第104話 話もしなければわかるわけもない
「ティベリウスの時、私に初めて声をかけてくれたあなたの優しさは嘘でも演技でもないと思っているわ。ステラを心配する姿もね」
「……私をさっさと殺しなさい。どうせ、真実はあの裏切者がべらべらと喋るでしょう。あいつはそっちに協力的だもの。私の存在価値はもうないわ」
フリムは頑なだった。
どうやら自分では何を言っても刺激するだけらしい。
実際、だまし討ちするような形で尻尾を掴んだのは事実だ。最初に彼女がスパイ活動をしていたという建前を取り除いても、確かにちょっと意地悪な方法だったかもしれない。
敵にわざと虚偽情報を送り付け、のこのこやってきたのなら殲滅して、一部を捕虜。結果はどうあれ、艦隊に潜むスパイの価値は敵にとって消失する。
通信回線を解析され、あまつさえ利用されたのだからスパイの存在がバレた事を意味するのだから。
「リヒャルトの事ね。心配ではないの? 一応、義理の兄なんでしょう?」
フリムの存在が浮上すれば、当然その嫌疑はリヒャルトにもかかる。
実際の所は、この二人がどこか怪しいという事はリリアンは掴んでいた。ニーチェの解析もそうだが、皇妹二人を第六艦隊に連れた時点で、何かしらのアクションを起こす事はわかっていた。
近い場所で通信を傍受すれば、流石に逆探知ぐらいできる。
それとなくヴェルトールにも伝えておいた。彼もまたそれを了承し、リヒャルトの事は任せろと返した。
「遺伝子提供者同士がそういう関係だっただけよ。秘密を一つ教えてあげた。これで満足かしら」
「まぁそうね。実際、詳しい話はリヒャルトから聞けばいい」
ヴェルトール曰く、リヒャルトは協力的だという。
フリムは彼の事を裏切り者と罵った。どうやらスパイ同士、兄妹同士、一枚岩ではないらしい。
そうなれば、敵の情報に関する内容はリヒャルトを通せばいいだけだ。
それでも、リリアンはフリムとの対話を望んだ。
いつか見た夢。ステラが誰を撃ち殺す夢。今ならわかる。彼女の目の前にいたのはフリムだ。
なぜそんな夢を自分が見たのかはわからない。それは単なる空想で、偶然かもしれない。だとしても、気持ちの良いものではなかった。
親友同士が、殺しあうなどと。それに、あれはお互いにとって不幸な決着だと思う。
「はっきりと言うわ。私からすれば、エイリアンとの戦いに勝利してより良い未来を得たいという方が重要なの。でもね、それだけじゃ納得のいかない問題もある。あんたは自暴自棄になってればいいわ。私は別に構わない。でも、それじゃすまない子もいるのよ」
「何が言いたいの」
「ステラはどうするつもり。あんたはあの子と仲が良かった。それが打算なのかどうかはどうでもいい。だけどね、あんたと親しかったという状況は、彼女にすら嫌疑がかかるのよ」
「フン……浅ましく、愚かな人類の極みね。疑い尽くして自滅すれば良い」
フリムはもう惰性で答えていた。
「冗談じゃないわ。私は私で成し遂げたい事があるの。その為にはステラが必要だし、あの子にこれ以上辛い思いをさせたくない。その為にはあんたにも相応の態度と立場ってものを理解してもらう必要があるのよ」
「拷問でもすればいいわ」
「悪いけど、私はそういう面倒な事はしないわ。やり方も知らないし加減も知らない。だけどあなたにとって最も効果的な方法ぐらいは思いつくわよ」
リリアンはそう言いながら、席を立つと出入口の扉の前に立つ。
「……何をするつもり」
そう問うフリムであったが、彼女も頭の良い少女だ。
大体何が起きるのかぐらいは察している。同時にそれはリリアンの言う通り、間違いなく自分にとって効果的だろう相手だ。
だとすれば、本当に性格が悪い。
「できれば本音で話し合ってもらいたいわね」
リリアンは扉横のスイッチを押して、扉を開ける。
すると、目の前にはステラが立っていた。その表情は困惑と焦燥に満ちており、どうしていいのかわからないと言った風だった。
リリアンはそんなステラの肩に手を置いて、そっと囁く。
「情報を聞き出そうなんてしなくていい。話したい事だけ話なさい。気が済むまで」
それだけ伝えて、リリアンは部屋を後にした。
扉が閉まる。完全防音の為、これでもう中の会話は聞けないだろう。念のため、監視カメラは付いているし、強化ガラスを撃ち破れるような装備もない。
「はぁ……」
リリアンはほんの少しだけ肩を落とした。
スパイを見つけた。それは当初の目的の一つだったし、達成できた事を喜ぶべきなのだろうが、それでも気が重たかった。
二人もいるとは思っていなかったし、優秀で優しい子だと思っていた。その内に秘めた暗い感情を見抜けなかった事もショックだが、それ以上に艦隊にスパイが潜んでいたという事実は明るみに出すとそれはそれで面倒くさい。
今回手にした功績とは別案件でねちねち文句を言われる可能性だってある。
とはいえ、それも織り込み済みだ。それすらも飲み込めずして未来など変えられるはずもない。
「それに、重要な事もわかった。敵はエイリアンである事が確定、そして人類の技術やそのクローンが利用されている。移民船団がどんな目にあったのかは想像に難くないって感じかしらね」
何であれ、アルフレッドを追求するネタは手に入った。
あとはフリムとリヒャルトを引き取った家族やその背後関係を洗い出してどれだけの情報が流出しているのかの確認もしなくちゃいけない。
やる事はまだたくさんある。何より、スパイと判明した二人の身柄をどうこちらで確保し続けるかだ。
この二人の存在は単なるスパイではない。貴重な情報源でもあるし、仲間の親友だった者たちだ。
そして……自分の推測が正しければ、二人もまた犠牲者。
「そろそろ人類は秘密のヴェールを脱ぐ時が来たってことよ」
隠された真実が明るみに出るのは近い。
それは前世界から続く謎でもある。六十余年の間、どこかでくすぶり続けていた真実。戦争の真実。それら全てがわかる。
わかった後はどうする?
決まっている。多少はマシな未来を求めるだけだ。
***
一方、二人きりとなったステラとフリムの間には沈黙が流れていた。
両者ともに視線を合わせる事が出来ず、未だに会話を交わされていない。本来であれば、この二人を一緒にする事は出来ない。嫌疑もそうであるが、危険性もある。
それでもリリアンは二人を引き合わせた。それは確かに残酷な手段でもある。
一方的にお互いの真実を突きつけるようなものなのだから。
だが、ひた隠しにする事も出来ないし、それなら形はどうあれ本音をぶつける方がマシだった。
「なんだか……よくわかんない事になっちゃったね」
意を決したように、ステラが言葉を紡いだ。
一瞬だけだが、フリムは視線だけを向けたが無言だった。
「その、何て言って良いのかわからないんだけどさ。何か理由でもあるの?」
当たり障りのない言葉を探すように、ステラの口調はたどたどしい。
「エイリアンの事とか、色々聞いてる。でも、そこにフリムやリヒャルトさんがいるのって不思議だし、ニーチェが教えてくれた過去の移民船団の事とかもあるし」
「大体の想像は付くでしょ」
フリムから帰ってきたのは投げやりな言葉だった。
それでも反応が返ってきた事がステラには嬉しかった。
「話してくれなくちゃわからない」
「尋問のつもり?」
「友達の事を知りたいだけ」
「プライベートの事は話す必要はないわ」
「あなたは私の事をたくさん知ってるじゃない」
そうステラに返答されるとフリムも言い返せない。
何度も世話を焼いてきたのは事実だ。
「フリムは私の家族の事、工場の事、従業員の事も知ってる。私がシュバッケンからの出戻りだって事も知ってる。私の夢も、私の好きな食べ物も、好きな人も知ってる。でも、私はあなたの事、何にも知らない。それでも良いと思っていた。でも今は不公平だと思ってる」
彼女には色んな事を相談してきた。
「生きていく上では必要ないわ」
「ある。私はもやもやとしたものを抱えたくない。それに……もしあなたのせいでみんなが傷ついたら、私は……何をしでかすかわからない。そんな事はしたくない。友達に」
ステラは一歩も退かない。
そしてフリムは思い出した。
この子は、とても頑固だった事を。恐らく、自分が納得する答えを言わない限りが何時間も留まる事だろう。
それはそれで、面倒な話だ。
だから、語る。
「簡単な話よ。何千年も前に、馬鹿な一団がありもしない夢を求めて宇宙の果てに逃げた。理想郷なんてどこにもないのに、新天地はあると謳いながらあてのない旅を続けた。そしてたどり着いた先で……侵略戦争を行った」
フリムの言葉をステラは黙って聞いていた。
「結果は御覧の通り。当たり前よね。着いてきた軍人なんて全体を通してみれば少ない。装備はあってもまともに運用できるわけもない。長い旅路にみんな疲れていたんじゃない? 馬頭星雲にはね、人類以外の知的生命体がいた。でも共存関係を結ぶことは出来なかった。お互い、見た目が気持ち悪いと認識した。そうなれば不幸な事しか起きないわ」
フリムは自嘲するように続けた。
「中には人類を裏切って相手に着く者もいた。どっちにしろ疲弊していた人類に勝ち目はなかった。そして……私たちの遺伝子提供者はただクローンを作るだけの苗床になった。私が一体何人目のフリムなのかは知らないわ。私以外にもフリムはたくさんいるもの。いえそもそも……私は本当に数千年前に生きたフリムのクローンなのかしらね」
それはまるで自分自身に問いかけるような言葉だった。
「何千年も前の遺伝子提供者の本体はもう失われている。私たちはクローンのクローン。遺伝子情報が擦り切れて、エラーだって起こしている……それ以外はどうなったか知らないわ。何かの実験に使われたって聞く程度。もう何千年も前だもの。興味もない。でもね、連中は違うの。あいつらは……進化の袋小路に入った。もうクローン以外で子孫を残せない。生殖活動が出来ないから。必要となったのよ。生殖器が」
「そ、それって……でもおかしいわ。それなら……その……フリムたちが……それに人類とエイリアンは……」
ステラは言葉を選んだ。
それに、エイリアンと人類は共存できない。異種交配は不可能とされていたはずだ。
「えぇ。だからかつての人類は実験に使われたわ」
フリムは淡々と語る。
「だって、私は……私たちは、純粋な人間じゃない。連中の繁栄を支える為の実験動物。出生率低下を補う為の実験で、作り変えられた。だから私は女でもあり男でもある。いつかの時代に、何代も前の私にそういう調整が成されたのよ。私は……女だけど女や男に子を植え付けられる。リヒャルトは逆に妊娠出来るわ」
ステラは絶句する。
生命倫理やそういう難しい話は分からない。
それでも恐ろしい話だと言う事は分かる。
「連中に雌雄の概念がないのは、やむにやまれぬ理由よ。人類で研究して、雌雄同体となり、子孫を残そうとした。でもそんな手段じゃ数百年程度の延命しか出来ない。だから結局クローンに頼った。でもすぐにそれも限界が来た。徐々に連中の生殖器は退化した。雌雄同体に無理やり体を改造した結果よ。だから連中は回帰を目指している。かつての男女の概念を取り戻す為にね」
「で、でもそれで成功するなんて思えないよ!」
だってそれでは生物学的におかしいじゃないか。
「だからと言って黙って滅びるつもりもないんでしょう。私たちは不可逆性、もう元には戻せない。かつての人類の遺伝子はない」
だから手に入れなくてはいけない。
古い人類を。
「連中にとってこれは滅びるかどうかの瀬戸際。私たちのような作り物じゃない。自分達に似せた偽物は要らない。もう連中のバイオ技術でも解決しない。だから……生殖活動が可能な人間の標本が欲しい。遺伝子を求めているのよ、連中は」
それは技術や進化の逆行とも言うべきか、それとも新たなる進化と言うべきか。
ステラには言葉が浮かばない。
「そして連中は恐れたわ。私たちの繁殖能力が高い事に。男女同性でも子供が出来るもの。ある意味で自分達の生命体としてのプライドが傷ついたのではなくて? だから私たちを奴隷にする。使い捨てる。クローンのみで存在を許され、数を管理される。必要となれば作って、成長させて個体の記憶と技術を転写して」
フリムは乾いた笑いをあげた。
「でもね、これは人類が蒔いた種よ。連中が地球を目標にしたのも、人類が連中を見つけたせい」
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