第123話 汝、禊を果たす事を願う

(人の命を数字で見るようになってしまっては、私も終わりだな)


 撃沈され、撃墜された友軍機の事に思いを馳せながら、ゼノンは独り言をつぶやいた。

 自分たちは相当に無理をしている。

 それは今後の帝国軍内部におけるイニチアチブを取る為であり、同時に戦争というものを実感させる為に必要な行為である。

 一言で表すならば、【外道】の行為である。その為に何百と言う命を消費させている。

 自分たちが前線に立っている等と言うのは言い訳に過ぎない。


(主力艦隊の面々も、えらそうな事を言ってもやったことがあるのは海賊退治。それでも久しく実戦からは遠ざかっている。演習を繰り返している第二艦隊、第四艦隊ならまだしも……)


 帝国の保有する戦力は机上の計算だけで見れば相当数に達するはずだ。

 敵の艦船との性能差もそう大きな差があるわけでもない。

 しかしそれが少しの不安材料でもある。

 性能差が互角となれば、次は戦力比率の話にもなる。敵は結果的に地球の位置を把握したが、こちらは誰も敵の本星を把握していない。

 捕虜たちも口割らないし、テレパシーとやらの解析も進んでいない。

 で、そうなると、誰が好きこんで敵陣のど真ん中に突入するのかでもめる。


(リリアンが動いたのは、それも大きいか)


 敵の支配領域に最も近づいた事があるのはかつてティベリウスの乗員たちだ。

 だから独りよがりに見えても、やらなければいけない。

 同時にそうでもしなければ、軍はおろか帝国は動かない。

 いくら皇帝がやる気を見せても、その末端となるものたちがその気にならなければいつかは嫌気がさして足を引っ張りかねない。

 なおかつこの戦争は早期に何らかの結果を出す必要がある。

 勝利にせよ、人類の奪還にせよ……もって一年で何かしら結果を出して方向性を決めつける必要がある。


(今の帝国は、かつての文明と同じ道を進んでいる気がする……広げすぎたのだ、人類の生息領域を。栄華を極め過ぎた弊害か)


 そして一番の問題は現在の帝国兵士の質の問題である。

 海賊や反国家のテロリストたちの鎮圧はさておいても帝国全土を揺るがすような大きな戦いはこの数百年起きていない。

 つまり広義の意味では平和である。

 だが支配領域の拡大は進み続け、移住そして人口増加も拍車がかかる。


 それら植民惑星の防衛にかかる戦力を補う為には多くの若者たちの志願が必須であり、その保証も手厚い。

 しかし、大きな実戦がなければ経験を積むことなく、兵士としての質を維持する事もままならない。

 訓練を実施しても、それにはいずれ限界が来る。


(戦争を求めるわけではないが……起きてしまった事実を受け入れるには痛みを伴う……その痛みと恨みを受け取るのは我ら皇室とその一族の役目だ)


 誰も滅びるつもりなどない。

 生きる為に必要な事をやるだけだ。

 その為に自分が出来る事は、権力を行使する事であり、人の命を使う事なのだ。

 自分の命令で多くの将兵が死ぬ。結局、誰かがその責務を背負わねばならない。

 だから、月光艦隊の司令官はこのゼノン・久世でなくてはならない。


(ヴェルトール、アレス、デラン……そしてリヒャルト。お前たちはいずれ帝国を引っ張っていく。その為ならば、私はお前たちをどんな手を使ってでも生き永らえさせ、そして出世させるだろう。リリアン、お前もそのように動いていると見た。だが、その一手をたやすく打てるのはこの私だ。皇帝一族の力の使いどころだな)


 ゼノンの視界に重粒子とシールドが干渉する光が広がる。

 艦砲射撃による砲撃戦が始まった。お互いの距離はまだ遠い、牽制程度の砲撃だが、装甲を叩くシールド干渉の衝撃は無意識のうちに体を強張らせる。


「真正面の撃ち合いはアレスの得意とする所かな?」


 それでも、軽い口調を出すのは、軽薄であるとみられると同時に慣れない兵士たちを安心させるには十分なものだった。


「その通りです、閣下」


 ヴェルトールもまた、それを理解しているからこそ頷く。


「大砲をラケシスに回せ。それと、デラン隊へ、大砲の命中を確認次第、掃討戦に移ると伝えろ」


 そして彼はこの戦いをもう終わらせるつもりでいた。


「光子魚雷にだけは気を付けろ。距離が開いているとはいえ、射出を見逃しては一大事だ」


 現在のお互いの距離は60万キロに到達。

 そろそろ砲艦の砲撃が効果を出す距離である。次に40万キロともなればシールドの削りあいが加速し、砲撃能力だけの勝負となる。

 だが、そんなものに付き合ってやる道理はない。


「狙いは敵旗艦のみ。気取られるな。砲撃を続け、敵の目を誤魔化せ」


***


 最前線を担うアレスも本隊の狙いを察していた。

 敵旗艦の早期撃破。これが場を収めるのに一番効果的だ。

 言うは易く行うは難し。この言葉通りではあるのだが、ずるずると戦闘を続けるよりはマシだ。

 それにこの辺りが限界でもある。初の戦死者、崩壊していく味方艦の姿は衝撃的だ。

 

「恐れるな。戦艦同士がシールドを同期させれば艦砲射撃は防げる。そして現在の艦艇数は我らの方が圧倒的に有利。お互いの有効射程距離は40万キロが限界と見た」


 それが標準的な戦艦の射程距離である事を、改めて周知させる。長距離砲撃を可能とする砲艦はさておいても、その当たり前は恐怖の中で忘れてしまうものだ。

 しかし一旦冷静になれば、その当たり前が余裕を持たせる。


「良いか。いくら宇宙船の性能が向上し、数十万キロが至近距離であっても、実際は途方もなく遠い。粒子砲は減衰し、威力を衰えさせる。魚雷は足が遅く、迎撃もたやすい。そして今、この戦場では磁場が乱れ、まともなワープは出来ない。連中はもう奇襲を行う事はできん」


 逐一、その事実を説明する。

 電子戦闘用装備を搭載しているラケシスだからこそ、二度の奇襲を受ける事はないと断言できる。

 もちろんケアレスミスが重なればその限りではない。

 だが今はそんなことを細かく言っている場合でもない。


「敵を引き付け、反撃を開始する。だが、連中に全て付き合ってやる必要はない。間合いを適切に判断すれば、もうこれ以上、我々が落とされる事はない。それに……ここは宇宙だ。宇宙には宇宙の利点もある」


 アレスは本隊から送られてくる大砲の接近に気が付く。

 そう、マスドライバーを装備したセネカだ。もはや浮遊砲台と化したセネカは性能自体もその通りのものとして調整をされている。

 艦全体が大砲であり、観測機であり、弾薬庫でもある。

 それにラケシスの電子戦装備が合わされば、100万キロの彼方であっても敵を捉える事が出来る。


「セネカ、本艦の右舷へ」

「電子ネットワークリンク開始。レドームとの同調、順調」

「マスドライバー起動。第一射、準備完了」

「敵艦捕捉まであと十秒。誤差修正」


 超長距離による狙撃。

 敵の近距離ワープ奇襲への意趣返しでもある。

 実弾による狙撃は、影響を受けやすいが、一度加速してしまえば粒子のように自発的な減衰はほぼない。とはいえ、宇宙空間も全く摩擦がないというわけではない。

 それでも大気圏内に比べれば大きく違う。

 重粒子砲はその瞬間的な火力、熱量は凄まじいが干渉を受けやすいという弱点がある。

 だから、宇宙の戦闘では【比較的】射程が短くなる。

 

「狙いが定まり次第、マスドライバーを発射せよ。同時に次弾装填、誤差修正も忘れるな」


 マスドライバーで射出される弾丸は目視も難しい。

 当然、直撃させるのも難しいが、敵艦であるスターヴァンパイアはぶくぶくと太った歪な形をしている。火力は上がったのかもしれないが、あれではまともな戦闘行動もとれはしないし、馬鹿正直に前進しては的でしかない。


「今となっては哀れだなと思うぞ、海賊の女」


 あれは戦力として投入されたわけではない。

 都合よく使い捨てられて、地球への航路を再計算する為だけのビーコン。

 敵は、サラッサという種族は妙なところで神経質なようだし、それは恐るべき相手でもある。

 少なくとも馬鹿ではないという事実は胸に刻みつけるべきだろう。


「さらばだ」


 スターヴァンパイアを差し向けたのは、ビーコンだけではなく、帝国がどのように対応するのかを見る為もあるだろう。

 先の戦いで、だまし討ちをしたのだから、敵が慎重になるのは当然。

 そして、こちらが攻め入ろうとしているのを防ごうともしている気がする。

 だが、もうそんな事はどうでも良い。

 アレスはマスドライバーの発射を命じる。


「神様の下へ行けると良いな。禊を果たしたらの話だが」


 もうラナの顔を思い出す事はないだろう。あの哀れな姿も。

 それは自業自得なのだから。

 発射された質量弾はスターヴァンパイアを貫く。その数十秒後には、二射目が撃ち込まれ、あっけなくかつてのロストシップは崩れていった。

 艦と一体となった少女の思考は爆炎の中へと消えゆく。そこに痛みがないのは救いかもしれなかった。

 ありもしない幻想と、そこにいるはずもなく、届くはずもない少女に向かって、ラナは呼びかけ続けた。その内、ラナの人格はスターヴァンパイアのコンピュータープログラムと混ざり合い、霧散する。

 最後の最後まで、彼女は、自分がどうなったかを理解する事はなかっただろう。

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