第122話 女神たちの舞

 死の恐怖は転じて怒りとなり、それをコントロールできるものがいれば力となる。

 古来より人を指揮する者は恐怖であれ怒りであれ、それを利用してきた。それは宇宙に出た人類であっても変わらない。

 命のやり取りをする上では必要となる技術なのだ。


「ラケシスが送るデータに随時目を通せ。そうすれば敵の動きなど手に取るようにわかる」


 フォルセティの艦橋で戦況の推移を確認しながら、ヴェルトールは次々と指揮を飛ばしていた。


「アレスはよく防いでくれた」


 後退をかけたアレスの部隊といち早く合流する事で砲火を敵駆逐艦に集中させる事が出来る。

 さらに艦艇数を揃える事で、シールド出力の強化にも繋がり、守りも厚くなる。こうする事で、損傷した艦を下がらせ応急修理も可能となる。

 

「敵、新たなワープ反応」

「駆逐艦です」


 アレスたちを襲う駆逐艦とは別に、また新たな駆逐艦が投入される。

 波状攻撃を仕掛けようというのだろうが、それは悪手だとヴェルトールは判断した。


「二度も通用するものか……攻撃を集中させろ。馬鹿の一つ覚えに付き合う必要はない」


 駆逐艦によるワープ奇襲攻撃は確かに脅威である。

 事実、先手を打たれていたこちらは二隻の艦を失った。

 しかし、言葉を変えればたった二隻であり、むしろ今はこちらが優勢になろうとしていた。仮に先の攻撃でラケシスに重大な損傷があれば、また話も変わっただろうが、艦隊の目であるラケシスは健在。

 そしてこちらは火力を今なお維持している。


「精度が甘いのだよ……」


 敵の動きは単調だ。

 目の前に現れ、攻撃を仕掛け、損傷したものを見つけて群がる。

 だが、一度防いでしまえば脆弱な駆逐艦が無防備に戦艦と巡洋艦の前にいるだけだ。奴らは艦隊の懐に入り込んだわけでもないし、同士討ちを誘発させるような距離にいるわけでもない。

 唯一あるのは特攻覚悟の前進である。

 それは、月光艦隊が知るワープ奇襲攻撃に比べれば、酷く【稚拙】な奇襲だった。


「引き付けてやる必要はない。撃て」


 その命令を下すと、瞬く間のうちに敵駆逐艦隊は重粒子の中に消えていく。

 仮にここで巡洋艦クラスが出現しても結果は同じだ。射的ゲームのように現れた的を撃ち抜くだけになる。

 それに宙域の磁場も乱れ、単距離のワープであっても使用不可能となる。

 無理やり実行することも出来るだろうが、あらぬ方向へ飛んでいくだけで、こちらの目の前や不意をつくような場所に出現する事はまずない。

 最悪、ワープ空間のひずみの中に消えてゆくだけだ。


「どうやら敵旗艦も動きだしたようだな、ヴェルトール」


 同席するゼノンは若干手持ち無沙汰となっていたせいか、モニターを注視していた。自身もそれなりには艦隊指揮も出来るが、才能にしろ実戦経験にしろ、ヴェルトールたちには遠く及ばい事を自覚している。

 だから差し出がましい事をするつもりは毛頭ない。

 それでも目についた異変を指摘するぐらいの頭はある。


「その通りです閣下。奇襲を防がれ、期待以上の効果が出なかった時点で、相手は動くしかないのです。ですが……」

「光子魚雷の存在だな、ヴェルトール」

「はい、閣下。敵は以前、それを使いました。では今、手元にあるかどうか……判断は出来ませんが、無いと断言できる自信が私にはありません」


 ヴェルトールの疑念をゼノンは当てて見せた。


「不用意にお互いの距離を詰めるべきではないかもしれないが……フム。どうやら敵は艦載機を出すようだ」


 モニターが捉える敵の動きは正確だった。

 異形のスターヴァンパイア含め、それと合流していた巡洋艦級の艦が五隻。それらは前進をかけながら、円盤のような戦闘機を射出しているのが見える。


「リリョウより入電。敵艦載機に対し、魚雷を斉射してほしいとの事です」


 後方に位置する軽空母リリョウの艦長、デランがそう言うのだから何か考えがあるのだろう。

 ヴェルトールは即答で許可を出した。

 その直後、何十もの魚雷が敵艦載機隊へと飛翔していくが、そんなものは当たるわけがない。互いの距離もあり、容易く迎撃される。

 しかもそれでは敵機の進路を多少変更させる程度であり、勢いを落とす事は出来ない。


「リリョウが艦載機隊の発進許可を求めています」


***


 直後、リリョウから発進するウーラニアは十二機編成。しかし、鉄の天使たちは即座に敵艦載機隊に突っ込む事はせず、月光艦隊の上を取るように待機していた。

 遥か前方では迎撃された魚雷の爆発光が確認できる。それが目視で確認できた瞬間に、十二機のうち六機がハイブーストによる加速で敵艦載機隊へと急接近を仕掛ける。

 同時に腹に抱えた魚雷も斉射する。それはタイミングとしては早い攻撃であり、やはり簡単に迎撃をされるものであった。

 

 先行した六機はその攻撃が終わると、まるで蜘蛛の子を散らすように撤退行動に出る。

 対する敵機は迎撃が終わると、逃げ腰のウーラニアたちを攻撃しようと各々に攻撃目標を定める。

 背後を捉え、機銃なり魚雷なりの発射をすれば良い。

 しかし、敵機のパイロットたちは猛スピードで直進する新たな反応も捉えていた。


「ふらふらと飛ばないで、邪魔よ」


 リリョウ所属のフランチェスカの声が果たして敵に届いていたかどうかは不明だが、その針のような鋭い声音に乗るようにウーラニアに不意を突かれ、機銃によって撃ち抜かれる。

 自分たちが網にかかった事をようやく理解した敵機部隊だが、彼らの不幸はそれだけではない。


 先ほどの悠長な魚雷攻撃に加え、陽動であった攻撃。これによって部隊の陣形は乱れており、なおかつ残弾も使わされた。

 しかも他の敵に狙いを定めていたせいで、こちらを狙う相手にターゲットを変更するそのわずかな隙は、戦闘機乗りたちにとっては大きな隙となる。


 一瞬にして敵味方が入り乱れる形となったドッグファイトは、それでもウーラニアにも多少の被害が出ていた。撃墜されることを恐れずに目の前の敵をしつこく狙う者もいたようで、がむしゃらに放った機銃が逃げるウーラニアのエンジンを撃ち抜く。

 一瞬にして火球へと変貌したウーラニアを確認した瞬間には、その機体も撃墜されていた。


「相手は闘牛か何かなの!?」


 多くは陽動にかかり、隙を見せたが、次第に敵は自分たちが落とされる事など構わないと言った風に開き直ったような行動に出る。

 目の前の敵を何としても落とす。それはある意味では鬼気迫る行動に見え、それを受けたウーラニアのパイロットたちも飲まれる形で撃墜されるものがいた。

 ウーラニア隊はこれで三機の損失となっていた。


「そんなにもお尻を追いかけたいのなら、望み通りにしてあげるわよ!」


 フランチェスカは自身を追いかける後方の敵機を確認すると、まるで煽るように機体を左右に振る。

 その間にも味方を追いかける敵機を機銃で仕留めると、機体をロールさせて再び敵を煽る。

 そんな目立つ行動をしていれば、他にも二機、三機とフランチェスカを狙う敵が迫る。

 通常、複数機に追いかけられれば恐怖でまともに戦闘など出来ないものだがフランチェスカは違った。

 巧な操縦で敵の攻撃を振り切りながら、引き付ける。

 

「うぅぅぅぬっ!」


 刹那、フランチェスカは機首をグンと真上に向け、その方角へと機体を進ませた。

 敵機からすればフランチェスカの機体が自分たちの頭上へと逃げたように見えるだろう。当然それを追いかけようとするが、それと同時に重粒子がその宙域を駆け抜けた。

 月光艦隊はじりじりと、微速ながらも前進をしていた。

 同時に戦闘機隊を射程距離に捉えていたのだ。


「レディのお尻は高いのよ」


 戦艦の射程距離内にいることを悟った敵部隊の動きは目に見えて動揺を見せていた。

 先ほどまでの猪突猛進な動きはどこに行ったのか、一目散に離脱するウーラニアたちを追いかけようにも、月光艦隊の重粒子の雨の中から抜け出す事の方が重要であった。

 それでも、ウーラニア隊は十二機中、四機が撃墜されてしまった。

 だが戦果はその倍であり、敵機はその殆どを無駄に飛ばしただけに終わったのである。

 ウーラニア隊はそのまま帰投し、補給を済ませれば再び攻撃に出るタイミングを計る。


 艦隊同士の距離は80万キロメートルに達しようとしていた。

 

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