第112話 かつて幼かったあの頃の夢

 皇帝一族の口から出た衝撃的な意見は再考の余地ありという建前を踏まえた上で、取り合えず脇に置かれる事になった。実際に実行するか否かは、それこそサラッサ星人の調査が進んだ後の話だろう。

 とにかくサラッサの生態や文化をいうものを今一度調べられる範囲内では調べておく必要があった。


『あぁ、それと。エイリアンたちのテレパシーについてですが、こちらに関しては翻訳機のようなもの、もしくは妨害電波などを開発できればと思っています。連中から何かしらの超音波が発せられている事はわかっていますので、あとはその波長をどういう風に変換しているかがわかれば良いのですが』


 フィオーネのあまりにも唐突な発言をなかったものとして扱うつもりなのか、学者はかなり重要な事を口にした。

 エイリアンたちが持つテレパシー能力。実際、どのようなレベルの超能力なのかは未だによく分からないらしい。


 コミュニケーションの一種として扱われている事は確からしく、この捕虜になったサラッサ星人たちも目を瞑って瞑想のような行為を行うが、どうやらそれは仲間と交信しているという事だろう。

 これらを解明できれば敵の動きを察知する事も容易になるはずなのだ。

 

「私たちが戦っていた時、連中は奇妙な通信を行っていた。言葉による対話はないのだけど、回線は開かれている。今になってみれば、あれは回線を通して自分たちのテレパシーを繋いでいたのかもしれないわね。連中にしてみれば、どうにも発声によるコミュニケーションは通常ではないようだし」

『元々、言葉を介さない種族からの進化だと考えればありえない事ではないでしょう。一番最初に発達したのがテレパシー、超音波による対話だとすれば、それがスタンダードとなる可能性も否定出来ません』


***


 その後は、単純な説明や事務的な処理などを含めて会議は終了した。

 リリアンはすぐさま自室に戻ると、休息に付く。休まる時はハーブティーだと決めている。てきぱきと準備を進めて紅茶を淹れる。爽やかな香りが部屋の中に広がり、適温に調整した紅茶を一口飲めば、心も体も落ち着く。

 本来なら会議後のまとめも行うべきだろうが、今はそんな気分ではなかった。

 ティーカップをデスクに置いて、リリアンは作りかけのボトルシップに目を向ける。完成度は半々といった所か、古い帆船が出来上がりつつあった。


 いつの間にかハマっていた事だが、こういう風にゆったりと時間を使う事はなぜだか懐かしい。なんだかんだ月面基地にいた頃はまだゆっくり出来ていた気がする。

 それが気が付けば第六艦隊だなんだと話が飛躍していた。

 自分が求めた事とは言え、ここまでうまくいくのは不気味だ。何か、都合の良い存在に運命でも操作されているんじゃないかと思うぐらいには。

 それでも、少なくとも後味の悪い結末になるよりは絶対にマシだ。


「あれ……?」


 ふと思った。

 未来を変える。これはいい。より良い未来を目指し、それに突き進んでいるのはわかる。

 しかし、自分はそのあとどうすれば良いのだろうか。

 もう前世界の自分ではない。前世界のような世界情勢でもない。自分の知らない歴史はずっと前から始まっていて、前世界よりも良いものにしようと何とかここまでやってきた。

 この後も上手くやって行こうとは思っているし、手を抜くつもりもない。

 しかし、全てが終わった後、自分は何をした良いのだろうか。


「軍を辞める……? いや、それはなんか違うな」


 艦は好きだ。宇宙も嫌いではない。

 戦争は……好きではないが、必要とあれば戦うべきだろうとも思う。

 さりとて世界が事もなく平穏であるのなら、それはそれでいいはず。

 しかし漫然と軍人を続けるというのも何かが違う。

 今のままではいずれ第六艦隊の司令を定年まで続ける事になりそうだ。それはそれで構わないと思う反面、何かいまいちボタンの掛け違いのようなものを感じる。


「考えてみれば……私には将来の夢なんぞあっただろうか」


 紅茶をもう一度飲みながら、そんなことを考える。

 軍人の家系に生まれたから軍人を目指す。憧れの人が軍に入るから自分も入る。大した才能もないのに、コネで艦長となり、たった一つの致命的なミスですべてを崩壊させ、六十余年の飼い殺し、そして何の因果か過去の世界でやり直し。

 しかしこれは状況がそうさせているだけだ。

 自分自身が何をやりたいのかは全く定まっていない。

 前世界の後悔を拭い去ろうというのは今の目的だ。それを今更捨てる事はしない。

 だが言ってしまえばそれはゴールを目指す通過点に過ぎない。


「今になって、こんな事で悩むなんてね……」


 過去に戻りもう一年が経つ。精神は既に八十歳を迎えた事になるのかもしれないが、その感覚でずっといるわけにもいくまい。

 世間ではまだ十九の小娘が何を老成して、悟りを開いたつもりになっているんだと言われそうだ。

 とはいえ、本気で悩む話だ。


 艦隊司令を続けると言っても、戦争が終結すれば軍縮は始まるだろうし、反国家勢力や海賊狩りを延々とやるのも何というか、わびしい。

 いや重要な仕事なのは間違いないし、この宇宙には過去の人類が残した厄介な代物が恐らくまだ眠っている。

 いつぞやの海賊たちのようにそれらが目覚めてどこかで暴走事故でも起こせばそれこそ惑星の一つや二つは吹き飛ぶ事になるだろう。


 それに、一度あった事が他でも起きないとは限らない。それは今回のサラッサ星人の一件も同じだ。

 もしかすれば、他の移民船団もどこかにたどり着き、知的生命体と遭遇しているかもしれない。平和であればそれでいいが、諍いが起きて、またそれに巻き込まれるとなると気が重い。


「けれど、人類は夢物語だと思っていたエイリアンと出会ってしまった」


 それは同時に宇宙の広大さを再認識させるものでもある。

 不幸な出会いではあった。しかし、この宇宙には人類以外の知的生命体が存在し、文明を築き上げ、宇宙へと進出している。

 しかも独自の進化を遂げて、それは人類の系統図とは全く異なるもの!

 不謹慎ではあるが、それはまさしくロマンの一言であろう。

 もしもこの出会いが平和的であれば、人類もサラッサも生命体として新たな昇華を迎えたかもしれないと感じさせる程には奇跡なのだ。


「昔の人はよくぞ言ったものね。無限に広がる大宇宙……」


 ロマンを欠くような事を言えば、無限に広がりすぎて、星々や銀河の間は何もない虚無空間、ヴォイドが存在する。光もない本当の闇。無だけが存在する広大な空間。

 だが星々の煌めきは確かに存在している。エイリアンでなくても原始生命体を確認する惑星がたくさんあった。

 いるのだ。この宇宙にはまだ見ぬ多くの可能性を秘めた生命体たちが。


「今更になって、ラナの言葉が少しだけわかるかもしれない」


 海賊……いやカルトの教祖になってしまった過去の遺物、クローン兵士の生き残りの少女。彼女が率いていた教団も、その教えそのものは人類が宇宙の見出した夢から生まれたものだ。

 宇宙の彼方にはまだ見ぬ何かがあって、それはもしかすれば神かもしれない。

 あそこまで狂信的になるほどではないが、宇宙に夢を馳せた者たちの思いは、今ならわかる。


「移民船団たちは、争いの続く地球圏からの脱出という後ろ向きな理由だった。でもその中にはフロンティア精神もあったはず。彼らの行動の全てを否定したくない」


 生きる為にやった事だ。それが結果的には最悪な方向に進んでしまったとしても。

 

「もっと……宇宙を見てみたいな……」


 それは幼い日の記憶。

 宇宙を見たいという夢。それは、この時代においてはあっさり簡単に実現する、夢とも言えないような当たりまえの事だ。

 だけどその夢が叶ったとて、幼き日のリリアンの夢が崩れたという事はない。

 宇宙にはたくさんの星があって、人類は移住できた。ならばもっともっと見る事が出来るはずだ。


 遠い、遠い、宇宙の彼方を。私たちがどこまで行けるのか。

 宇宙の全てを知りたいとかそういう荒唐無稽な話ではない。

 ただ広がる宇宙を見て、何か特別なものを見てみたい。そんなどこかふわついた、あてのない夢。

 子供が思い描くとにかく大きな空想。


「でもその前に……目の前の現実を片付けなければね」


 しかし、リリアンは事実老成してしまった。

 夢を見る前に、終わらせなければいけない雑務や実現可能かどうかを取捨選択するような人間になってしまった。

 だから、夢の続きはまた今度。

 全てが終わってから……せめてこの戦争が終わってから、考えよう。

 子供の時に描いた夢を。

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