第117話 皇帝、立つ
その後に始まった軍事裁判は異様な空気に包まれていた。
エルビアン・結城の証言はその真意はともかく、聞くに堪えない罵倒の連続であったという。十五年と言う月日が募らせた憎悪は今まさに爆発をはじめ、己の復讐が果たされない事を理解してしまい、ついには心が壊れたように喚き散らすしかなかった。
「なぜ貴様たちは生きている! 俺の家族も! 仲間も! 守りたかった全ての者たちは見殺しにされた! エイリアンだけじゃない! 貴様らに見殺しにされた!」
だとしても、エルビアンの発言を止める者はいなかった。
いや、正確にはアルフレッドが止めさせなかった。うちに秘めた全てを吐き出させ、受け止める。まるでそのような態度で、アルフレッドはかつてシュバッケンにいた者たちと対面していた。
エルビアンはある程度の拘束を受けている。そうでもしなければ、アルフレッドに飛びかかるだろうし、場合によっては舌をかみ切る可能性もあったからだ。
特殊な器具を口に装着され、声だけを発する。
「お前たちが何をしてくれた! 真実を語る事も出来なかった! 俺は知っているぞ、十五年前の真実を探る者をでっち上げの罪で逮捕し、追いやったことを! メディアの操作もだ! 事件の後、何も知らない学者風情がしたり顔で天災だとのたまった!」
数百年、数千年の人類の文化、歴史はその多くが記録に残され、共通の知識として刻まれるというのに、たった十五年前の真実は闇に葬られようとしていた。
それはおぞましい事であるが、同時になんてことはないよくあるような話でもある。
惑星一つの崩壊を隠し通す事は、一件すれば途方もない労力であるが、生き残りが少ないのであれば、それこそどうとでもなってしまう。
生き残りの殆どが幼い子供だった事も軍にしてみれば幸いであった。
極めつけは前帝の崩御が重なった事も大きい。惑星崩壊の事実もさることながら、統治者の死は少なくない社会の混乱を招く。
これ幸いにと活動を始める海賊や反対勢力の鎮圧にも注力しなければいけなかった。
それは人々の関心をよそに向ける事にも繋がる。
それらを鎮圧し、そして新たな皇帝を即位させれば、万事安泰と言うわけである。
「滅びてしまえ! 過去の怨嗟を受けてな!」
エルビアンはその発言を最後に次なる証言者へと変更された。
彼の感情に任せた発言は果たして論理的であったかは分からない。それでも傍聴人たちに鬼気迫る何を感じさせるには十分である。
次に呼び出されるのはミハイルの予定だったが、彼は病の悪化を理由に手紙での意見となった。急変した容態によって立つこともままならない状態となってしまったのだと言う。
それを読み上げるのはキイチであった。
「──それ故、帝国への不信が重なり、私は復讐を決心した。人類の目を覚まし、真実をつまびらかにする為には痛みを伴う必要があると感じたからです」
ミハイルの手紙は非常に淡々としており、事実のみを端的に述べていた。
供述の殆どはエルビアンと重なる部分が多かった。惑星で戦闘が始まり、多数の死傷者が出て、自身は家族を失い、そしてスパイだと分かっていながら二人の子供を引き取り、今まで暗躍していたと。
「しかし、息子リヒャルトは違いました。彼は確かに帝国で生まれた者ではありません。エイリアンに送り込まれた先兵だったかもしれません。ですが彼には地球人類をどうこうしようなどという感情はありません。フリム・結城も同じです。彼女は手を差し伸べられなかった事を恐怖とし、助けを求め続けていただけなのです。見捨てたのは私です。エルビアンに引き合わせればどうなるかわかっていた事でした。しかし、私の中に残る復讐心がそれをどこかで期待していたのです」
すべてを読み上げたキイチは、続けて自身の言葉を語る。
「あの時。私たちは助けを求める子供の姿を目にしました」
その言葉を、アルフレッドは黙って聞き続けた。
***
エイリアンの存在。そして内通者。十五年前の事件の真相。それを主軸にした裁判。
細かな詳細が語られる事はなくとも、それからの出来事は帝国に大きな衝撃をもたらした事は言うまでもなかった。
特に帝国の歴史の中においても最大の天災と呼ばれたシュバッケン崩壊の件は大きな不信を与える事になり、軍のみならず皇室にもいくらかの批判が飛ぶ事になる。
しかし、それを抑えたのはアルフレッドであった。
全ての判断は自分にあり、当時の関係者に責任はない。全ては己が実行、命令した事である。
真実を隠したのは社会の混乱を防ぐ為。今でもその判断は間違っていなかった。
それ以上を語る必要もなければ、知る必要もない。
敵が来た。そしてそれを打ち倒そうとした。ただそれだけの事であると。
「それがあなたの選択ってわけですか」
皇帝の居城。皇帝の執務室にて、クライフトはアルフレッドを呼び出し、事の顛末を問いただしていた。
現在の皇帝にしてみれば、即位してからずっと自身を支え続けてきた男である。
それに父である前帝にも仕えた男だ。前帝がそうあれと任命した大将である。
皇帝にしてみれば、もう一人の父に近しい相手なのだ。
「これ以上、社会を混乱させてはなりませぬ。ひいては王家の名誉をこれ以上汚すわけにも参りません。私一人が身を引く事で、治まるのなら、それが最上かと」
目の前の男は真実をひた隠しにし続けるという事だろう。全ての責任を自分が背負いこむ事で、事態の鎮静化を図る。
恐らく彼は永久に糾弾され続ける事だろう。
しかし、皇帝はこれだけは聞いておきたかった。
「アルフレッドよ。あの命令を下したのは、本当にお前なのか?」
皇帝の質問に答えないというのは本来不敬である。
それが例え帝国軍総司令官だった男であってもだ。
しかし皇帝は声を荒げる事もなく、ただひたすら待った。
「本当は。父の命令ではないのか?」
そう言葉も続けた。
「皇帝たる者、人類の真実を常に知る必要があった。歴代の総司令官もそうであった。初代皇帝が即位してから、それは延々と続けられたと聞く。必ず【最も遠い宙域】へ監視軍を送る。そうであろう?」
それでもアルフレッドは答えない。
「知っていたはずだ。かつて地球を、太陽系を離脱した人類がいた事を。いずれ戻ってくるかもしれない。帝国が興され、各地に散らばった植民惑星の人類を統括していったのもそれが理由であろう。それは帝国の大偉業であると同時に警戒であった」
暗黒の3000年代。文明が衰退し、各宙域の植民惑星との連絡も途絶えた時代。そして復興の4000年代。宇宙航行技術の復活による新たなる宇宙開拓時代。そして生き残った植民惑星の人類との交流、諍い、戦争、統治……宇宙に人類は広がった。
ただその記憶と記録だけを頼りに。
「私とて馬鹿ではない。帝国の歴史は知っているし、知らない事は調べる。幸いな事に、私に妹たちは好奇心が旺盛だからな。気になればすぐに調べてくれる」
「本当に。困ったお方たちです」
果たしてその言葉は妹たちに向けた言葉なのか、それとも目の前の皇帝に向けた言葉なのかは判断できないものだった。
「そしてお前たちは見つけてしまったのだろう? 植民惑星ではない。本当の意味で脱出した人類の痕跡を。シュバッケンにあったのだろう? 彼らの存在を示す何かが」
「よくぞ……そこまで……」
アルフレッドは関心しつつも、皇帝がどれほどの情報筋を持っているのかは分からなかった。
「ゼノンは優秀だ。その子飼いの者たちも……その中から第六艦隊の司令まで生まれた」
「それに関しては同意します。ゼノン少将は……常に帝国軍の改革を目指していました」
「それは暗にお前を失脚させるという事に繋がると、理解していたのではないか?」
「もちろん」
アルフレッドは面を上げて答えた。
「そうなれば、そうなった時に考える事にしていました。出来ればよし、出来なければそのまま。どちらにせよ、私はただ去るのみです」
「それは卑怯ではないか?」
「左様。私は卑怯なのです。私はもう考える事を放棄し、全てを覆い隠す事にしたのです。陛下。それはあなたであってもです」
アルフレッドはそう言いながら立ち上がり、頭を下げる。
「総司令の座はこれにて返上いたします。次なる総司令をお決めになる間は、陛下が全軍の指揮を執る事になるでしょう」
それは一時的なものである。
皇帝は近いうちに総司令を任命しなければならない。
「順当にいけば、シュワルネイツィアがよろしいでしょうが、もし別のものを任命なさるのならそれも良し……陛下。これよりはあなた様がお一人で決める事になります」
「全くもって面倒なものを余に残すのだな」
どうあがいても騒動が起きる事だろう。
「わかった。父が隠し、お前に託した何かを問う事はやめよう。余も心のうちにしまう事とする」
皇帝は老兵に優しい目を向けた。
「今まで、ご苦労であった。あとは任せよ」
その後。アルフレッドは総司令の座を退いた。
空白になった総司令官の存在を埋めるように皇帝が臨時の総司令として就任する。それは珍しい事ではない。任命のタイミングというのもあるし、長引く事もある。歴史の中では総司令官のまま死んだ皇帝もいる。
クライフトも数ある中の一人に加わっただけだ。
皇帝は就任と同時に宣言した。
「遥かなる過去、遠い宇宙へと旅立ったきょうだいたちが、助けを求めている。不幸な出会いでその道は閉ざされたかに思えた。しかし、そのかすかな糸は確かに残り、繋がっていた。余はここに宣言する。例え千年を隔てても、母なる大地を共にした遠ききょうだいたちを救うべく、戦う事を。これは支配の為ではない。解放の為の戦いである」
第百三代皇帝クライフト・アルマドロス、立つ。
後の歴史にそう書かれる事となる。
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