第111話 生態会議にて、ある爆弾発言について
さて、やる事が多いとはいえ、すぐさまそれに取り掛かる程、リリアンも真面目ではない。と言うよりは流石にキャパシティオーバーである。何かしらに区切りを付けたり、一旦やめなければ本当にぶっ倒れる事になるだろう。
この専門用語が飛び交うサラッサ星人に対する生態調査報告を聞き終えたら休もう。頭痛もしてきた。
エリスの会議室で映像通信にて行われている報告会には月光艦隊の面々も参席していた。
ヴェルトールと、第六艦隊からはステラがいないのは仕方ない。
その代わりにフィオーネとレフィーネが通信会議にて参加していた。フィオーネは明らかにつまらなさそうな顔を浮かべているが、レフィーネは興味津々と言った感じだ。
一応、件の戦いについてきた関係者だからと言うのもあるが、大方の理由はレフィーネの好奇心だろう。
破天荒に見えて、意外と付き合いが良いのはフィオーネなのかもしれない。
『連中は
火星の研究室らしき場所で白衣を着た学者が若干、興奮気味に語っていた。
『つまり巻貝の一種です』
などと説明されても生物の授業は当の昔に忘却している。
貝と言われても、じゃあどこに貝殻があるんだと思わず突っ込みたくなったが、実際にそういう分類があるのだから仕方がない。
貝殻を失った貝は果たして貝なのかと思わなくもないが、学者曰く『退化してるので、なごりはどこかにあります。体の内部にある可能性も』と言われてもよくわからない。
「よくわからないのだけど、連中が骨格のあるヒューマノイドである事に関係してるの?」
思わず口にした疑問に対して学者はらんらんと目を輝かせて答えた。
『貝などは大まかに分類すれば軟体動物ですからね。エイリアンたちは陸上で生活を送る、もしくは生存競争の中でそういった進化を果たしたのでしょう。もしくは、必要に駆られて外的手術を行ったか』
曰く、リリアンの疑問はある意味では答えそのものに近いらしい。
らしいというだけで、実際の答えかどうかはまだ研究段階との事だ。リリアンとしては疑問に答えて欲しかったのに、勝手に疑問が仮定となり、勝手に納得されたので、いまいち釈然としない。
それ以外にもなぜ連中がテレパシーや超音波によるコミュニケーションが可能なのかの理屈も『脳の構造に人間とは違う器官が存在するから』と答えられた。
ようは【まだよくわかっていません】というわけである。
リヒャルトの協力から得られた情報でもなぜ連中がそんな特殊能力を持つに至ったのかはわからないとの事だった。曰く数千年前に人類が出会った時から既にそのような体だったらしいとは記録に残っているとの事。
また捕虜にしたサラッサ星人からは『繁栄の為である』との返答。
この会話とそれまでの情報を照らし合わせると、サラッサ星人たちは己の肉体の改造にそこまで忌避感はないらしい。それこそ性別が変わる程度は大した問題ではないという認識があるようだった。
結果的にそれが種族の繁栄を脅かす退化に繋がっているのだから、皮肉と言うべきか、科学の乱用の恐ろしさと言うべきか。
同性同士で子を成せ、それが仮にも数百年は続いたのだとすれば、ある意味では最も進化した生命体であるとすらいえた。
だが結局は、それは天然の進化で手に入れたものではない。
(どこかで進化にも妥協を見せなきゃいけないって事かしらね)
哲学的な話をするつもりは一切ない。いずれは人類もそうなる運命かもしれない。
サラッサの姿は未来の人類として刻むべきかもしれない。
それに、サラッサに使役され、隷属しているらしい人類を助け出し、そして今の帝国社会に受け入れさせたとすれば、もしかすればフリムやリヒャルトのような肉体がいずれはスタンダードになるかもしれない。
それはそうなったらの話だ。
「ところで、フリムやリヒャルトが語ったエイリアンたちの侵攻目的。人類の生殖器を奪うとかなんだとかの話はどうなの? そもそも私たちって混血は不可能って話だったと聞いているけど」
それは初期段階の調査ゆえにもしかすれば何か変わりがあったのかもしれない。
『難しい質問です。現状では仰る通り、混血は不可能であると言えます。仮に我々人類の遺伝子情報を採取し、組み込んだとしても、さてどこまでいけるか』
「実際、それを行った結果、無駄に終わったのがサラッサ星人なわけでしょう?」
フリムはそう答えたらしいと聞く。実際何千年もかけて実現しないのであれば、そもそも生物の質が違うとか言えない。
そんなリリアンの疑問に答えたのは学者ではなく、新たな会議の参加者であった。
『順番が逆なのかもしれないな』
声と共に投影映像が表示される。
そこにいたはヴェルトールだった。
「ヴェルトール? 大丈夫なの?」
長らくの親友がこんな事になり、ヴェルトールもショックを受けていた様子だった。ゆえに彼が一時的に業務を外れていても誰も咎める事はしなかった。
ヴェルトールはいつもの調子を見せ、会議に参加する。
『みんなには心配をかけた。だが、私も色々と整理を付けたいからな。友を救う為にも、必要な事はやるべきだ。それより先ほどの話だが』
ヴェルトールはどこか饒舌だった。
『これは俺がリヒャルトから聞いた話を個人的に考察したものになる。人類がサラッサと出会った時点であいつらは既に雌雄同体だったと聞く。そしてお互い、相容れない存在と認識して、争いとなった。ここに一つの答えが提示されていると思う』
「答え? 気持ちが悪いから排除したって部分?」
なんとも差別的な発言だが、似て非なる存在を不気味と感じるのは仕方がないかもしれない。しかもそれが雌雄同体で、同性同士で繁殖が可能という部分だけを着目すれば、人類の常識では語れない部分でもあるのだが。
『そうだ。この気持ちが悪いという、ある種の無意識が連中にもあったのだろう。異性に分かれて、繁殖をするなど気味が悪いと。奴らとて、雌雄同体の文明を築き上げた知性体だ。それが奴にとっての常識なのだとすれば、異質なのは俺たち人類だ。そして、侵略者である人類を打ち負かし、そんな気味の悪い生物を残しておく方が怖いと判断したのだろう。同時に自分たちの繁栄に陰りが見えていたからこそ、実験をした……そして生まれたのが、リヒャルトたちなのだろうな』
ヴェルトールの指摘を受けて、リリアンらも合点がいった。
人類の基準として考えた場合、サラッサの生態は異質と言えた。だから不可解な行動に見えた。
だがサラッサの視点に立って考えれば異質なのはむしろ人類を含めた異性生物。連中にしてみれば、【特異な動物】にしか存在しない扱いだったのかもしれない。
人類視点でも雌雄同体、もしくは性転換を行う生物は確認できているが、それらは人間ではない【特異な動物】として映るようなものだ。
「だから順番が逆というわけか……」
かつて人類も人間の細胞を移植させた動物で人工子宮などを作ろうとしたらしいとは記録に残っている。特に利用されたのが豚だとも聞く。
「サラッサにしてみれば雌雄同体がスタンダード……なら実験動物を自分たちに近づけようとする……だって異性間の生殖活動は気持ちが悪い、動物のする事だから……」
『それは彼らの文明、文化として根付いた常識だ。だからその当時の感覚をそのまま人類に当てはめ、人体実験と改造を実施した……だがそれでも成果は得られない。皮肉な事に人類は適合してしまった』
「そしてこの数千年の間に、連中にも意識改革と言うか、やむにやまれない事情として受け入れなくてはいけなくなった。でもその頃にはサラッサ星人の星では純粋な人間は存在しない。異性でわかれた、ヒューマノイドが存在しない。だから、過去の記録を漁って地球を目指した……男女が明確に分かれている素材を集める為に」
なんというべきか、広大で無限に広がる宇宙で出会った二つの種族が戦争に陥った原因はただの偏見かもしれないと思うととたんにチープに感じる。
とはいえこれは生存戦争だ。負ければ人類に未来はない。
効果があるかどうかもわからない研究の材料にされるだけだろう。
『ねぇ、一つ良いかしら?』
不意に会議に参加しているのかどうかいまいちわからなかったフィオーネがこのタイミングで声を上げた。
『もう面倒くさいから連中にAVでも送り付けてしまえばいいのではなくて』
「はい?」
リリアンは思わず聞き返した。
その場にいる殆どの者たちが同じ反応を示しただろう。
『ようは子作りの仕方を知らない。男女の恋愛が理解できないというわけでしょう? だったら手っ取り早くそういうものを教えてあげればいいのよ』
『確かに、一理ある。文化的なカルチャーギャップとついでに異なる生物同士に交配実験試料も添付して、諦めさせるのは有効かもしれない』
そしてなぜかぶっ飛んだ意見に賛同し始めるレフィーネ。
やはりこの姉妹。危険だ。リリアンはエイリアンよりも先にこの姉妹の認識を改めるべきだと思った。
『あぁ、でも今の地球はそういう同性同士の話にも理解があるから逆に焚きつけちゃうかしら? ま、どうなるかは責任取れないから、提案だけね。やるかどうかはそっちで決めて頂戴な』
『私はむしろ反応が見たいので捕虜にポルノムービーを見せて実験したいのだが』
そのぶっ飛んだ発言によって、会議が一時中断された事を記す。
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