第108話 光輝なる伏魔殿

 若き新たな英雄の出現。その熱狂はまだ続いていた。

 ニュースも宣伝も何もかもが白熱していた。だがそんな帝国臣民たちの熱狂とは裏腹に地球帝国の総本山でもある光輝なる守護者の塔は良くも悪くも静かであった。

 とはいえ若干浮ついている兵士たちが多いのも事実。エイリアンの艦隊を打ち破った第六艦隊の新たな旗艦エリスを間近で見られる機会はそうあるものではない。

 下士官は当然の事、佐官や将官であっても一目見たいという好奇心は抑えられない。


 しかもそのエリスのクルーの多くは美女だという。そういう下心もなくはないし、リリアンの美貌は自他ともに認めるものであり、それが宣伝や戦果による脚色と熱による過剰な認識であっても意識をするものは多い。

 それはリリアン自身が嫌っていたアイドル的な人気ではあるが、今はこういう扱いもまた必要である事を認識していた。

 だからエリスを降りて、タラップを渡る際にそれとなく手を振ってやれば若い兵士は男女問わず黄色い歓声を上げる。

 

「気楽なものね……」


 その呟きは歓声にかき消されるものだった。

 それに愛想を振りまいてばかりもいられない。リリアンはこれから伏魔殿とも呼ぶべき総本部の奥深くへと足を踏み入れるのだから。

 秘書としてはもうずっと付き合いのあるデボネアがおり、エリスにはヴァンたちが残る。

 少将の階級章を身に着け、それがさも当然の如くリリアンは颯爽と総本部へと入館する。


 警備兵たちが敬礼をすれば、リリアンもそれを返す。

 未だに好奇の視線を感じるものだが、それでも本部内部は比較的生真面目な空気が漂っていた。


「こちらです」


 案内を務めたのは若い女性士官だった。

 若いと言ってもリリアンたちよりは幾分か年上だ。それでも総本部にいるという事は相当なエリートだという事でもある。


 レオネルでの事も踏まえ、この総本部も実は巨大な宇宙戦艦である事はもうリリアンも理解している。

 と言うよりはレオネルの一件で大半の兵士は総本部の正体を理解したし、なんとなくそうだろうと思っていた者たちも答え合わせが出来たというわけである。

 何より総旗艦神月もまたロストシップである事がそれで白日の下に晒される形となったのは帝国軍としてもまぁまぁな悩みの種になった事だろう。


「ご活躍は聞き及んでおります」


 案内をする女性士官は本部内を移動する為のトラムラインに乗り込むと、リリアンらにそう話しかけた。

 巨大な本部を移動する為にはこのように各拠点、中継を行き来する為の小型の電車のようなものが備わっている。

 レオネル内部にも恐らくはあったのだろうが、稼働はしていなかった。

 

「あなた方は我々の憧れです。今後のご活躍も応援しています」

「ありがとう」


 会話はささやかなものだった。

 初任務はどんなものだったのか。遭難した時はどうだったのか。そして先の戦いはどう思っていたのか。

 質問される内容は大体同じだった。

 必然的に受け答えも似たようなものに落ち着く。

 それでも彼女は目の前の英雄との語らいに感動していたらしく、満足気だった。


「今日はお会いできて本当に光栄でした。リリアン・ルゾール少将」


 彼女はトラムラインから降りる事なく、次なる案内兵士に後を任せ、敬礼をして別れる。

 そうしてたどり着いたのは総本部の中央。巨大戦艦を内包をする心臓部。

 総旗艦神月の威容が眼前に広がっていた。エリスとは打って変わって王道で、無骨でシンプルな艦船といったデザインはまさしく戦艦の王と言っても過言ではないだろう。

 しかし、今の神月は宝の持ち腐れ。前世界でも主砲を放つ事なく沈んでいた。

 光子魚雷の直撃を受けたのか、それとも別の要因があったのかは、もうリリアンとしてもどうでもいい思い出となっていた。


「しかし、改めて総旗艦を目の当たりにするとちょっとは感動するわね」


 それはリリアンのちょっと素直な感想でもあった。

 なんだかんだカメラ越しにしか見てなかったものだからだ。


「き、緊張しますね」


 一方のデボネアは気がつけば軍の総本部にして総旗艦に足を踏み入れるという恐れ多い事実に緊張していた。


「そう? 私たち、皇帝陛下の妹君とも結構な付き合いをしているし、私たちの艦だってロストシップよ?」

「それはそうなんですが、別の緊張と言うか。これから、各主力艦隊の司令官とか、軍の上層部の人たちと顔合わせするって考えると、どうしても」

「大丈夫よ。父もいるし、ポルタ司令だっているわ」

「そ、そういう問題じゃないですよぉ」


 彼女の気持ちも分からなくはない。

 これまで接してきたのは好意的な人々ばかりだったが、これから顔を合わせるのは一癖も二癖もあり、こちらを疎ましく思っているかもしれない者たちだろうから。

 それに、リリアンとしてもやっと総司令官であるアルフレッドと顔を合わせる。

 前世界であっても、直接会う事はなかったし、そもそも父や世間の評判以外での人となりを知らない。


「まぁ、今日は挨拶みたいなものだし。気楽にいきましょう。大丈夫。確かに私たちは異例な待遇でここにいるけど、立場は同格よ」


 たった一年で少将へ昇進。それがどれほど異常なのかはリリアンとて分かっている。

 それを快く思っていない連中が待ち受けている事も分かっている。

 だが、それらを相手にしなければ、本当の意味で未来を変える事など出来ない。


「さ、行くわよ」


 リリアンとデボネアはそのまま案内を受けて、神月へと乗艦する。

 和装に彩られた艦内。和風趣味な事は聞いていた。風光明媚で艶やかなのは認める所だが、これはこれで少し度が過ぎている様にも感じられる。

 艦内の扉も見てくれだけは障子のように絵が描かれているのを見て冗談だろうと思う。

 それに流れてくる川のせせらぎのような音、土や葉の香り。思わず別の場所にいるかのような錯覚を受ける。


「ここ、本当に戦艦の中なんですか?」


 デボネアの疑問も最もだ。

 よもや同じような感想をヴェルトールたちも抱いていたとは彼女たちも思うまい。

 そして、宴会場と称される会議室にたどり着くと、無数の視線がリリアンとデボネアを突き刺す。

 その殆どは彼女たちよりも圧倒的に階級が上の者たちであり、主力艦隊を束ねる司令官や各種部門のトップたち。

 その中には父であるピニャールが額に汗を流して、ソワソワしているし、ポルタ司令も若干の居心地の悪さを感じているのか不満げに目を閉じて座っている。

 何より異質なのは、真正面の上座に当たる場所に座る和装の老人。価値を理解しているのかどうか謎な掛け軸や模擬刀を飾り、会議室内に作られた庭の枯山水を眺める男。

 総司令官アルフレッドの姿をやっと目視出来た。


「皆々様、お初にお目にかかります」


 リリアンはそんな彼らをざっと見渡すように視線だけを動かし、胸を張って前に出る。

 敬礼と共に口上のように所属と階級を名乗る。


「この度、皇帝陛下より第六艦隊司令及び少将を任されたリリアン・ルゾールと申します。いまだ若輩者でございますが、どうぞお見知りおきを」


 疎らな拍手。良いからさっさと席につけと言わんばかりの重圧を受けながらも、リリアンはそれを跳ねのけるように、歩み出る。その後ろをデボネアがまるで小動物のようについて来ていた。

 彼女たちの席はそんな将軍たちのただなか。空席になった第六艦隊の席。両隣には第五、第七艦隊の司令官が座している。


 当然、両者からはぎろりとした視線を向けられるが、リリアンは気にしなかった。

 この者たちが中将であろうと、艦隊司令という立場だけで言えば同格なのだ。

 気を遣う事もなく、着席すると、アルフレッドの傍で控えていた秘書らしき兵士が耳元でささやいているのが見えた。

 それを受けて、やっと電源が入ったかのようにアルフレッドが動き出し、もごもごと口を動かす。


「揃ったか」


 アルフレッドは一体どこを見ているのかわからない表情で言葉を発した。

 それに続くようにピニャールが資料を手に会議の開始を告げるように話し始める。


「それでは皆様。新たな顔ぶれでの初めての会議を──」

「その前に一つよろしいかな皆様」


 ピニャールの言葉を遮るように一人の男が挙手をして、声を上げる。

 野太く力強い声は第二艦隊司令シュワルネイツィア中将のものだった。

 二メートルになるかどうかと言った巨体と軍人らしい鍛えられた肉体。精悍な顔つきは六十代とは思えなかった。


 七つの主力艦隊、その第一艦隊に座するのは総司令官であるアルフレッドであるが、彼はおいそれと前線には出ない。

 そうなると必然的に第二艦隊がまとめ役を担う事になる。

 その自負を理解した態度は一瞬にして場を支配していた。


「至急、議題に上げるべき事がある。スパイ……裏切者の処分についてだ」

「シュワルネイツィア中将。その件も含めてこれから会議を……」

「リリアン少将」


 ピニャールを無視してシュワルネイツィアは立ち上がり、リリアンを睨みつけるように見る。


「即刻、捕らえた裏切者を帝国裁判所に出頭させ、しかるべき判決を下すべきだ」


 その発言に何人かの艦隊司令たちが頷く。

 ピニャールは額に汗を流し、ポルタは瞳を閉じたまま事の成り行きに身を任せる。

 視線が一斉にリリアンへと向けられた。


「裏切り……はて、なんの事でしょう?」


 だからどうした。

 まるでそう言いたげにリリアンは憮然と言い放つ。

 若干のどよめきが会議室を揺らす。


「私が【保護】したのはサラッサという種族に虐げられ、使い捨ての道具として利用されたかつての同胞たち……その子孫であります。数千年に及ぶおぞましい歴史を刻んだ仲間であります。確かに一度は手先となった、しかしそれはやむにやまれぬ事情から……彼らはSOS を発しました。我らに助けを求めました。それはもう十五年も前から……惑星シュバッケンで」


 リリアンはシュワルネイツィアなど見ずに、会議に関心をひいていないアルフレッドを見ながら続けた。


「確かに、彼らはスパイと言うべき行為に手を染めた。それは事実でしょう。ですが、彼らがそうせざるを得ない状況になったのは、なぜか。その真実を追求することも必要でしょう? ことの発端は、全て十五年前。一体何があったのか、そろそろ教えてくださいまし、総司令官」


 リリアンも立ち上がり、そして糾弾するように言い放つ。


「ことは、我ら人類の誇りの問題になろうとしているのです! お答えください!」

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