第115話 語るべき真実
騒ぎ出す従業員たちを仕事場に戻しながら、娘とその彼氏をひとまず自宅兼事務所へと招き入れるキイチ。
男親たるもの、娘が彼氏を連れてきたのであれば、見定める必要がある。それが例え旧世紀の古い考え方だとしても、構うものか。男親とはそういうものだという自負がキイチの中にはあった。
しかしだ、しかし。今回ばかりは相手が悪すぎる。
どこの馬の骨どころか社交界にも軍にも顔が広い名家の御曹司。しかも帝国の若き獅子と呼ばれ、学生時代からその才能を高く評価されていたガンデマン家の息子。
聞けばわずかな期間ながらも総本部にて情報将校として勤め、皇太子殿下肝いりの月光艦隊の隊長。
そんな男が相手では一介の整備工場のしょぼくれた親父が太刀打ちできるわけがない。
どうやってひっかけたのか、娘の奇襲とも言うような一撃にキイチは見事にノックアウトを喰らってしまい、彼氏ですという紹介に対しては「お、おう」などと乾いた返事しか出来なかった。
それは周りの従業員も同じであった。殆どが幼い頃よりステラの事を知っている、いわばそれぞれがもう一人の親のような感覚を持ち合わせいる。
それら全てを行動不能に陥れるのであるから、ステラという少女は生粋の戦術、戦略家とも言えた。
本人にそのような自覚があるのかはさておき。
「お、お口に合うかどうかはわかりませんが……」
さらにキイチを悩ませるのがヴェルトールへの対応だ。
整備士とは言え、元は帝国軍人である為、実は細かい所作などは徹底的に教え込まれている。それゆえに貴族への対応自体は出来なくもないし、覚えている限りの事をすればまず無礼はならない。
問題なのはこの工場には貴族に出すような大層な銘柄のお茶もコーヒーもないのだ。
今から買うわけにもいかないし、とりあえず工場内の一番値段の高かった茶葉を選んで出すしかなかった。
「ありがとうございます。こちらこそ、突然押しかけるような真似をしてしまい、お手数をおかけしました」
しかもこのヴェルトールという少年は気持ちが良い性格をしている。
まさしく好青年であり、高潔な軍人なのだろう。そんな事は当たり前の話だが、いざこうして目の当たりすると、キイチとて緊張するし、しかも娘の恋人なのだから、今でもどう接していいか全くわからない。
「お父ちゃん、緊張しすぎだよ」
「こ、こら。ステラ。お父ちゃんと呼ぶんじゃない。もう良い歳なのだから、それに人様の前で」
周りの影響もあるし、自分も娘に対して「父ちゃんな」と言いながら接していたせいもあるせいか、ステラは父の事を【お父ちゃん】と呼ぶようになってしまい、それは結局今も治っていない。
大貴族の御曹司と付き合う女子がそんな言葉使いをと思ってしまうのは親心だろう。
「大体、こういう事は事前にだな……家に帰ってくるってのも突然だったし……」
「ちゃんと三日前には電話したでしょー?」
「そ、そうだったか? いや待て、そのなんだ……彼の事は、聞いてない」
「それはそうだけど、言ったら言ったでお父ちゃん、仕事が手に付かないでしょ?
「ウーム……」
娘の指摘が図星だったので、キイチは言い返す事が出来なかった。
実際、もし事前に彼氏を連れてくるなどと言われたら暫く工場は停止する事だろう。
なんなら今すぐにでも酒を呷って、布団の中に入りたい気分だった。
悲しい、悔しいという感情ではなく、とりあえず整理する時間が欲しいのだ。
それほどまでに相手が大きすぎる。
「まぁ、その……付き合うのは良い!」
そして言い切ってしまった。言った後にやっぱりダメだとも思ってしまう。
「しかし、釣り合うのか……言っちゃなんだが、ウチはこんなのだぞ?」
「ねぇお父ちゃん、今の私、艦隊務めだよ? 第六艦隊司令、少将閣下の直属の部下だよ?」
「か、階級の問題ではない! 家柄と言うか……」
まぁつまる所、面倒くさい男親と言うものをやっているだけなのだ。
しかし、目の前の若い二人にはどうにもこの辺りの文化はよくわかっていないらしく、通用している節もない。
愛娘のステラは「お父ちゃん、なんかおかしくない? 酔っぱらってる?」などと言ってくるし、お相手のヴェルトールという少年はにこやかな笑みを浮かべて「愉快な父上じゃないか」という反応。
「それに、家柄は問題ではありません。中には貴族同士のあれこれで婚約者もいますが、ガンデマン家はあまり拘らない方ですので」
「は、はぁ……そうですか……」
にこやかに答えられても困る。
そもそも、その物言いはつまり「結婚も考えています」と言う発言じゃないか。
とは指摘できなかった。
(あぁ裕子……俺はどうしたらいい……)
ステラを産んですぐに体調を崩した、今は亡き妻の顔を浮かべてキイチは悩む。
娘はどうにも思い込んだら一直線な所があり、これと決めたらてこでも動かない頑固さがある。
幼い頃に、あのような目にあってふさぎ込むよりは良いし、その点の負い目もありあまり厳しくは育てて来なかった。
それでも娘はぐれたりする事なく、真っ直ぐに育ったとは思うが……。
「そ、そういえばステラ。お前、何か話があるから帰ってきたんだろう?」
次なる話題を模索したキイチは、ふと思い出した事を口にする。
そしてすぐにある事に結びついた。
「ま、まさか……お前、結……」
「あぁ、うん、その事なんだけどさお父ちゃん」
こちらの言葉を遮るように、ステラが若干食い気味で割り込む。
しかもその目は普段のポヤポヤした気の抜けたものではなかった。これはかなり真剣だ。娘が真剣ならば、親もそのように受けて立つしかない。
例えどんな事を言われようともだ。
「シュバッケンの事、色々と話してほしい」
しかし、娘から出た言葉はキイチにとっては予想外のものだった。
同時にいつかは、問われるものだという自覚もあった。
驚きと納得がないまぜになった感情が、キイチを逆に冷静にさせた。
「お前。それは……」
キイチとて世間に疎いわけではない。
ニュースは毎日見るし、最近の大きな事件だって把握している。
かつて同じ惑星で勤務し、そして同じ駆逐艦で脱出した者たちがスパイ容疑で逮捕された。
しかも一人は惑星シュバッケンの医局長で、軍勤務者なら必ず世話になるし、もう一人は交流会で何度か顔を合わせ、さらに娘を助けてくれた恩人だ。
「お父ちゃん。友達を助けたいの。あの時、シュバッケンで何があったのか教えて欲しい。裁判で、証言して欲しい」
「裁判……スパイのあれか……」
二組の親子が裁かれる。
どちらの親も知った顔だ。
あの事件以降、顔を合わせる事もなく、どういった生活をしているのかも分からない。
お互い、事件の事は公言しないようにと言う取り決めを守り、接触する事もなかった。
キイチはファウラーと言う男に関しては娘の件もあり、礼を言おうと手を尽くして連絡を取ろうとしたが、ある日むこうから「会う事はない」と言う連絡を受け、今日にまで至った。
彼らが一体どんな生活をしていたのかは知らない。知る術もなかった。
だがファウラーと言う男には娘がいたはずなのに、ニュースでは義理の息子しかいないような報道を見た時には、色々と把握するものもあった。
「キイチ殿に嫌疑は掛かっていません。裏付けも出来ています」
付け加えるようにヴェルトールも言葉を発した。
「ですが、十五年前の真実。それを知る者は少ない。あの時、一体何が起きたのか。どのような判断がなされたのか。なぜ、シュバッケンは崩壊し、多くの人命が失われたのか。我らはそれを知る必要があるのです」
「私はただの整備士だよ」
「ですが、生き残りです。そしてあの事件の生き残りに対してアルフレッド総司令は便宜を図っている。そういう密約だったのでしょう」
「……それは、逮捕された二人の証言ですか?」
「調べはついているという事です」
「作戦司令部は諜報部を兼ねているというわけか……」
ヴェルトールの言う通り、今自分が逮捕されていない事実を鑑みれば裏の裏まで調べられたという事だろう。
「お父ちゃん。お願い。あの時、何があったの」
ステラの言葉は痛い程にキイチに突き刺さる。
「……シュバッケンの開拓が終わり、帝国軍は基地を建設した。それは自体はどの植民惑星コロニーでも行われる事だ。ステラ、お父ちゃんもその建設に関わっている事は知っているな?」
「うん。技術者が集められるって事はよく聞く話だから。私が生まれる前の話だよね?」
「そうだ。だから基地の建設、防衛隊の駐留、そして植民という順番は何もおかしい事ではない。少なくとも入植当初のシュバッケンに異変は何もなかった。だが、ある日の事だ。ある噂が流れた。もう使われていない回線が時々繋がり、そこから声が聞こえてくると」
キイチの発言にヴェルトールが反応を示す。
「声……? それに、使われていない回線とはまさか」
「旧軍。連合と呼ばれていた頃の軍隊で使われていた、もう千年以上も前のもの。そのチャンネルに繋がったのは偶然だと聞いている。通信局の設営に手間取り、調整の最中に偶然だと……詳細は俺も知らない。さすがに管轄が違ったからな。でも、その手のおかしな噂は植民初期にはよくある事だ。大体は設備の不具合によって発生するエラーか何か……それを面白おかしく、例えば子供のしつけに利用する為に使ったり、酒の場の話題に使ったり。だけど、ある日、防衛隊の頭が変わった。そう、アルフレッドさんにな」
「なぜですか?」
「さぁ、そこまでは。だけど、そこからシュバッケンには当時最新鋭の戦艦が派遣されたり、物資が搬入されるようになって一気に豊かになった。ステラもその時に生まれたが……母親は元から身体が弱くてな……産後の何某って奴でな」
キイチは「話が逸れたな」と付け加えた。
「とにかく、ある日を境にシュバッケンはちょいと物々しくなった。当初は100光年も離れているからと言う理由だった。だけど、今に思えばそうじゃない。あれは、帝国軍は旧軍の通信に割り込む何かの正体を知っていた……もしくは警戒していたのかもしれない。だからあの日。十五年前のあの時。あいつらは現れた」
ステラは遠くを見つめながら語る父を見た。
「エイリアン……サラッサ星人の艦隊」
ステラがそうつぶやくと、キイチは小さく頷く。
「あぁ今は名前があるんだったな。当時はそんな余裕もなかった」
「その時、軍はいったい何を?」
ヴェルトールは核心へと迫ろうとした。
その意を受けて、キイチも二人の目を見て語る。
「攻撃を加えた。だが、あれは混乱の最中に起きた……そう、事故だ」
「事故……?」
歯切れの悪い父の言葉にステラは怪訝な目を向ける。
「お父ちゃんはな、その時、駆逐艦の艦橋いた。もちろん整備の仕事だ。定期点検。そんな時に奴らが来た。そして通信が開かれ……助けを求める子供が殺される姿を見てしまった。紫色の化け物に……撃ちぬかれる姿を……それを見た当時の駆逐艦の艦長は……思わず……」
「攻撃を……?」
「あぁそうだ。助けてくれと懇願する声はまだ聞こえていたが、俺たちは……」
キイチは顔を俯かせて、肩を震わせて答えた。
「怖いから……攻撃した」
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