第118話 深淵より這い出たもの
「状況は?」
皇帝の臨時総司令官の就任と演説が終わって半日と経っていない状態で事件は起きた。
シュバッケンに残した監視ドローンの信号が途絶えたという事だった。
それはつまり敵襲を知らせる事であり、帝国は先手を打たれた形となったが、それ自体に大きな混乱はなかった。
もとより、いずれ敵はそのルートから進軍してくるだろうというのは素人が見てもわかる事であり、監視ドローンを設置していたのも、それを察知する為なので、むしろ仕事は果たしたというべきだ。
「ドローンの信号途絶と地球まで距離を考えると恐らくは二日前かと」
報告を続けるヴァン副長もいささか訝しむような表情であった。
「幸いな事にシュバッケン宙域から向こう50光年には植民地惑星は存在しません。人的被害は今の所は確認されていませんが……」
「その宙域にも監視ドローンは残しておいたはずだから……そこに反応がないという事は、敵は動いていない可能性があるか……待ち伏せ? そんなわかりやすい?」
シュバッケンは地球から100光年離れている。もはや星は存在していないとはいえ、かつては一番遠い植民惑星だった。
行くも帰るも大がかりな超長距離航行となり、またその周辺宙域には他の植民地惑星も存在しない為、そこで何が暴れようとも大きな被害は出ない。
「我々が知らない航路を進んでいる可能性は……?」
「ゼロではないでしょうけど、それでも地球もしくは一番近い植民惑星に近づくにつれて探知される可能性はある……ドローンは映像か画像を撮影してないの?」
「あるとの報告を受けています。もうそろそろ……」
ちょうどそのタイミングでリリアンのデスクモニターにニーチェのアイコンが表示された。同時に彼は添付メールのアイコンも重ねており、ヴァンの言っていた敵艦のデータを届けに来たという事だろう。
「マスター。良い報告と悪い報告というものが人間の中にはあると聞きます」
「両方聞かせて」
「わかりました。さて悪い方から行きます」
このロボットAIは日に日に成長している気がする。
リリアンはそう思いながら、ニーチェの報告を聞いた。
「該当するデータが一件。あなた方がスターヴァンパイアと呼称する艦種であると推測します」
その衝撃的な言葉と共にニーチェは画像を映し出す。
スターヴァンパイア。それはリリアンたちが初めて対峙したロストシップ。完全ステルスと耐光学兵器装甲を持った恐るべき性能の艦であった。
そしてそれを指揮するのもまた、古代の遺物。クローン兵士であり、カルトに染まった女。ラナという少女。
「生きてたの……」
衝撃的ではあるが、リリアンは同時にゲンナリともした。
思わず「しつこすぎるでしょ……」と呟いてしまう。
しかし、表示された画像を見ると首をかしげる。ニーチェはそれをスターヴァンパイアと呼んだが、リリアンには全くそう見えなかった。
真紅の艦体らしきものは見られるが、形状が大きく変わっている……否、歪といっても良いだろう。寄せ集めのパーツを付け加え、なんとか形を保っている状態と言うべきか。
左右非対称であり、僅かにスターヴァンパイアらしきパーツは艦橋と思われる部分のみで、他は少々画像データが荒いものの、サラッサ側の艦艇パーツの寄せ集めのようにも見える。
「なんとも変わり果てた姿ね。フリムもこの点に関しては余計な事をしてくれたわね」
判決はさておき、未だ拘留中のフリムはスパイ活動の一環としてスターヴァンパイアにも手を差し伸べていたことを供述していた。
出来るかどうかは不明であったが、旧軍の回線で呼びかけた所、通じてしまったので、その気があるのならサラッサ本星に向かってみてはと言うやり取りをしていたらしい。
「今に思えば、あの子が妙に神様の事を断言してた理由がわかるわね……でもよくたどり着けたわね……」
スターヴァンパイアは大破寸前の状態でのワープだったはずだ。
しかも長距離ワープに耐えられるとは思えない。
「不可能ではありません」
だがニーチェは可能性を提示した。
「マスターらが遭遇したクローン兵士は恐らく短時間であれば宇宙空間での活動を可能とします。とはいえ、もって三十分。これは適切な装備があっての事です。実際は宇宙の環境、艦の具合によって前後します。それでも十分程度なら無呼吸で活動する事も可能ですので、その間になんらかの装備を整えれば生き永らえる事は可能でしょう」
「過去の人類は何を作ろうとしたのよ……」
とんでもないスーパーガールだ。
思い出してみると大の大人を片手で放り投げていた。戦闘用のクローンだとすればさもありなんと言うべきか。
「厄介といえばステルスね。こいつがスターヴァンパイアだとすると、ステルスのせいでこちらに侵攻してもわからないか……」
「いえ、その可能性は低いでしょう」
ヴァンは持論を展開した。
「見てください。奴の構成パーツの殆どは敵のものと入れ替わっています。もちろん敵に同等のステルスがあれば話も変わりますが、恐らくあれにはもうステルス機能はついていない可能性があります」
希望的観測ではありますがとヴァンは付け加えたが、彼の意見を補強するようにニーチェも続く。
「副長の言う通りです。あの艦は恐らく特務艦仕様。他との互換性は皆無であり、単体での完成度にのみ注目しています。あなた方の言葉で言うのなら、ワンオフ艦というものです。エリスも同じです」
「フム……となると、隠れて進んでいる可能性は低い……」
そこまで考えて、リリアンは少しゾッとするような嫌な感覚を走らせた。
それはラナという少女のどこか蛇に似た執着さというもの思い出したせいもある。
「あの手の女は早めに行動しないと挑発行為として兵器で他の植民惑星に手をだすわね」
まともじゃないのだ、あの女は。
行動理念の為なら何をやっても良心の呵責とやらに苛まれない。
カルトで育ったせいなのか、冷凍睡眠のせいで狂ったのかはわからないが……しかもこれはこれでかなり厄介だ。
「敵襲は相手の艦隊編成の調整を考えてもう少し先だと思っていたけど……使い捨ての駒がちょうど手元にあったというわけか」
リリアンはあの艦が本格的な敵襲だとは思わなかった。
フリムやリヒャルトの一件も考慮すると、どうにもサラッサという種族は自分たち以外の種族に対する遠慮というものがないらしい。
それを言い出せば人類も人の事は言えないだろうが、ここまで雑に使い捨てるというのはそう中々見るものではない。
「ていの良い、長距離弾道ミサイルの代わりでしょうか」
「斥候と言ってあげなさい。なんにせよ面倒くさい相手だし、こればかりは私たちの不始末。それに一番槍をもらう約束もあったし、第六艦隊は至急、出航と行きたいところだけど……まずは皇帝陛下にお目通りを願おうかしら」
リリアンが立ち上がりながらそう告げると、ヴァンはかかとを鳴らし敬礼をして、応じ、部屋を後にする。
ヴァンが去ると、リリアンは軍帽を手に取り、どこか懐かしさを感じた。死ぬ前の自分がこれを被ったのは一度きりだ。
少将の階級章が付けられた軍帽。その鍔をなぞり、被る。
「ニーチェ。敵は一隻だけ?」
「いいえ。正確な数はわかりませんが、小規模な艦隊を確認。場合によっては増援も到着している頃でしょう」
「第六艦隊が到着するまで、直近の防衛隊には無理をするなと伝えたい所だけど……それは流石に私の独断でやるわけにはいかないか……」
それに、第六艦隊が必ずしも先に出向できるとも限らない。
こういう時、巨大な組織は行動が遅れる。
「……わかった。ゼノン閣下に通信を。【独立艦隊】の月光艦隊に先陣を切ってもらいましょう」
第六艦隊はまだ動けない。
しかし、月光艦隊であれば、それが可能であった。
彼らはまだ、独自の裁量で動けるのだから。
「組み込まなくてよかった……本当に」
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