第121話 慣れなければいけない感情
見るに堪えない。いかに相手が因縁の存在であろうと、それはよろしくない事だ。
「旗艦司令に通達。我、敵部隊との交戦を開始する」
アレスは即座に号令をかけた。
通信回線が拾えるという事は敵は直ぐ近くに存在する。ワープを行えば恐らくはすぐさまお互いの主砲の有効射程距離に入る事だろう。
先鋒を務めるラケシス隊は、迎え撃たねばならない。攻撃を避けるにせよ、防ぐにせよ、怖気づけば、崩される。
「全艦、機動陣形! だがラケシスはセンサー最大稼働! いいな、敵の存在を見逃すな!」
旗艦フォルセティへの通達が終わったと同時にアレスは己の部隊を即座に動かす。
アレスが任された部隊は重巡洋艦であるラケシスの他は軽巡洋艦が二隻、駆逐艦が三隻。
旗艦でもあり、戦艦であるフォルセティの脇には軽巡洋艦が二隻。
唯一、最後方に構えるリリョウは単艦での行動となってしまうも、これが月光艦隊が投入できる戦力であった。
このうち、駆逐艦はシールド発生装置を備えたシールド艦であり、武装の大半は魚雷装備となっていた。
それではアレスの求める物理的な防御力には程遠い。それに、敵はかつて光子魚雷を使用した。
あんなものをもう一度使われたら電磁シールドなど意味がない。まとまっていたら餌食になるだけだ。
その為、アレスは機動力による回避を重視させた。そして、その為にはレドームによる敵の早期発見が重要となる。
敵がどこからきて、どのような編成で、どのような攻撃準備をしているのか……これがわかれば避ける事自体は可能だ。
ちゃんと動ければの話だが。
(死人が出るかもしれんな……)
これまでの自分たちの戦いは、運がよかった。
自分も含めて、よくも死なずに済んだと思う。
だが、その揺り戻しはいずれ来るだろうというジンクスがアレスの中にはあった。もちろん無駄死にをさせるつもりは毛頭ない。
しかし、現状は敵が先手を取れる状態だ。勢いというものは嫌でも向こうが持つことになるだろう。
こちらは後手、反撃を実行すると言っても、ある程度は攻撃に晒されるわけだ。
その恐怖を振り切り、行動できなければ、重粒子に飲み込まれる事になるだろう。
「歪曲波感知」
「熱量増大。我が方の前方、200万キロ」
「僚艦、シールド出力安定。距離、一定数を保つ」
「旗艦フォルセティより自由戦闘許可」
次々と舞い込んでくる報告を受け、アレスは拳を力強く握る。
「長距離魚雷、一斉射! その後、散開行動、敵の攻撃に備えろ!」
一見すれば先制攻撃を仕掛けたように思えるが、アレスの中ではそんな見え透いた馬鹿正直なワープを敵が再びするとは思えなかった。
それは先の戦いと同じ結果になるだけである。いくら愚かな将でも、そこまで同じ事の繰り返しはしない。
策を弄し、対応をしてくる。
ただその対応の仕方がどうなるか……である。
「ワープアウト、きます!」
「敵艦確認! 識別、スターヴァンパイア!」
「なに……?」
だが、敵はその馬鹿正直な行動を取ってきた。
空間のゆがみの中から姿を現す歪な戦艦。かつての、ある種の美しさを見せていた真紅の艦はまるで寄生虫に群がられたように、醜い姿へと変貌を遂げ、その艦体をさらに肥大化させていた。
各部から覗く砲塔を見るに、攻撃性能はかなり上昇しているのだろうが、それでも単独で姿を見せるのは一体どういう事だ。
長距離魚雷の接触にはまだ時間がある。
敵は容易に迎撃を仕掛けるだろう。
その時、どう動くか。
「レーダーとセンサーから目を離すな。嫌な予感がする」
異形のスターヴァンパイアはその場から動かない。
砲塔だけが蠢き、迎撃態勢を取っている。恐らく、主砲の射程はこちらとそう変わらないのなら、届くわけでもないようだ。
だからこそ不気味だ。ラナのあの姿が脳裏をよぎる。そのせいもあってか、アレスの思考は機敏と言うよりは神経質になっていた。
もしあの姿を見せつける事も作戦なのだとすれば、悪趣味であり、効果的だ。
「着弾まであと三十」
カウントダウンが始まる。
どうせ迎撃されるのは目に見えている。
「二十」
どう動く。
敵が単独などとは思わない。必ず艦隊だ。
しかし編成がわからない。
「十」
空母級がいて、艦載機が存在した場合は非常に危険だ。
「敵艦よりエネルギー反応。魚雷群、撃ち落とされた模様」
「ノイズ処理中。熱源識別及び磁場確認」
刹那。アレスは叫んだ。
「全艦、迎撃行動を取りながら後退!」
それは怒号にも似ていた。
だからこそクルーたちも一瞬、動作が遅れはしたものの、命令を実行する事が出来た。
しかし、それはラケシスの話であって、通達を受けた他の艦たちはさらに行動が遅れる。
それでも言われた通りに艦に逆噴射をかけ、後退を始める。
「歪曲波を新たに感知! 距離10万キロ! 至近距離です!」
「やはりか……! 短距離魚雷をばらまけ! 突っ込んでくるぞ!」
彼らが新たに感知したワープ反応は、彼らの目の前で起きていた。
次々と姿を見せ、多少不安定な軌道を描きながらも、三隻の駆逐艦が突進しながら重粒子砲と魚雷をばらまいてくる。
その戦法は、まるでいつかのシミュレーションで受けた攻撃に似ていた。
足の速い駆逐艦を敵の懐に潜り込ませ、特攻前提の攻撃。
「奇策も、一度使えば定石となるか……!」
リリアンやステラが行ったあの戦法。
無人艦だからこそ容赦なく実行できるある意味では使い捨ての攻撃。
それと同じ事を敵がしてきた。
理由不明のまま、単独で姿を現したスターヴァンパイアはただそこにいたのではない。
逆にこちらを観察していたのだ。こちらの編成を、その穴を、距離を!
「意表をついたつもりかもしれんが!」
だが、敵にとっては奇襲でも、アレスにとっては……否、月光艦隊にとってみればそれは必勝の策であり、もっとも体験した攻撃でもある。
奇妙な違和感、姿を見せない他の敵。おのずとそれを警戒する準備が出来ている。
しかし……。
「駆逐艦ミスト、被弾!」
「巡洋艦ガルー、推進機関に直撃、航行不能! 救援要請が出ています!」
自分たちは知っていても、配属されたばかりの艦のクルーはそうでもない。
警戒は徹底させていた。この為の訓練も行っていた。
それでも……彼らはまだまともな実戦を経験していない。行動が遅れ、餌食になったのだ。
ミストとガルーは間に合わない。アレスは冷酷な判断を下していたが、それを口にすることは出来なかった。
「ミストはそのまま全力で後退。我々はガルーの救援を行う。敵艦を補足しているな!」
救援要請と悲鳴が聞こえる。
だが……数秒後にはモニターには赤い信号が点滅し、そして消失した。
「が、ガルーが撃沈! 嘘……」
「ミストが!」
三隻の敵駆逐艦はまるで獲物に群がるように逃げ遅れた僚艦へと殺到し、攻撃を加え続けた。逃げるこちらの事など目もくれていない。一撃を入れて、楽な獲物を見定めたというわけだ。
信号の途絶と同時に爆炎の光も目視できた。
それを見て、アレスは血の気が引く感覚というものを理解した。
人が死んだ。仲間が死んだ。自分と同い年か、それよりも下か。そんな奴らが、それこそ、数百人は簡単に。
「……ッ!」
思わず吐き気がこみ上げるが、それをするのは無礼であると感じて、逆に飲み込むように抑えた。逆流する胃液と内容物のせいで、鋭い痛みが内側を駆け巡る。
それら全てを抑えながら、アレスは指示を続ける。
これから、こういう事は何度も起きるし、自分の身にも降りかかる。
だから、慣れるしかない。
「主砲斉射! 次々にくるぞ! 弾幕を張り応戦せよ! ひるむな! 死ぬのは自分たちだと思え! あんな姿になりたいか!」
まずはフォルセティたち本隊と合流する。
(はっきりと言えば……二隻【だけ】で済んだのは幸いなんだ……!)
それに、敵の策はもうわかった。
そう来るのなら、捌き方も、考えてある。
「仇は取らせてもらうさ……俺の手でな」
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