第114話 娘が出世して彼氏を連れて帰ってきた
スパイ容疑者たちの裁判が行われる。内容の詳細はさておいてもその事実自体はどう隠してもメディアには漏れるものである。誰かが意図的に流す事もあれば、緩衝材としてあえて情報の先出を行う場合もある。
スパイ容疑だけでは被告人側への非難が集まるのは仕方ない所だが、ここに帝国軍総司令官も法廷に出るとなれば多少話が変わる。
軍事裁判にしても、総司令官が法廷に出てくるなどと言う事は早々ない。
帝国臣民からしてもアルフレッド総司令はよくわからない人物なのだ。それが形はどうあれ表舞台に出てくるとなれば話題にはなる。
しかも軍関係者のスパイ容疑。それがエイリアンとのつながりを指すとなれば、憶測も飛び交う。
軍はエイリアンの存在を前から知っていたのではないか。そんなピンポイントな陰謀論が囁かれるのは偶然ではない。
明らかにそういった情報が流出している。わざと関心を向けさせてるのは明白だが、今更誰がその初出なのかを探る事は出来ない。
旧世代とはけた違いの人口比率を誇る地球歴4000年代。噂が爆発的に広まればもう誰が最初に言い出したかなどどうでも良くなる。
ただ話題と噂だけが生き物のように蠢き、広まり、熱を帯びて定着する。
しかも、その謎を指摘したのが今を時めく第六艦隊の英雄リリアン・ルゾール少将かもしれないという噂も気が付けば付け加えられていた。
エイリアンの先発隊を殲滅し、なおかつ軍内部の不審を暴く。出来すぎているという者も多いが、同時に英雄の行いに歓喜する者や同意する者が増えるのは当然と言えた。
もはや裁判は単なる軍事裁判ではなくなっていた。
そして、その初公判は二週間後に決定していた。
***
地球。日本。
ステラの実家はそこにある。あまり重要とも言えないような地域に、それなりに大きな整備工場を構え、日々住民たちの生活を支える町工場と言った所だった。
軍の下請けもであり、いくつか軍艦の部品を製造することもあり、全くの貧乏といわけでもなく、さりとて贅沢を続けられる程の裕福でもない。
だが娘一人を良い学校に出すぐらいの金は捻出できるし、三十人近い従業員を食わせる程度の資金もある。
しかし工場がそれなりに大きくなったのはステラの活躍と給料のおかげでもあった。最初は小さなパトロール艇勤務がいつの間にか駆逐艦勤務、そして皇帝の分家が指揮する艦隊所属となり、気が付けば第六艦隊で重要なポジションを得た。
そんな報告が舞い込んでくれば彼女の実家も周囲も大騒ぎになるし、そんな孝行娘が一時的に帰省するとなるとちょっとした祭り気分だ。
なにせ英雄リリアンの部下として帰ってくるのだから。
そんな空気を当のステラもまた感じ取っていた。
何の変哲もない、しかしそれはカモフラージュであり実際は耐弾装備を施された電気自動車。その助手席でステラは懐かしき第二の故郷の光景を眺めていた。
かつては何か重要な神様を祭っていたらしい地域だとは聞く。過去の戦争でその殆どが失われたものの、それはどの国も地域も同じで、現存する古代の歴史遺産は一握りしかない。
近年では過去のデータをもとに再建をしようという動きもあり、この地域でも活発になっているという。
しかしそれ以上に見ていて恥ずかしくなるような横断幕やらなんやらがあちこちに広がっていた。そこにはステラの名前が書かれていたり、大きな駅では自分が帰ってくるからという事で人だかりが出来ている。
地方のメディアも集まっているようだが、そんな事は既に予想済みであり、ステラはこうして一般車に紛れて帰省をしていた。
「随分と人気じゃないか」
そんな光景を運転席で同じように眺めていたのはヴェルトールだった。
「は、恥ずかしいだけです。それに、殆ど知らない人ばかりですよ。話題に乗っかっているだけですよあれ……」
自分の地元がそんな盛り上がりを見せているのを実感するとむしょうに恥ずかしくなる。ステラは身を隠すように俯いてしまった。
「ははは! それだけ、君の才能や功績が広まっているという事だ。リリアンには感謝しないとな?」
「す、すごいのはリリアンさんであって私じゃないと思うんですけど」
「何を言う。彼女の戦略を支えているのは間違いなく君だ。それにデランの時だって海賊退治に貢献している。そういった情報は時期がくると必ず掘り起こされ、調べられる」
ヴェルトールの言う通りなのだ。
言いふらしたわけでもない情報がなぜか公開されている。軍の機密にはギリギリ触れない程度の話になっているが、それが却って人々の想像を刺激するのだから、ある意味では質が悪い。
何より今を時めく話題の第六艦隊のメンバーである事。そしてティベリウス事件の関係者だとすれば、それはもう絶頂に近い。
「しかし、ニーチェにも感謝だな。あいつの予測のおかげでこうして面倒に巻き込まれなくて済んだ」
「ありがとうございますヴェルトール中佐」
そしてなぜかニーチェもそこに同行していた。
彼の本体は今もエリスにいるのだが、ステラの端末と同期している状態だった。
「なんであなたまで着いてくるのよ」
軍で支給される個人端末にはGPS機能も搭載されており、いかなる時でも所持が義務づけられている。
また海賊事件の後にそれらの機能をアップデートされていた。
プライバシーの観点で多少の批判は来たものの、連れ去られました、どこに行ったのかわかりませんを防ぐためともなれば頷くしかないものだった。
そんな端末にニーチェは自身の子機とも呼べる機能を勝手に搭載しているのである。
「私とステラはバディであると認識しています。マスターもその旨を了承していますので。それにあなたは戦闘行動以外での迂闊な行動が目立ちます。何をのんきに帰りの電車のチケットを予約しているのか。実名で。こうなることは予測できたはずです。そもそも空港のチェックインに関しても軍関係の秘匿規約を行使することも可能であり、今のあなたは艦隊中枢を維持する重要なポジションにいることを自覚し──」
「あーもう! わかった、わかったから!」
ニーチェの小言(三時間は続く)を中断しながら、ステラは溜息を吐く。
実際、ニーチェの指摘がなければ普通に一般交通機関を使っていた所だった。何というべきか、軍人とはいえ、あまり特権を使いたくないというステラなりの遠慮がそうさせていた。
かといって今回の帰省は単なる里帰りではない。
それも含めてニーチェの指摘こそが正しいのだが……それを素直に受け止められないのが乙女心というものである。
「これから一時間。あなたとの会話を遮断しますから!」
「わかりました。では発話機能をオフにします。メールには定期的に目を通してください」
「メール音声もオフ!」
「わかりました。では振動で」
あぁ言えばこう言う。
そんなやり取りがいつの間にか定着していた。
「仲が良いじゃないか。もしかすると、過去の人類はそうやって人工知能と接していたのかもしれないな」
それを見てヴェルトールは微笑ましいと思った。
仲の良い【きょうだい】と言うべきか、それとも小言の多い母親とそれを受ける娘のような疑似家族とも言うべきか。
機械と人間ではあるが、両者の間には何か絆のようなものを感じていた。
果たしてニーチェの人工知能がそこまで高性能であるのかどうかは、彼にも判別できないものではあるのだが。
「しかし、本当に俺が着いて行って大丈夫なのか?」
「はい! むしろ、着いてきてもらえるとは思ってなかったので……でもほら、私だとお父ちゃんにうまく説明できないですし……一人だとほら、まぁ、ニーチェの言う通りになりそうだし。ちょっと不安もあったんです」
「まぁわからなくもない。自分の父親に、裁判で証言をしろと言い渡すのはな。彼自身に容疑はないとはいえだ」
ステラの帰省。
それは親友たちの裁判に関わるものだった。当時のシュバッケンに赴任していた艦隊のメンバー。ステラの父であるキイチも整備士としてそこにいた。だからこそ、当時何があったのかを教えて欲しい。
それがステラの本心でもある。
同時に、フリムやリヒャルトの養父たちがそれなりの待遇で生活出来ていた事実。調べれば当時の生き残りには相応の保護が課せられていた。
つまりステラの実家も、そうだったというわけである。
「不思議だなぁとは思っていたんです。ウチ、昔はそこまで大きい会社じゃないのに、従業員の皆さんには不便なくお給料上げられるし、私が学校に通えるし。今になってやっとその秘密がわかったわけですけど」
「アルフレッド総司令の采配で、当時の関係者には軍や帝国から生活の保護があった。それは当時の秘密を話さない事を条件にしたもの……君の実家が軍の下請けとして残り続けていたのもそれが理由だとすれば……しかし、いいのかい。それを暴くとなると、実家が」
「あぁ、その点は大丈夫です。私、もうお父ちゃんよりお金持ちですから!」
「フッ……まぁそうだな」
他愛もない会話が社内の空気を軽くする。
そうこうする内に、車は町工場へとたどり着く。ほんの少し住宅街から離れた場所に位置する町工場。少し面積を広げたらしいのか、中央の若干古びた工場とは別に真新しい整備工場が増築されているのがわかる。
工場からは作業音が響いており、物資の搬入用のトラックも待機していた。
今の時代、殆どがオートメーション化されているとはいえ、細かい部品のチェックにはやはり人の目が必要であり、市井の生活においての機械修理はまず腐らない仕事でもある。
個人で所有するマシンの性能があがりすぎたせいで、些細な故障でも専門知識が必要なる。
そうなると、メーカーに送ってどうのこうのすると安くない金がかかるのであった。
工場に見慣れない車がやってくると従業員たちは怪訝な目を向ける。
しかし、そこから見慣れた少女が降りてくると、その表情は柔和なものとなる。
「嬢ちゃん!」
「嬢ちゃんが帰ってきましたよ!」
何人かがそう叫ぶと工場の中からどっと人が出てくる。
ややするとその人の波をかき分けて、一人の大柄な男が現れた。
「お父ちゃん」
ステラがそう呼ぶと、大柄な男キイチは太い腕で顔を拭いていた。
「お帰り、ステラ……」
愛娘を出迎える。
ステラが駆け出して、父の分厚い胸板に飛び込むと彼もまた大きな腕で受け止めた。
それと同時に車からヴェルトールが降りてくると空気も少し変わる。
なにせ、ヴェルトールもそれなりには有名人だからだ。
「あ、あんた……あぁ、いやあなた様は」
キイチも目をぱちぱちを大きく瞬きをしていた。
ヴェルトール・ガンデマンは第六艦隊と同じく有名な月光艦隊の隊長だし、ガンデマンという家も有名だからだ。
娘が世話になった部隊のお偉いさんなのだから顔ぐらいは知っているというわけである。
しかもそんな男が娘と一緒に帰ってきたとなると不思議で仕方がない。
「初めまして、ヴェルトール・ガンデマンと申します」
ヴェルトールは礼儀正しく、好青年の挨拶をする。
そして、ステラがにこりと笑顔で言った。
「えぇと、今、お付き合いしてます!」
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