第113話 黙って私に助けられなさい

 一時的な戦闘の勝利に湧く地球帝国であるが、軍部は思いのほか冷静であった。

 敵の目的がなんであるのかが判明した今、諦めて撤退するという考えはないだろうし、戦力を整えて近い将来また同じ場所から攻めてくる事はわかりきっていた。

 地球と敵を結ぶ明確な航路はそこにしかない。もちろん、連中が他の航路を知っている可能性もゼロではないが、それを調べるのは途方もない事だ。


 旧第六艦隊の司令であった大西少将が声高々に発言した、こちららから攻めこむという考え方はある意味では敵を牽制する意味においても重要だったのだ。

 そしてリリアン率いる新第六艦隊は図らずも故・大西少将の遺志を継ぐような形となったのである。


 それは単なる偶然なのだが、一部の軍人たちからはその心意気はあっぱれであると言う評判を受け、第六艦隊の長距離遠征においての支援は中々に手厚いものとなった。

 しかし、帝国軍にしても初となる超長距離遠征。しかも向かうのは新進気鋭の若い英雄たち。万が一があれば面倒な事にも繋がるわけであり、支援が厚いのは同時に政治的なパフォーマンスもある。


 では今すぐに出航というわけにもいかない。物資の搬入にも時間がかかるし、第六艦隊用の無人艦の建造とて追いついてはいない。以前から実施されている廃艦予定のものを簡易改修して少なくとも武装面ぐらいは最新のものに切り替える作業もある。


 何より、エリスの本格的な調整を実施する事にもなっていた。

 この恐るべき女神は真なる姿を取り戻す事になる。

 四つのシールドユニットは四隻の無人シールド艦として常にエリスの傍にあると同時に、エリス本体はマスドライバーキャノンを四つ搭載する。


 大型質量弾の攻撃力、そしてそれにかかる費用は単純計算で、爆発的に跳ね上がる事になるが、だとしても破格の性能である事に違いはなく、重粒子のように減衰摺ることのない、信頼性の高い兵装であった。

 実弾しか装備されていないエリスは、その実決定的な火力そのものには劣っていた。弾幕こそ凄まじいが真正面への攻撃手段しかないからだ。

 それにエリスの諸々の弱点を補うのは無人艦隊の仕事である。

 そのあたりもこの艦が我儘娘である所以なのだろう。


 とにかく、第六艦隊の出航はまだ先。

 リリアンにしても、大見得を切った手前、やりませんという事はないが、同時に万全の準備を整えておきたいという冷静な意見もある。

 兵器開発局などが各種研究機関と共同で対エイリアン用の装備の開発を進めているし、新しい人員の確保、何よりフリムとリヒャルトをどう扱うかも考える必要がある。

 それに捕虜となったサラッサ星人たちの尋問と調査も残っているのだから。


***


「今日はあなたなのね」


 念のための電磁手錠を掛けられた以外の拘束からは解放されたフリムと対面すると、相変わらずの対応だった。

 それでも以前のような剣幕はなく、どこか意気消沈しているというか、覇気が亡くなっている。

 投げやりな態度と言っても良いが、それとも少し違うような気がする。


「この前はミレイ……その前はデボネア……ステラは毎日のようにくるし、他の子たちもしつこいったらありゃしない」


 そうぼやくフリムはどことなく痩せているように見えた。食事は提供されているはずだし、食べていないという報告はない。

 恐らくは精神的なものだろう。

 それに、この子はよく食べる子だった。それが肉体改造のせいなのかはわからないが。


「あいつらの事はもう大体わかったんでしょう? じゃあもう私の役目はないはず。さっさと銃殺刑でも絞死刑にでもしたらいいわ。それとも電気椅子?」

「はぁ。まだその悪ぶった態度を続けるのね。いい加減飽きた。大体、要保護人物を処刑できるわけないでしょ」


 自身として、実は三回だか四回目程度の面会。

 最初に一、二回は罵倒の嵐だった頃に比べれば会話がなりたつが、それでもこの諦めきったような態度と口調はそろそろリリアンとしては鬱陶しいレベルだった。

 なんというべきか、この子もかつての自分とそっくりだなと思う。やらかした事実に震えて、誰かに罰してもらう事を期待する。

 自分の場合は左遷されて、酒に逃げる事が出来たが、それでも四十代、五十代になるまでは無気力に近かった。


「あんたはそうやってずーっとうな垂れてるのは楽でしょうね。それに、ここは安全だし、料理もあるし、寝床もある。堪能なさい。保護されている事実をね。そしてぶくぶくと太るといいわ」

「あら……今回は随分と厳しい言葉を使うのね。やり返しにきたってわけ?」

「別に。ただ今のあんたを見ているとむしょうに頭にくるという事だけはわかった。理由なんて説明してやる義理はないけど、そのままでいたらあんた、間違いなく後悔しか残らないわ」


 リリアンのその言葉の意味を、フリムは半分は理解しつつも、なぜこの女は知った風な口を言うのだろうとも思った。

 しかし、その口調からは出まかせとも思えないものを感じるし、同時になんでこいつにここまで言われなくちゃいけないんだという奇妙な怒りもわいてくる。


「えぇ、えぇ。あんたは間違いなく不幸よ。同情だってしてあげる。認めるわ、あんたは世界一不幸な女の子よ。ただそれだけ」

「さっきから聞いてれば、何なのよ。喧嘩売りに来たの?」

「その度胸があんたにあるのかって聞いてるのよ。隠れてこそこそ、私を始末したかった? いくらでもチャンスはあったじゃない。出来なかったのはあんたが臆病で、弱虫だからよ。その言葉も態度も全てその裏返し。ステラたちに当たりがきついのも結局は怖いからよ。だから拒絶したい」


 その刹那、強化ガラスを叩く音がする。

 だが銃弾すらも弾くそのガラスの強度は凄まじく音は鳴れど、響かず揺れる事も割れる事もない。むしろ痛い思いをするのはフリムの方だろう。


「知った風な口を!」

「アルフレッドと会わせてあげる」


 リリアンの思いがけない言葉にフリムは言葉を詰まらせた。


「裁判が行われる事になった。形だけのね。あなたとリヒャルトは情状酌量の余地があると認められて、処刑もされない。管理は私たちが行う事になる。その裁判にね、アルフレッドも出席するわ。一応、帝国軍の元帥ですもの。そして奴は色々と認めたわ。シュバッケンの事を。でも全ては話してない。私としてはもう放置してもいいのだけど……あなたたちからすれば、それで納得するものではないでしょう?」

「それは……」


 自分たちを見殺しにしようとした相手だ。憎いと思う感情は今でも残っている。

 だけど今はもう殺そうという気力はない。許したわけでもないが、敵討ちというのも何か違う。


「アルフレッドはこちらに対していくらかの譲歩を見せた。利用できる分は利用させてもらうけど、それは私の事情。でもあなたたちの事情は考慮されていない。一つや二つ、言いたい事ぐらいあるでしょう?」

「恨み言しかないわ」

「それでもいい。それをいう権利があなた達にはある。泣き叫んでも良いし、怒りをぶつけても良い。ストレートな感情を爆発させると良いわ。あなた達は歴史の闇に葬られることはない。むしろ舞い戻ってきた。被害者として、助けれるべき存在として。でも救助者が何もかも口を閉ざして良いわけじゃない。あなたには真実の告白者になって貰う」

「それは……私の存在を利用するというわけ?」


 フリムとて馬鹿ではない。リリアンがなんの条件もなく、親切でそれを言ってるわけでない事ぐらいすぐにわかる。


「そうよ。アルフレッドは利用できるだけ利用するけど、そろそろ帝国軍にも新しい風が必要でしょう? お山の大将にはそろそろ退いてもらいたいなって」


 リリアンはそれがさも当然かのように言い放った。


「あの人も今の立場に縛られているよう状態。あなたも似たようなもの。そろそろお互い、色々と吐き出しても良い頃よ。だから、フリム。あなた、黙って私に助けられなさい。あなたの復讐も後悔も全て用意してあげるわ」


 それは魔女との契約のようにフリムは見えた。


「そしてその復讐はアルフレッドだけじゃない。あなたの無念も先祖の無念も晴らすべき相手はアルフレッドだけじゃない。過去はどうあれ、今の現状に対して、あのエイリアンたち一発でもぶん殴ってやらなくちゃ、前へ進めない。そうでしょう?」

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