遅かれ早かれ、私たちは衝突していたわ。和平を模索するにしても、お互いに血を流して、痛みを共有しない限りはその道も取れないでしょう」
ラナの末路については既に報告を受けている。
自分の名前を呼んでいたクローン兵士の少女は醜い姿へと改造されていたと言う。
もし自分がその場にいたら、どういう反応をしただろうか。敵であることに変わりはないが、報告で語られる姿を見たら哀れと思うだろうか、それとも無慈悲な対応をするだろうか。
そのあたりは実際に目の当たりにしないとわからない話だ。
ニーチェ曰く、ラナのようなクローン兵士には生殖機が搭載はされているが、繁殖能力は極めて低いとのことだった。つまり、用途としてはまぁそうものにしか使う予定がないと言ったところか。
もしかするとサラッサもそれに気が付いて、あんな扱いをしたのかもしれない。せっかく手に入れた貴重な生体サンプルのはずが、そういった用途には使えないと判断されたのか。
いやもしくは……連中が見つけた時点で彼女の肉体の大半は失われていたのかもしれない。
「連中に他種族への配慮なんて優しい心があるわけないでしょ……自分たちから捨て去ったものよ。生まれつき理解できないとか、そういう教育を受けていないとかじゃない。そんなものは不必要だと、連中の歴史の中で自ら捨て去った感情。一度捨てたものは二度と戻ってこない」
フリムは吐き捨てるように言った。
それは彼女たちが受けた仕打ちからくるある種のトラウマにも起因するのだろうが、誇張しているとも言い難い。
リリアンもそうではないかと思う部分はある。サラッサの人々は人体改造そのものに拒否感がないのかもしれないと。
そうでなければ後天的とはいえ、雌雄同体になろうと思わないだろう。いくら種族滅亡の危機に瀕していたと言えだ。
「なんにせよ、私たちは未開領域へと進む。帝国史上初の超長距離の旅。馬頭星雲1500光年の……長い旅路に始まりね。宇宙開拓ならロマンの一つでもあるのだろうけど、戦争の為の出兵と考えると気が重くなるわ」
***
馬頭星雲方面へと向かう大艦隊は壮観である。
アルフレッドの辞任により、クライフト皇帝が総司令官へと就任。
しかし、皇帝は直接、軍の指揮を執る事はしなかった。本人も、自分が素人である事を認めており、戦争に関しては本職に任せ、自身は政治的なパフォーマンスを担う事に専念していた。
その為、アルフレッドの指揮下にあった第一艦隊はそのまま第二艦隊と統合され、司令のシュワルネイツィアは総司令ではないにせよ、ほぼ同等の権限を与えられ、総旗艦神月の新たな艦長として就任した。
神月を中心に、攻撃力に優れた戦艦六隻で構成された主力部隊。
そこに機動性重視の第四艦隊から旗艦フラカーン、そして軽・重巡洋艦合わせて十二隻が合流。第五艦隊は本隊ではなく、空母二隻を出向させ、艦載機隊を率いて一部参加。
そこへ、多数の無人艦隊を従えた第六艦隊は旗艦エリス、戦艦ティベリウスを伴い、また同時に月光艦隊の各艦隊が助力する形でもう一つの主力艦隊として機能する。
残る第三、第七艦隊は帝国領域の防衛として待機。
実に帝国の戦力の半分以上をかけて臨む最大の作戦行動であった。
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