第105話 この戦いの終わりはどこにあるの?
それから第六艦隊は中継地点でもある植民惑星コロニー・ガクソンと到着して、補給艦隊と合流を果たし、休息を得る事が出来た。
しかし艦長クラス、司令クラスの人間はそうでもない。
既にガクソンへは知らせを受けた第四艦隊が全艦隊を率いてやってきた。それは他の主力艦隊に先駆けての到着であった。
もし他の艦隊が来ていれば色々とややこしい事になっていたのだから。
捕虜の扱いもそうだが、スパイとして拘束したリヒャルトとフリムの身柄をよそに引き渡すつもりもなかった。事情を知る第四艦隊のポルタだからこそ話もわかるのであって、他の艦隊司令では恐らくは面倒臭い押し問答が続いて仕事が進まない可能性の方が高い。
何よりこのタイミングでなければいけない事情もいくつかあった。
それは第四艦隊が連れてきた従軍記者の存在である。つまり真実のいくつかをこのタイミングで人類に知らせる。
それはかなりの荒治療でもあり、ショッキングな内容を含まれている。
だが、上層部がひた隠しにした事実の一つ。何より多くの帝国臣民が知りたがっている情報でもある。
それを華々しい戦果と共に開示することは第六艦隊の評価を大きく向上させるものとなる。
旧第六艦隊の仇を討ち、若い兵士たちで成し遂げた大偉業。そこに捕虜の存在と生きたエイリアン、敵戦艦と言う手土産は大きい。
それでも、リヒャルトとフリムの件を公開する許可だけは出せなかった。
ここはまだタイミングが悪いからだ。
「エイリアンの呼称は決めていません。重要な事ですし、若輩者の我々がナントカ星人と勝手に呼んでいいものではないでしょうから。それに、我々はエイリアンを捕虜としましたが、そのコミュニケーションには難があり、彼らからどこの星系に属しているかなどの重要な情報は未だにえられていないのです」
従軍記者をエリスの会議室へ招き、そこでリリアンは取材を受ける事になった。
まるで記者会見のような光景だった。以前にも似たような事はあったが、こういう雰囲気はやはり好ましくない。
それでも嬉々とした好奇心にあふれた記者たちはうまい事こちらの都合の良い記事を書いてくれるに違いない。
多少のゴシップも混ざるだろうが、それもまた良いスパイスになる。
とにかくリリアンがこの取材で務めたのは戦果の報告であった。
「残念な事に皆様にエイリアンの詳細をお教えするのは少し難しいのです。軍事機密という言葉もある通り、私もこのような風体ですが軍人です。軍人は規則を守らねば首を刎ねられるのです。ですので、今お話しできる事は非常に少ない。ですが、我々は襲い来るエイリアンを撃退し、敵を捕らえる事に成功した。そして敵の姿をこの目で見る事が出来たのです」
リリアンは「気分がすぐれない方がいらっしゃいましたら、医務室へ」と注意しながら、投影モニターに画像を表示するように合図を送る。すると捕虜室で隔離したエイリアンの紫色の姿が映し出され、記者たちからは悲鳴が上がった。
同時に映像に切り替わり、海兵隊の護衛の下、ヴァン副長が尋問を行う動画へと切り替わる。
【人権】に基づき暴力的な行為は一切行われていない尋問風景だ。
それでもエイリアンは瞬きもせず、黙ったまま。時折、吐息のような行動を繰り返していた。
記者の一人が「これは合成ではありませんか」と確認するように訪ねてきた。
リリアンは「ご所望でしたら面会も可能です」と答えると、記者はそれが真実である事を理解したらしく「結構です」と答える。
中には敵戦艦の内部を撮影したいと申し出る記者もいたが、それは機密以上に安全面の観点から許可は出来ない事を伝えた。
しかし外から写真を撮る事だけは許可した。本来であればこれも許可は難しい所だが、この程度であれば無茶も通せる。
その後、取材自体は一時間程度で終わった。
衝撃的な取材内容を手に入れる事が出来た時点で記者たちは満足であるし、センセーショナルな記事になると喜んでいるのがわかる。
そんなある意味ではのんきな記者たちを眺めながら、リリアンはやっと大きな仕事が始まった事を理解する。
記者たちが送迎用のシャトルに乗ってエリスを去って行くのを見送ると、リリアンは少し肩の荷が下りた気分だった。
「お疲れ様です」
秘書のような役割も務めていたデボネアがねぎらいの言葉をかけた。
「まだよ。これからまた忙しくなる。地球に帰ったら、まぁ多分戦勝パーティーでも開くでしょうね」
「この程度で、ですか?」
「若い兵士がエイリアンの艦隊を討ち破って捕虜を取った。これほど政治的に利用したい戦果はないでしょう。ロビー活動としても必要な事よ」
リリアンは踵を返して、通路を進む。
デボネアもその後に続いた。
「そして私としてもこれは狙っていた事。こうする事で私たちの支持は高まる。発言力だって増す。お近づきになりたい政治家たちも利用すれば、帝国軍内での立ち位置も変わるわ」
「接待とかしなくちゃいけないんですか?」
デボネアは不服そうだった。
「逆よ。あちらが私たちを接待するの。せいぜい利用してやるといいわ。それに、面倒臭い相手はレフィーネ様たちが遠ざけてくれるでしょう。今回の一件で、皇妹殿下お二人の見方も変わる。皇位継承権はさておいても公人としての影響力は強くなるから」
「これで、総司令官へのアクセスも近づいてきたという事ですか?」
「その通りよ。そろそろ眠っている老人には起きてもらう時が来たし、人類にも多少の覚悟を決めてもらう必要がある。私たちはまだ真実の一端しか説明していないのだから」
かつて地球を脱出した人類。その末裔が辿った運命。
利用され続けている者たち。その事はまだ公表していない。
これはある意味で切り札だ。
「フリムや……リヒャルト少佐の事もありますものね」
デボネアは表情を曇らせた。
彼女にしてもフリムの正体にはショックが大きかったようだ。ステラを通じて仲良くしていた。それがこんな結果になってしまい、彼女としても受け止められるキャパシティを超えている。
それにフリムやリヒャルトが語った内容も。
「いくら何でも酷すぎます。そりゃ、過去の人類が酷い事をしたのかもしれませんけど、千年以上も経ってそんな実験動物みたいな扱い……」
「その点に関してだけ言えば人類も偉そうな事は言えないわよ。ただまぁ、残念ながら今の状態ではエイリアン連中とは相容れない存在である事だけは確かね」
「和平を考えているのですか?」
「必要ならね。それは相手の出方次第でしょう。でも、連中にそんな気は一切ないかもね」
そうでなければ、前世界で六十年近く戦争は続けない。
(連中があんなにも長く戦争を続けられた理由はクローン技術のおかげ。それはわかった。だとすれば、長期戦は人類にとって不利になるかもしれない)
前世界においては主力艦隊の殆どが壊滅した結果、いくつもの植民惑星が奪われた。そこの住民がどうなったのか、今はやっとわかる。考えたくもないが実験に使われたか、解剖されたかだろう。
その後、連中が繁殖能力を取り戻したかどうかは知らない。ただ倒しても倒しても消える事のない兵力に人類は追い込まれ、ステラによる無人艦隊の配備でやっと互角に持ち直したのも束の間、戦線を維持するだけで手一杯になり、政治不信と乱心による粛清の嵐が巻き起こって社会が混乱した。
(だけど今は違う。あの時よりも状況は良い。三年早いけど、私たちは敵の詳細を知る事が出来る。今ならまだ互角に戦う事が出来る)
既にリリアンは次なる戦略を練っていた。
それは戦闘行為ではない。戦争の大義を見出す事についてだった。
彼女も長々と戦争を続けるつもりはない。それが無駄な事だというのは理解している。
だから目標を定める必要がある。敵の殲滅と言うのは実際の所、現実的とも言えない。
だが解放ならどうだろうか。
人類の末裔を解放する。少なくともそのお題目があれば、戦意向上にはつながる。
何より囚われの仲間を助け出すというシチュエーションが良い。果たして彼らがそれを望んでいるかどうかは関係ない。
(それでも、終わりを定めなきゃ、戦いは永久に続く……それじゃ前と変わらない。落としどころを見つけるのもまた戦争なのだから)
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