第110話 似て非なる者同士

 二人きりのトラムラインの中で、デボネアはやっと息の詰まる感覚から解放され、大きく深呼吸をした後に声を出す事が出来た。


「良いんですか、喧嘩吹っ掛けたと思えばあっさり引き下がってしまって……遺恨を残しただけみたいになってしまいましたけど」


 対して時間のかからない会議が終わると、アルフレッドはそそくさと退出していく。

 老人の割には頑健で、立ち上がる際にもふらつきなどはなく、人類のアンチエイジング技術の高まりを感じさせると同時に本人の意識の高さも伺えた。

 いかにも老成した仙人のような顔をしているのはおそらくはわざとだろう。金を掛ければ例え六十、七十代でも見た目だけなら十歳、二十歳若く見えるようにはできる。


 それでも忍び寄る老いには勝てず、どこかしら身体機能にガタは来る。それを機械などで補う技術もあるし、旧世紀に比べて遥かに高性能な人工臓器もある。

 平民と呼ばれる市民たちも高額な人工臓器はさておいても、高齢による様々な疾病リスクからは緩和されている。

 それでも平均寿命が旧世紀と変わらないのは総人口に対する割合の話であり、個々人だけで観れば百歳を迎えるのはそう難しくはない。

 当然、それなりに健康に気を付けている前提もあるのだが。


 そう考えると、アルフレッドが見た目よりも元気そうであり、あの何を考えているのか分からない態度も、もしかすれば演技という可能性も無くはない。

 もちろん、本当に老人特有の認知障害が発生している可能性もある。

 しかし、あの総司令官の受け答えにその様な不安定な様子は見られず、知性を感じさせた。


(あの男だけは一筋縄ではいかない。とはいえ、敵というわけじゃない。ただよくわからない秘密を抱えてるだけの男……まぁそれが巡り巡ってこっちの不利益になるのならどうにかするべきなんだろうけど)


 アルフレッドが何か深いものを抱えている事は悟った。

 そういった意味では自分もあの男に似ている。しかし、一つ違う事があるとすれば、少なくとも自分は未来志向かつ過去の後悔も含めて行動しているつもりだ。

 だが、あの男からはそういった気迫のようなものは見られない。昼行灯を気取るのは良い。のんびりとしているのも良い。それは個々人の性格だ。


 求められれば、与えてはくれるが、自分から提案する事は少ないようだし、むしろ今回の様な自発的な発言はかなり珍しいのかもしれない。

 それは他の参加者たちの反応を見れば明らかだ。特に父であるピニャールが一番驚いていた。


「でも収穫はあったのよ。これでむこうは私という存在を意識した。名前を顔を覚えさせれば、あとは無理矢理にでも会う事は出来るし、今回の事で私たち第六艦隊に色々と便宜が図られる。まぁ、その分の働きをしなくちゃいけないのだから、どっちにしろキツイのは変わらないのだけど」


 無人艦隊の建造。敵領域への先発隊としての役割。

 鉄は熱いうちに打てという言葉があるように、今この調子を維持したままやれる事をやるのは必要な事だ。

 それに付け加えて、第六艦隊の経験の薄いクルーたちの教育、訓練も必要になる。


 あの一戦だけで劇的に成長するわけではないし、あの勝利だけであぐらをかかれても困る。

 かといって無駄死にもさせたくない。

 それは無意識のうちに生まれていたリリアンのトラウマ、抵抗と言ってもいい。

 かつての罪の意識もそこには生じていた。


「ティベリウスの一件からずっと、私たちって外宇宙にばかりいますよねぇ」


 デボネアの言う通りだ。

 時々、惑星の大地を踏む事はあるが、この一年はそのほとんどを宇宙で過ごしている。

 それが帝国軍人の常と言えばそれまでなのだが。

 

「それでも休暇は多い方よ。ちょっと前はドイツのリゾート。その次はレオネルのバカンス。火星にだって長居したもの」

「あ、言われて見ればそうですね」


 とはいえ、その休暇とやらの間も何かしら仕事をしていたような気もする。


「それより、長距離遠征もそうだけど、その前にあの二人の事も考えないと」

「あっ……そうですね。リヒャルトさんは協力的ですけど……フリムは……」


 リヒャルトは元から敵性エイリアンであるサラッサに対する忠誠心はないように見えた。地球侵攻にもスパイ活動にもあまり乗り気ではなかったようだ。それでも調べればティベリウスのワープの手助けをしたり、不自然な記録ログの消去なども彼の仕業なのだという。

 対するフリムはかなり積極的だが、その行動の多くは勢いによるもので隙も多い。それをリヒャルトや、彼彼女らの養父が隠していたというらしい。


「バレなかったのは単純に奇跡ね。誰も、エイリアンがいて、地球を脱出した人類の末裔がいて、地球にこっそり帰ってきたなんて思わないもの」


 灯台下暗しと言うにはいささかお粗末な内容だが、意識が向けられなければ意外とバレないものだ。


「ま、それ以上に見逃していた奴がいるというだけかもしれないけど」

「え!? まだ、その、スパイがいるんですか?」


 リリアンの発言にデボネアは驚く。

 もうスパイ騒動は終息を迎えようとしていたと思っていたのにだ。


「スパイとは少し違うわね。まぁ何となく予想はつくわよ。こんな粗雑な活動を、軍関係者が気が付かないはずがない。意図的に、作戦司令部や憲兵隊に情報が流れていない可能性もある」

「そ、そんな事出来るのって限られてくるじゃないですか!」

「えぇ。大方、総司令官殿でしょうね。仮に、それが本当だとして、何考えているのかさっぱり分からない。スパイを見逃しておいて、こちらの攻勢作戦には協力的。戦争がどうしてもしたいというわけじゃないようだけど……」

「どうして、総司令官はそんなことを……」

「後悔じゃない?」


 リリアンは即答した後になぜ自分がそんな事を呟いたのか一瞬分からなかったが、言ってみて少しわかった。

 アルフレッドもまた「見殺し」にした側だ。

 シュバッケンの件が意図したものなのか、それとも様々な条件が重なってそうなったのかは分からないが、やはりあの男と自分は似ている。

 むしろ……死ぬ前に腐っていた頃の自分だ。

 後悔はあるのに、それをそそごうとしない。何もかもに希望が見いだせず、ただ惰性に生きている。


「そういえば……フリムもリヒャルトも、シュバッケンの帝国艦隊に助けを求めたと言っていたわね……それを無視され、攻撃を受けたと」

「そして……お互いに戦端が開かれた……?」

「だからフリムがずっと言っていたのでしょうね。人類のやった事、自業自得だって。だからあの子は憎悪を募らせた」


 もしも手を差し伸べていれば。

 もしも事実を公表していれば。

 そんなもしもをいくら言った所で、問題は解決しない。それこそ、自分のように過去に戻る事が出来れば可能かもしれないが、それは能動的に出来るものではない。


「まぁでも、他人の後ろ向きなセンチメンタルに付き合ってやる必要はないわ。今大人しくしてくれるのならそれで十分よ」

「でも……」

「安心なさい。むしろ、こちらには有利な手札がいくつもある。邪魔になればアルフレッド総司令の更迭を可能と出来る手札がね。場合によっては時期がくれば自分で勝手に辞める可能性もあるかも」


 アルフレッドはかつての自分かもしれない。

 そう認識すると途端に恐ろしさよりも哀れみのような感情が湧いてくる。

 とはいえ、それは好意的な意味ではない。

 第一、自分にはそれを言う権利はあまりない。過去に戻るという圧倒的なアドバンテージを手に入れた自分とは違うのだから。


「それに、捕まえたサラッサの……あぁ……なんて呼べばいいのかしらね。サラッサ星人? 彼らの生態調査もあるし、実際に私たちが敵領域に進むのはもう少し後になるでしょうね。やったとしてもシュバッケンの宙域かそれよりも前の段階で監視任務でしょうから」


 本格的な仕事をやる前にも細かな仕事も多い。

 正直、かまってやる暇もない。利用できるのならする。出来ないのなら放置。邪魔をするのなら潰す。単純な話だ。

 そんな事を考えていると個人端末に通信が入る。ヴァンからのものだった。


『お疲れ様です艦長』

「えぇ、たいして面白くもない会議だったわ。それで、何かあったの?」

『はい。リヒャルト少佐の協力もあり、エイリアンの生態の一部が判明しました。至急お知らせした方がいいと思いまして』

「聞かせて」

『はい。連中はどうやら、テレパシーのようなで会話ができるそうです』

「サイキック? いきなり話が飛ぶわね」

『あぁいえ、物を飛ばしたり、空を飛んだりは出来ないようです。どちらかと言うと、イルカやクジラなどに近いコミュニケーションらしく』

「超音波って事?」

『はい。アデル曹長が通信にノイズを感じたという報告をしていましたが、おそらくはそれが原因かと』

「……わかった。もうすぐエリスに戻るわ。色々と考える事が増えるわね」

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