第119話 少年たちにとってのリベンジ
それが果たして武者震いであるのかを判別する事はアレスには出来なかった。
しかし少なくとも恐怖ではない事ははっきりと言える。ラケシスの艦橋、艦長席に深く腰を下ろしながら、アレスはある意味では怨敵ともいえる存在と対峙しようとしていた。
スターヴァンパイア。カルト教祖のラナ。
仲間たちは仕方がないと言ってくれたが、この女に騙され駆逐艦一隻を失い、多くのクルーを危険に晒したのは事実である。
過程の問題ではない。結果の話だ。幸いにも犠牲者はいなかった。
だが一歩間違えれば己も含め、クルー全員が犠牲になっていた可能性もあるし、場合によってはサラッサとかいう連中の下に献上されていたかもしれない。
そう考えると、リヒャルトやフリムに対して思うところがないとは言わないが、それはまた別の話である。
「その為の電子戦用装備か……」
ラケシスに急遽組み込まれた電子戦装備。大げさに言っているが高感度レーダーやセンサーを外付けしたようなものであり、艦の下部に巨大なドームがあるのだ。見てくれとしては巨大な皿に添えられたメインディッシュというべきか、ある意味では珍妙な装備である。
当然これはスターヴァンパイアのステルス性を警戒をしての事である。
報告を聞く限りでは、確認されたスターヴァンパイアはかつての姿とは大きくかけ離れ、ステルス性はないと判断されていた。
だが、何も電子戦装備はステルスを見破るだけでの装備ではなく、早期警戒もさることながら、戦況をこと細かく分析するのにも重宝する。
その反面、艦の形状および負荷は凄まじく、電子戦闘に集中させると主砲やシールドの出力も低下する。
本来であれば艦隊の後方、旗艦のそばで眼として運用されるような装備であり、艦隊戦には当然不向きな装備である。
「本来ならこれは、デランが使うものだろうに……」
その性質上、本来なら空母クラスの艦が併用して装備する場合もあるのだが、残念ながら月光艦隊の艦載機戦力を担うリリョウはクラスとしては軽巡洋艦に当たり、そんなものを装備すると一瞬にして出力低下に見舞われるのである。
それを補う為にジェネレーターを増設する事も可能だが、それを行うと今度は搭載できる艦載機の数が少なくなるというのだ。
それで、結局、豊富な出力を誇る重巡洋艦にお鉢が回ってきたというわけである。
艦隊旗艦には中々装備する事が出来ないのもあるし、防御の名手であるアレスだからこそ有用に活用できるはずという判断だった。
文句はあるにはあるが、任されたのであれば、それを全うするだけだ。
「しかし、俺もほとほとあのいかれた連中と縁があるようだ。二度と会うまいと思っていたが……」
シュバッケン宙域への到着にはまだ時間がある。
その間にも、アレスは電子戦装備の慣熟をギリギリまで行うように指示を出していた。出力調整や最大感度時のノイズの除去。緊急時のパージや重量増加に伴う機動性低下の癖をこの土壇場で行う必要がある。
「低下した火力を補う為の駆逐砲艦もあるとはいえだ」
同時にラケシス隊のそばにはなんとあのセネカがあった。いつぞやのマスドライバー装備であり、なおかつ無人艦としての処置を行っている。
とはいえ、エリス程の縦横無尽な機動操作は出来ない。言ってしまえばただの浮遊砲台であり、余計な主砲や魚雷管も排除され、シールドすらも装備されていない。
他艦に曳航される形でついてくる姿はかつてリリアンが指揮し、暴れまわっていた頃とは違う少々情けない姿にも見えた。
「あの駆逐艦とも気が付けば長い付き合いになるのか?」
言っても一年程度だが、かつての駆逐艦澄清よりも長く見ているのは事実だ。
形を変え、今なお酷使され続けているのは忍びないというべきか、不屈の根性というべきか。
艦ではなくただの武装として扱われながらも、セネカは月光艦隊と共にある。
ある意味では象徴的な艦と言えるし、愛着を持っている者も多いらしい。
「まるでお膳立てだな……」
いつになく独り言が多くなったアレス。
因縁の相手との再戦、かつて自分を救った艦、そして相手の戦術に合わせた装備。
ここまで状況がかみ合うとアレスとて神の存在を信じたくなる。
これはリベンジだ。かつての汚名を返上する為の戦いなのだから。
「レーダー最大感度テストを再度実行しろ。動くもの、熱量探知は全て詳細に探れ。連中があの海賊、カルト教団の生き残りだとすれば、機関を停止して忍んでいる可能性がある。いいな、一切目を離すな。ノイズを除去し、精度を上げろ。同時に艦種識別もだ。機械にだけ頼るな、不審だと感じればすぐに報告しろ」
奴らの戦い方は身をもって経験している。
その自負と共にアレスは再び訓練を再開する。
「電子戦闘装備をしていて、敵に気が付きませんでした等と言う言い訳はできないぞ。小型の特殊戦闘機であろうと見逃すな。アリを通す隙間も与えるな。防御とは常に情報の探り合いだ。敵を知る事が出来れば、攻撃は防げる。避けられる。いいな」
アレスだけではない。月光艦隊の艦長たちは先の戦いでの勝利に浮かれる事を良しとしなかった。あれはこちらの策がハマったからできた殲滅戦だ。
このように想定外の遭遇戦、しかも相手側は待ち構えた状態での戦いは暗闇の中に全裸で突撃するようなものだ。
艦隊戦をただ戦艦同士が撃ち合い、その結果だけで終わるなどと言う希望的観測は即座に捨てるべきなのだ。
艦隊戦とは高度な情報戦でもある。それこそ、射程距離がわかれば、それだけでも対策は出来る。
艦載機を発進させるタイミングも、突入を仕掛けるタイミングも、全てはリアルタイムで変化する戦況に合わせてこそだ。
***
「張り切っているようだな、アレスは」
そんなラケシス隊の動きを見ていたのは旗艦フォルセティに同乗していたゼノンであった。
今回初めて、艦隊司令として戦線に同行する事になったのは、彼自身もそろそろ表舞台に出るべきであると判断したからである。
しかし、艦隊指揮を実際に取るのはヴェルトールである。
「真面目なんですよ。それに、今回の敵はあいつにとって超えるべき壁です」
同じく艦長席からアレスたちの訓練を眺めるヴェルトールは小さく頷いて答えた。
「君にとっても、あのスターヴァンパイアとかいう相手は色々と考えるべき相手なのではないか?」
「実際に撃ち合った事はついぞありませんでしたが、情報士官としては振り回されました。あの事件の後、教団の強制査察もありましたし、資料の精査で徹夜させられましたからね」
ラナと言う少女が所属していた宗派も、あの事件の後に大きなダメージを受けていた。そもそも、その宗教組織自体はカルトでもなんでもなく、ある意味では広く親しまれたものだった。
星の海を渡る船乗りたちからすれば航海の無事を祈ってくれるような団体であるし、宇宙の彼方には神様がいるかもしれないという考えはロマンもあれば、多少の救いにもなる。
その教えを捻じ曲げた解釈でもって暴走したのは奴らである。
とはいえ、実際問題として構成員が事件を起こしてなおかつ教義を悪用していたのだから、多少世間からの風当たりも強くなるというものだ。
「できれば、連中も捕らえたい所ですが、それは少々欲張りすぎでしょうか?」
リヒャルトやフリム以外の【人類】の意見も聞きたい所ではある。
幸い、デランの所には海兵隊もいるし、再び突入する事も可能だろう。
「私は君の決定に従うまで……と言いたいが、その点に関してはよした方がいいと言っておくよ」
「何故です?」
「決まっている。あのラナとかいうクローン兵士は、まぁなんだ、狂っている。そんな奴の言葉は耳を貸す必要はない。それに、こうしてあからさまな敵対行為を見せているのだ。あれを人類と思う方が無理だな」
「確かに……仰る通りですね」
冷淡に聞こえるかもしれないが、ゼノンの言葉は正論だ。
ヴェルトールも本気でそれが出来るとは思っていない。
可能であれば……程度のものだ。
「さて……しかし、考えるべきは敵の戦力と性能。果たして……ロストシップと再び対峙したとき、我々がどこまでやれるか……そして光子魚雷を敵が保有しているかどうか……」
だからこそ、ラケシスが重要となる。
「頼むぞ、アレス」
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