第125話 300光年の因縁
「ワープアウト完了です。艦長」
大遠征艦隊の全てが無事にワープを完了させた事を確認すると、ミレイはそう報告しながら、モニターに映る宙域を眺めて、どこか見覚えのあるような、しかし初めて見るような漠然とした感想を浮かび上がらせていた。
遠征隊が出航し、超長距離の長い長い旅路。合間に訓練などを挟みつつ、周辺の警戒を続けながら進行する事、五週間。地球より300光年の宙域へと到達した。
そこは、少女たちにとっては懐かしくもあれば、恐ろしくもある場所。ティベリウス事件の記憶も新しいあの場所だ。
ここで自分たちは初の実戦を経験し、たった一隻の戦艦で地球へと帰還した。
今は大艦隊を組んでいるとはいえ、不安がないかと言えば嘘になる。
それはミレイたちだけではなく、初めて300光年の彼方へとやってきた他の軍人たちも同じ気持ちであった。いかに軍歴が長かろうと、300光年という途方もない宙域への遠征は誰も行った事はない。
例え従軍三十年のベテランでも自分の星図の知識が通用しない場所に飛んできたのであれば、軽い恐怖を感じる。
そんな気持ちを見透かすかのように、巨大な馬頭星雲の影が不敵に笑いかけているようにも見えた。
すると、エリス艦内に鋭い音が響く。
これは敵襲のアラートではなく、旗艦などが発令する第二種警戒態勢の合図だ。
ティベリウスは、この宙域で敵に襲われた。となれば、ここは敵の領域であるはず。
さらに、フリムやリヒャルトの証言もあり、この宙域は警戒するに越したことはないというのもあった。
「過去の人類が残した中継衛星を回収しつつ、ここまでやってきたわけだけど、あの当時からすれば気が付かないものが多いわね。こんなにも、人類の痕跡はそこかしこにあったなんて」
かつて地球を脱出した人類が道しるべとして残した人工衛星。
それらは大量に放出され、その殆どが機能を停止していたが、生き残った僅かなものが微弱ながらもつながりを保っていた。
それがスパイ活動及び、敵が地球へとルートを発見できたカラクリでもある。
その為、艦隊のセンサー担当艦が観測ドローンなどを放出して、周囲の警戒を始める。他にも空母からはレドームを装備した艦載機が発進して、万全の警戒態勢を整える。
第二種とはいっても、即座に第一種、そして戦闘態勢へ移行できるように整えていた。
さて、エリスは大艦隊の右舷……リリアンにとってはあまりよろしくない記憶がよみがえる。前世界の決戦艦隊とは規模も編成も違うとはいえ、右翼を任されるなどと言うのは悪い冗談だろうとすら感じてしまう。
「それで」
リリアンはそんな自身のトラウマを記憶の片隅に追いやりながら、艦長席のすぐそばに仮設で取り付けられたゲスト席へと振り向き、そこに座るフリムへと尋ねる。
「この宙域からたった50光年先に中継基地があるというわけね?」
かつてここには敵がいた。当時はティベリウス一隻であるし、他を隈なく捜索している余裕などなかった。
しかし、今はフリムたちの協力がある。
種が分かれば、なんとも単純な話だ。
「えぇ。ここがサラッサ本星から何とかたどり着ける限界宙域。でも、ここから200光年でシュバッケンにたどり着ける。100光年の差は大きいでしょう? それに、連中は100光年単位のワープが可能な大型艦を所有している。地球で言うところの、総本部。あれの同型艦よ。つまり、人類の遺産ね」
当然だが、サラッサ本星にたどり着いたのは人類だけではない。その装備もまた渡っているのである。ニーチェが記録していた過去のデータではいくつもの移民船が軍艦を伴い脱出していた。
その中に、ドック艦の存在があってもおかしくはない。あれには基地としての機能もあるし、都市機能も搭載されている。
そして当時の技術であれば100光年単位のワープは通常機能なのだろう。
「でも、流石に1200光年、単純計算で十二回も100光年ワープを繰り返す事は負担が大きい。それにまともな航路もなかった。当時のデータの殆どは破損して使い物にならないから、サラッサとしても地道に進むしかなかった。件の大型艦は一隻しかない貴重なもの、だから微弱な反応を辿って衛星を探したり、無謀な長距離ワープを私達に課して、調査を進めた……だからここまで時間がかかった」
地球から見て馬頭星雲が1500光年離れ、暗黒星雲の影ぐらいしかまともに観測出来ないという事は、向こうにとっても太陽系を見つけるというのは途方もない作業である。
本来なら、奇跡に近い出会いのはずだった。
そしてもう二度と出会う事もない可能性だってあった。
それが、数千年の時間を経て、出会ってしまった。それを運命と呼ぶのなら、神様という存在は悪趣味だなとリリアンは感じた。
「人類に気取られれば全面戦争になる。ギリギリまで隠れたかったはず。でも、シュバッケンで出会ってしまった。本来なら、ここで帝国が対応していればね」
運命のいたずらとも言うべきか、当時の判断が良い意味でサラッサに余裕を与えてしまった。彼らにしても不幸なアクシデントから出た幸運と言った所だろう。
「なるほど……50光年……近く、遠い距離というわけですな。ワープで10光年、20光年も平気で移動するせいで、感覚が狂ってしまいますが……」
ヴァンは長い人生の中で、改めて宇宙の広大さを再認識させられていた。
「そして人類の遺産。旧世紀の高性能艦、ロストシップの存在。これは、一筋縄ではいきますまい」
「連中にとってみれば、種族滅亡の危機だもの。やれることはやるわ」
フリムの返答にヴァンも納得がいった。
「それでようやく合点がいきましたよ。なぜ遠く離れたサラッサ本星に対して地球からのスパイ活動が出来たのか。それでも、気が遠くなるような作戦だとは思いますがね」
「連中にとってもここは重要な場所。地球侵攻の足掛かりになる場所。とはいえ、さっきも言ったけどサラッサ本星からしても、この場所へ向かうよりは1200光年も離れている。おいそれと、艦隊を送り込むのは難しいものよ」
ドック艦に詰め込める艦艇数にも限度があるだろう。
道中の危険も存在する。だから、使い捨てのクローンをいくつも用意して、その監督役となる本隊の数は少ないというわけか。
もしくはあの送り込まれたサラッサ星人たちも階級的には低いのかもしれない。
「しかし、これは非常に危険ですな、艦長」
ヴァンは顎を撫でながら、渋い顔を浮かべる。
「敵はこちら以上の距離をワープ出来る。しかもロストシップ級の戦力を保有し、なおかつ光子魚雷の所有も可能性として含まれる。それに、ここは敵の支配領域なのだとすれば……」
「いつでも、どのタイミングでも奇襲を受ける可能性はあるでしょうね。それに、この長距離遠征で最も危惧するべきは補給……これを断たれれば私たちは飢えて死ぬだけよ」
当然、その為の対策も帝国は考えている。
補給艦隊及び前線基地となる機動ステーションを引っ張ってくる予定ではある。ただしそれはこの宙域の安全を確保できた場合である。
つまり、ここが一つ目の攻略点となるのだ。
「こちらの総本部がまともに動けばいいのですがね」
ヴァンは少しだけ嫌味っぽい言葉を呟いた。それは旗艦神月に向かってである。
「仕方ないわ。あれは一応、帝国の司令部の要だから、戦場にもっていくのは厳しい。だから、敵の中継基地を頂くというわけよ」
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