第106話 異例尽くしの昇進劇

 一週間をかけて第六艦隊は地球へと帰還した。

 【偶発的】な戦闘とはいえ、エイリアンを撃退し、敵戦艦を鹵獲し、捕虜を手に入れた。民間にはまだ知らされていない内々の話ではあるが、スパイも捕らえた功績は大きい。

 少年少女が多数所属する新たなる艦隊は熱狂と共に受け入れられた。

 その熱の入りようは異常とも見えたが、帝国としては不都合な事実を隠す為にあえて過剰に盛り上げているのだろうという事はすぐにわかる。


 同時に初めて公開されるエイリアンの正体はかなりショッキングな内容だったらしく、明らかに開示された情報には検閲が入っていた。少なくとも雌雄同体であるとか、その辺りの事は伏せてあった。

 実際、民間人にはまだ必要のない情報であるし、熱狂の中でさらにそのような情報を提示するのはどんな化学反応を起こすのかわからないからだろう。


 そして案の定というべきか、増えに増えた帝国臣民の中には反戦活動家たちも何割かいるわけで、そこに現実の見えていない理想家たちも合流して、エイリアンと和平を結ぶべきというプラカードを掲げての行進もたびたび見られた。

 その光景はまさしく平和と言っても良い。少なくとも前世界でそんな事をすれば容赦なく銃殺されていた。


 リリアンとしても、できる事なら平和的な解決を求める所である。落としどころとしてはまぁ妥当な線である。とはいえ人類の末裔たちの情報を提示すればそのような反戦デモは一瞬でなりを潜めるかもしれない。

 やはりタイミングは重要である。ここで一気に熱に浮かされたまま戦争を続けて敵を殲滅しろ等と言う状況には持っていきたくないのだ。

 なんにせよ、帝国の兵士の質はまだ完全には高まっていないのだから。

 地球帝国はやっとその準備期間と現実を喉元に突きつけられ、急いで準備を進めなければいけないのである。


「それでも、対外的なパフォーマンスは必要ってわけか」


 久しぶりの地球への帰還を果たしたリリアンはフィンランドの宮殿にいた。

 理由は戦勝パーティーである。デボネアの言う通り、その程度でこんなものを開くのはいかがなものかと思うが、それでも積み重なった状況を鑑みれば妥当でもある。


 月光艦隊の頃の功績も含めれば事実、リリアンの行ってきた事は異例なものばかりだ。ロストシップを操る海賊の撃退もそうであるが、エリスの発掘、そして今回のエイリアン騒動。ティベリウスも含めればさらに増える。

 もはや逃げられないわけだ。いくらリリアンがメディアへの露出を嫌っても、皇帝陛下直々のお褒めの言葉を受け取らないわけにはいかない。


 いつぞやのパーティーの時と同じく、著名人や将軍たちが既に会場にひしめき合っており、盛大で豪華な催しが成されていた。

 メインとなるステージには豪奢な椅子とテーブルが並べられているが、そこにはまだ主はいない。

 皇帝陛下クライフトとその家族である。

 つい先ほどまではいたが、彼らは次なる余興の為の準備をするために着替えに行ったのだ。


「ルゾール様」


 パーティー会場にて、軍服姿のまま待機していたリリアンのそばに宮殿務めの武官がやってくる。


「そろそろ、ご準備を」

「わかりました」


 武官に連れられ、リリアンは宮殿のとある一室へと案内される。そこには数人の女官たちが待機しており、いくつもの化粧用品や理髪道具などが並んでいる。つまり、おめかししろというわけだ。

 と言うのも、この後に行われる余興の主役はリリアンだからだ。


 内容は若き英雄の昇進。リリアンはこれまでの功績とそして代理であった艦隊司令を正式に任命される事となる。

 そうなると、現在の階級ではいささか問題が発生する。代理を任命するのですら本来なら難しい所だったのだが、今回は状況による後押しもあり、リリアンは弱冠十九歳にして少将へと任命される。


 それが明らかに政治的な意図を含んだパフォーマンスである事はリリアンも理解している。そうでなければ小娘に少将と言う地位を与えるわけがない。

 同時に主力艦隊にこれ以上空きを作っておくわけにもいかないし、失われた戦力の代わりとなるものを遊ばせておく理由もない。

 エイリアンの襲撃は事実起きてしまった以上、帝国は「備えは万全」、「新たな英雄」というもの見せて臣民を安心させたいという目的もある。


 そんな事を考えながら、リリアンは式典用の軍礼服に着替えさせられた。

 女性士官用のそれはスカートやドレスではなくズボンタイプのものだが、ほんの少しだけ華やかさもある。

 長い金髪はシニヨンタイプにまとめ上げられ、頬に薄いチャーム、口紅も塗られて準備は出来た。

 あとは皇帝側の準備が整うまで待機する事になる。

 武官も女官も退室していった部屋で、リリアンは意味もなく窓際に移動して外を眺めた。


「少将か……七十九歳に追いついてしまったわね」


 そうぽつりとつぶやく。

 少将と言う階級は前世界で自分が死んだときのものだ。

 なんとも実感が湧かない。かつてのそれは年功序列と取り合えずその程度の地位を与えて飼い殺しにするという目的の為だけのものだった。


 授賞式もない。賞賛するものもいない。ただ一枚、紙切れだけが送られて終わった話。

 それが今はどうだ。大勢の前で、皇帝陛下から直々に授与される。

 凄まじい熱気に迎えられ、功績を称えられる。

 それを不思議と言わずしてなんと言うべきか。


「不思議な事に嬉しいという感情が湧いてこない」


 むしろやっとこれでスタートラインだという感情の方が強い。

 将官になれば、多少の権力が持てる。無茶も通せる。部下の配置だってこれまで以上に幅が聞くだろうし、陳情要請もそれなりには配慮される。

 何より世論が味方に付く。これは大きい。

 これも前世界とは正反対だ。かつては罵声を浴びせられ、いつしかは見向きもされなくなった。


「怖いぐらい何もかもが正反対。うまく行きすぎている?」


 そう自問したくなるのも無理はない。

 それでもあと数分もすれば自分は少将となる。

 異例尽くしの昇進。

 でもこれで総司令官に手が届く。


「リリアン・ルゾール様」


 ノックの音と共に式典用の儀礼服に身を包んだ武官たちが姿を見せた。

 ついてこいというわけだ。

 いつの間にか真っ赤な絨毯が敷き詰められた廊下。ひたすらその上を歩いていくと、遠くなっていた管楽器の演奏が大きくなる。

 同時に人々の声も戻ってきて、熱気を再びその身に受ける。

 数人掛かりで開ける大扉。それが開かれると演奏と歓声、そして拍手がより一層激しいものとなる。


「リリアン・ルゾール嬢、前へ」


 司会進行を務める老年の武官が声高らかに発言すると、リリアンは大勢の拍手に迎え入れられ絨毯の上を歩く。

 よく見ると、観客の中には第六艦隊の面々がいたが、そこにステラやヴェルトールの姿はなかった。

 メインステージの上にはゼノンやフィオーネ、レフィーネも並んでいた。

 特に皇妹二人は小さく手を振ってくれる。


 中央には久々の顔合わせとなるクライフト皇帝陛下とその家族。

 そして軍人たちが集まる列には主力艦隊の司令官たちの面々と総司令官であるアルフレッドの姿もあった。そのすぐそばには父であるピニャールもいて、母もいる。二人して大げさに涙を流して感動しているのを見ると、リリアンとしても少し気が楽になる。


 そんな気持ちで絨毯を歩き、リリアンは皇帝陛下の御前に立ち、傅く。

 するとクライフト皇帝は優しい声をかけてくれた。


「此度の功績、誠見事であった」

「はっ! 皇帝陛下のご威光をさらに宇宙へと知らしめる事ができ、私自身も光栄であります」


 この辺りのやり取りは大体決まった言葉が用意されている。


「面を上げよ」


 この許可を持って、リリアンは皇帝陛下と顔を向き合わせ、立ち上がることが出来る。

 気が付けば音楽は止み、人々も黙ったままだ。

 厳かな雰囲気を漂わせていた。


「リリアン・ルゾール。貴殿の活躍を称し、ここに帝国少将の位を授け、第六艦隊司令へと正式に任命するものとする」


 皇帝陛下の言葉と共に万来の拍手が鳴り響く。


「これからも若き力、溢れる才能に期待するぞ。リリアン少将」

「はっ!」


 リリアンは最敬礼で答えた。

 そしてその姿勢のまま、ちらりと軍人列を見る。眠たげなアルフレッドがいる。


(さて……次は軍事会議ってとこかしらね)


 まだリリアンの仕事は終わらない。

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