第116話 男のケジメの付け方

 その日の夕方。ドリアード工場は一層賑やかな空気で夕食となった。古くからの付き合いである従業員たちも参加した夕食会は終始和やかで、それでいて騒がしいものだった。

 裁判の事は伏せ、ただただステラの帰郷と出世を祝い、そして彼氏を連れてきたことをちょっと冷やかしつつ、時間が過ぎて行った。

 多くの従業員たちは幼い頃からステラを見てきて、実の娘のように想っている者も多い。だから、父であるキイチと同じく娘の成長を素直に喜んでくれた。


 酒も入ったせいか、明日の業務に支障をきたす事が確定した酔いつぶれ方をした彼らに毛布を掛け、食器の片付けを始めるステラとヴェルトール。

 お父ちゃんは皿を割るから座っててと言われ、キイチは大人しくテーブルに身を縮こませながら、大きくなってしまった娘たちの後ろ姿を眺めつつ、酔いつぶれた従業員たちをどうしかりつけてやろうかとも考える。


「喜ぶべきなんだろうな。これは」


 正直を言うなら、娘には軍人になって欲しくなかったし、彼氏なんてもっての他だとは今も思っている。

 しかし、彼女はもう自分の足で歩けるし、自分の道を見つけてしまった。それを例え親だからといって阻むのもまた違う気がした。

 辛い目にあったという事実。その負い目もあり、過保護に育ててきた方だが、それでも愛娘は立派になってくれた。


 彼女はもう幼い日の辛い記憶を乗り越えている。

 なら、父親たる自分もそれに答えなければいけない。

 キイチは裁判での証言を容認した。それはかつての償いでもあるし、己の後悔を乗り越える為に必要な事だと思ったからだ。


***


 その後、ステラは風呂に入ってくるとの事で、リビングには酔いつぶれた男どもと、キイチ、ヴェルトールだけが残った。

 普通ならこういう時、一番緊張するのは彼氏の方だろうが、今はキイチの方がどう話していいかわからない状態だった。


「その……娘とは、どういう形で……」


 まぁなれそめぐらいは聞いておくかと思ったキイチ。


「恥ずかしい話ですが、ゲームでずっと負かされ続けまして。一体どんな奴が相手なんだろうと、顔を見てやろうと思ってゲームセンターで……」


 答えるヴェルトールも少し恥ずかしそうな顔を浮かべていた。


「げ、ゲーセンですか……い、意外だな。もっとこう……マリンスポーツとか乗馬とか、テニスとかそういうのかと」

「ははは! まぁ確かに、貴族ともなるとそういう事を求められますね。ですが、古い時代の流れを再現しているだけで、今の若手貴族は結構自由です」

「そういうものか……軍人時代は貴族の方とのおつきあいもありましたが、別世界過ぎまして」

「大人の世界という奴です。必要とあれば私も出席しますが、そうでなければ堅苦しいのは好きじゃありません。友人とゲームをしたり、街に繰り出して買い物をしたり……映画を見たり、授業を抜け出したり……学年と年齢が上がるごとにできなくなる事も多いですけど」

「はは……安心しました。貴族といえど、我々と変わらないというわけですね」

「その通りです」


 このヴェルトールという少年は話しやすい男だ。

 そして真っすぐで真面目、非の付け所がないとはまさしくこの事だろうとキイチは思う。間違いなく娘の旦那にするにはふさわしいどころか本当に貰ってくれていいのかと遠慮する程だ。

 そんな相手が、出会いはどうあれ一体どうしてあんなぽやっとした娘に惚れたのか。

 それを聞くのは野暮かなと思うが、親心としては聞いておきたい気分でもある。


「こういうのは酒を飲みかわしながら聞くのが良いのだろうが……」


 ヴェルトールはまだ十九との事なので、酒は出せなかった。

 貴族かつ日系ではないらしいので、もしかすれば酒もいけるのかもしれないが、あいにくキイチはそのあたりには疎かった。


「お構いなく、何かお聞きしたい事があればどうぞ」


 そしてヴェルトールも酒を好んで飲む方ではなかった。

 また恋人の親から何かを言われるというのは理解もしている。


「親として、こういう事を聞くのは恥ずかしいが……娘のどこがよかったんですか?」


 とはいえ、改めてそのような事を聞かれれば、多少は動揺する。

 恥ずかしさも出てくるものだ。


「え……そ、それは」


 意外とその時のヴェルトールの反応は少年らしかった。

 どこか大人びている雰囲気だったが、子供らしい一面もあるじゃないかとキイチは小さく笑う。こりゃまだキスもしてねぇなと思うぐらいには清いお付き合いらしい。

 それはそれで安心であるが、複雑でもある。


「その……失礼と思われるかもしれませんが、最初は彼女の才能に惹かれました。この子には力があると思って……」

「才能?」


 冗談だろう? とキイチは今でも思っている。

 お世辞にも整備の腕が神がかっているというわけでも無い。へまをしない程度には普通といった所だ。

 それが気が付けば戦艦のメインオペレーターになっていましたと聞いたときは腰が抜けたものだ。

 しかも今は艦隊の指揮を執っているなどと、冗談にも程がある。

 だが、聞けば実際にそれで結果を出しているのだから、親としても複雑な所だ。


「艦隊運用と言いますか、軍略の才能です。自慢になりますが、私もそれなりに将来を期待された身です。大人たちをシミュレーションとはいえ打ち負かした自信もありました。それが、手も足も出ずコテンパンにされたのです。だから、そんな才能を持つ者はぜひとも自分の手元に置きたい……最初はそう思っていました」


 この少年がそこまで言うのだから、娘の才能は本物なのだろう。

 それはそれで、褒められてうれしい。


「ひたむきで、真面目で……それに……一生懸命な所とか、私は好きです」

「そうか……」


 恥ずかしさを隠すように残った酒を呷る。

 面と向かって娘の事を好きと言われるのを聞くのはやはり恥ずかしいものだ。


「しかし、娘を危険な場所に引き込もうという点だけは、親としては文句がある」


 軍隊勤務は命がかかる。

 それは整備士でも同じ事だが、艦隊指揮ともなれば最前線だ。

 しかも、ついにはエイリアンとの戦争も始まる。

 その矢面に娘が立つというのは、やはり怖い。何より、キイチにしてみれば、シュバッケンでの一件もある。

 

「それに関しては殴られる覚悟でもあります」


 ヴェルトールはきっぱりと答えた。

 キイチは鼻で笑う。嘲笑ではない。ヴェルトールの生真面目さに呆れると同時に関心したのだ。


「そんな事はしない。結局、その道を選んだのはあの子だ……俺が進路のすべてを決めていいわけじゃない。だが……子供が死ぬ姿を見てしまうとな……震えてしまうよ。今でもな」

「……それは、私の想像を絶するものだと思います」

「あの事件に関わった者は大なり小なり失った者たちだ。そこに、あんなものまで見てしまった。ファウラーとか結城って奴らが軍に見切りをつけて裏切り行為をしたって不思議じゃない……」


 ヴェルトールとしてもキイチからの情報は衝撃的だった。

 勿論、親友であるリヒャルトやその妹フリムの証言、アルフレッド総司令の証言も十分に衝撃的であった。

 だがキイチの言葉はどこかあやふやだった真実に輪郭を持たせ始めた。

 同時にまるでパズルのピースが当てはまっていく感覚とそこから導き出される真実はまさしく不運の連鎖としか言いようのないものだ。

 過去から繋がる因果も、人が持つ感情の行動も、異なる知的生命体の文明文化の齟齬も。全てがボタンの掛け違い程度の差で最悪の事態を引き起こしてしまったのだから。


「裁判の証言台には立つ……しかし、私の言葉がどこまで通用するのかはわからん。それでもいいのか?」

「はい。むしろ、あなたの言葉には力がある。その言葉があれば、友を助けられる」

「友……?」

「ファウラーは……リヒャルト・ファウラーは俺の親友です。そしてフリム・結城はステラの親友だった。不幸なすれ違いがありました。彼らが敵のスパイである事は間違いない。しかし、それはやむにやまれぬ事情。彼らを助けたいというのは我儘です。ですが、時には我儘も良いと思っています」


 ヴェルトールの話しは恐らくはいくつかは機密事項も含まれている事だろう。

 それをこうして話すということは、ある意味では問答無用で協力しろと言っているようなものだ。

 だが、それは本来、娘のステラが言うべき事なのだろう。

 ヴェルトールはそれを代弁したというわけだ。


「そうか……すまない。俺たちのしりぬぐいを、子供たちに背負わせてしまう」


 キイチは立ち上がり、そして頭を下げた。


「こちらも、勝手なお願いをする。我々の後悔をどうか、頼む。そして……娘の事も……」


 娘を気持ちよく送り出すには、自分の中の闇も吐き出しておきたい。

 あの子が前に進んでいるように、親である自分も立ち上がらなければいけないのだから。

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