第109話 撃ち込まれた楔

 リリアンの発言は会議室を大きくざわつかせる。

 それは他の将軍たちや上級士官だけではない。一緒に付いてきたデボネアですらもあたふたと慌てふためき、驚いていた。


「り、リリアンさん。少将閣下」


 リリアンを呼ぶ言葉も定まっておらず、混乱が見て取れるデボネア。


「急にぶっこみすぎでは?」


 それとなく耳元で囁くように伝えてみるのだが、リリアンは「いいのよ」と若干冷たく言い放つ。


「この程度は、挨拶みたいなもの。この場にいる方々に危機感を持ってもらう為のね」


 リリアンの言う通り、参加者たちは確かに驚きはしつつも、提示された情報が一体どういう意味を持つのかを理解しようとしていた。

 十五年前の事件。惑星シュバッケン。その事件を知らないものはいない。それはとても有名な話だ。


 しかし、それは惑星規模の災害で滅んでしまったというのが一般的に広まっている常識だ。それは軍の中でも変わらない。

 ポルタを含めた主力艦隊の司令官たちも多少は驚いている。

 それでもシュワルネイツィアは微妙な所だ。僅かながらに表情に変化はあるが、かといって狼狽している風にも見えない。


「シュバッケンはマントルの暴走で滅んだのではないのか?」

「いや待て。先日逮捕されたファウラーと結城とかいう男たちは確か……」

「100光年の長距離移民計画」

「聞いた事があるぞ。その時の責任者は……」


 帝国軍に長く在籍している者たちは各々の記憶を辿り、そう言えばそんな事もあったなと言う事実を思い出して行く。

 逆に在籍年数少ない者たちからすれば一体全体何がどういう事なのかいまいち理解が追い付いていなかった。


 事件当時は入隊していなかった、もしくはいわゆる新米であった上級士官たちもいる。

 中にはいくらかの真実を知る者もいるだろうが、それでも衝撃を与えたのは事実であろう。

 しかもそれをやっているのが入隊一年目の何もかもが特例すぎる少女なのだから、俄然注目は集まってしまう。

 そんな少女が総司令官に啖呵を切っているのだ。


「ピニャール」


 張り詰めた空気の中、アルフレッドは抑揚のない声でピニャールへと語り掛ける。


「は、はっ!」


 いきなりの事にピニャールは慌てた返事をする。


「そなたの娘は元気であるな」

「はぁ……それは、どうも」


 しかし投げかけられた言葉はなんとも間の抜けたものだった。

 どう見てもそれはまともな返事ではない。

 そう思っていると、アルフレッドは次にリリアンの方へと視線を向ける。感情の読み取れない瞳であり、一種の不気味さもあった。


「左様、確かに。私は十五年前、シュバッケンへと派遣されていた」


 あっさりとその事実を認めたアルフレッド。

 会議室はまだ張り詰めたままの空気を保っている。みなが彼の次なる言葉を待っていた。


「エイリアンの襲撃があった。これも認めよう」


 淡々と語る事実。

 だがそこに感情が含まれていないのが気になった。


「そして惑星一つを犠牲にし、多くの民を失った」


 まるで原稿を読み上げるかのような、他人事だ。


「私は応戦した。そして負けた。這う這うの体で脱出した。しかし同時にエイリアンは惑星一つを犠牲にして壊滅した。それが事実だ。この歴史的な大敗と惑星一つという犠牲を報告すれば社会の混乱は必須。ゆえに隠した。そなたは責任が取れるか?」


 抑揚のない言葉が続く。


「同時に、あの頃は前帝様の崩御も重なった。皇帝陛下の即位にも影響を与え、帝国統治に要らぬ混乱を招く恐れがあった。であれば、天災として内々に処理するのもまた必須」


 確かに、それもまた一つの理屈ではある。

 だが、それならばある程度を過ぎたあたりで、事実を公表するべきでもあった。


「それに、この十五年。エイリアンは襲ってこなかった。むしろそのおかげで帝国は国内統治を安定させる事が出来た。確かに第六艦隊を失いはしたが、その変わりもまた出現した」


 アルフレッドは深いため息を吐いた後、用意されていた湯呑で茶を飲む。


「これ以上をそなたらに話す必要はない。エイリアンの対策はしかと予算を設けよう。そのスパイについても考慮はしよう。しかし裁判は受けてもらう。それでよいな」


 それは一方的な話題の切り上げであった。

 流石にその流れに対しては会議出席者の多くが動揺を見せる。

 一方で非を認め、もう一方で開き直る。それは奇妙すぎる対応である。

 納得のできるものではない。


(何なのこの人……)


 対するリリアンもアルフレッドの意図が読み取れない。

 それもそうかもしれない。目の前にいる男は何を言っても帝国の総司令官を十五年勤めあげた男であるし、年齢も前世界の自分とそう変わらない。ある意味、自分と同じような相手だ。

 この男はまだ何かを隠している。だがそれを話すつもりは毛頭ないという意思表示は見せている。


「エイリアンの艦艇の調査はどこまで進んでいる。それは我らの艦とどの程度違う。性能差を割り出し、帝国軍の装備に必要な改修を行うが良い。エイリアンの捕虜を徹底的に調べ上げ、生態を調査しろ。奴らの言語、文化を調べろ」


 同時に彼の提案は、拍子抜けするほどリリアンたちにとって有益である。


(考えても見れば、この男は前世界でもやる気が感じられなかった。はいはいと部下たちのいう事を聞いて、その通りにしていただけ……だから無能とすら呼ばれていた。だけど別の見方をすれば、安定もしていた)


 前世界の決戦でも、戦闘指揮を執っていた様子はなかった。直轄の参謀や神月の艦長が変わりに戦闘指揮をしていた気がする。

 だが同時に戦力を用意したのはこの男だし、予算を通したのもまた事実だ。

 事実、前世界でもエイリアンの存在が広く認知され戦争状態に陥った時、彼は戦争の妨害はしていなかった。


 だからよくわからない。どこまでも虚無で、打っても響きが帰ってこない鐘のような、当たり障りのない行動をしているような存在。

 その見方は今でも変わらない。そうなのだが、付け加えて得体のしれなさも感じられる。

 

(しかし、これ以上は引き際かしらね。あまりしつこいと逆に反感を買う)


 こちらの不利益にはなっていない。

 まだ知りたい事、語って欲しい事はある。だが、今日はここまでだ。

 むしろ今回の言質を取れたことを最大限に利用するべきであるとリリアンは判断した。

 逆に煙に撒かれたような気分もなくはないが、尻尾の先を掴めたと信じたい。


(それにこの男がそうまで隠したい事の裏側も何となく見えた気がする……)


 総司令官を任命するのは皇帝であり、彼を任命したのは前帝である。

 それはつまり、この両者の間で何かしらの密約があった事を指している。それは、恐らく今の皇帝も知らない事。


(大方、帝国が隠していた事実。移民船団関係の事だとは思うけど……)


 とはいえ、それらは既に情報としてリリアンらは持っている。

 ならそれ以外の事だろうか。それとも……その情報そのものはどこから漏れようが気にする程の事でもないというわけだろうか。

 それとも帝国は関係がない? 彼個人にまつわる秘密?


(まぁ、何にせよ。こちらの邪魔をしないというのであれば、それでも良い。あんな未来にならないのであれば、この人が無能だろうが悪人だろうか、秘密を抱えていようが……)


 だからこそ、リリアンはあえてアルフレッドの提案に乗るように進言した。


「ではアルフレッド総司令。対エイリアンの戦力として、無人艦隊の建造をお急ぎ下さい。帝国領域全てを人の力で賄う事は到底不可能。敵の戦力は不明瞭、されど敵は真っ直ぐにこちらに向かう航路を手に入れた。ですが、逆を申せばこちらからも攻めこめるという事です」


 その意見はとんでもない我儘にも聞こえた。

 相当の予算がかかる軍艦建造を急ピッチでやれと少将になったばかりの小娘が言い出すのだ。

 しかもそれは自分の戦力をもっとよこせという言葉でもある。

 だからリリアンはこれも付け加えた。


「敵の航路を遡り、我ら第六艦隊が無人艦艇を率いて敵を見定めます。同時に露払い、調査隊、先遣隊としての役目も果たしましょう」


  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る