第103話 理屈では説明のつかない本音

 戦闘終結から実にまる一日が経過していた。

 第六艦隊はやっと一回目の帰還ワープを行っていた。戦闘宙域にはいくつかの探査ドローンを配置して、念のための監視を続ける。

 ドローンは半年間はそこで待機し、時間がくれば勝手に自壊するようにプログラムされていた。


 初の実戦。それも艦隊戦であり、一人の死者を出すことなく終わる事が出来たのは幸運である。本来であれば、若い兵士たちはもっと喜ぶべきなのだろうが、それを声に出して表現できるものは少なかった。

 それ以上に生きている喜び。そして砲火を交えたというどこか現実味のない真実とのバランスがまだうまく取れていないのだ。

 彼らにしてみれば、死に物狂いで、必死に上官たちの指示を実行していたという自覚しかない。


 もう暫く落ち着く事が出来れば、生きて勝利したという実感が湧いていくらか気分も楽になるだろうが、それは同時にまた同じような事が起きるという現実を突きつけてるようなものである。

 それが、自分たちが求めた仕事であり、夢見た宇宙の姿なのだ。

 それでも、中には艦隊勤務を降りようとする者だっている。


 理想と現実は程遠い距離関係にある。華やかなりし帝国軍はもはや入隊すれば生活を保障されるエリートの居場所ではなく命を賭けた戦場に送り込まれる本当の軍隊と化していた。

 それをいまいち理解できていなかったのだ。


***


 戦艦クラスともなれば一級品の医療設備が整っている。

 便宜上、医務室と呼ばれているが規模としては小さな病院であり、オペも出来るし、場合によっては薬品の調合なども行える。

 それほどまでの専用設備が整っていれば、当然解剖の一つや二つは容易に行う事が出来る。


 そして一日もあれば、エイリアンの死体のいくつかを検死する事だって出来る。

 生きているエイリアンは捕虜。どこまで条約を適応して良いのかはわからないが、許可もなしにメスを入れる事は出来ない。

 だから死体を使うのだ。それに、彼らはまた無言となった。アデルが行ったように脅せば口を割る可能性もあるが、それでは反感を買う事にもなるのでいったんは中止となった。


 それでも情報が欲しいともなればグロテスクな死体を利用しない手はない。死者への冒涜という言葉はあるが、それ以上に敵の情報を得る事は新たな死者を出さない為にも必要な行為であり、緊急性の高いものだからだ。


「我々人類とエイリアンは人の形をしている以外の共通点は殆どありません。肌の色、体液の色は皆さまの精神衛生を踏まえて表示しませんが、人類とは異なり紫色と緑色です。当然ですが皮膚組織やヘモグロビンなどの数値も異なります」


 戦艦フォルセティの会議室にて、医官と解析班が投影モニターに映し出された資料の説明をしていた。大半が数値データなのは報告書の作成が間に合わなかった為だろう。それでも緊急性の高い情報故にこうして報告を行っている。

 この会議はデータリンクを行い、全艦の艦長クラスに共有されていた。


「ではこの者たちは何なのか。ここではっきりとした情報を提示することは出来ません。殆どが推測ですし、異なる未知の生物の調査というものは一両日中に出来るものではない事を踏まえた上でお聞きください。推測も含まれていますので」


 医官はそのように付け加えた上で説明を続けた。まだ若い。それでもリリアンやヴェルトールよりは年上の二十二歳。それでも医官に抜擢された逸材だ。

 そんな彼の顔にも疲れが見て取れる。


「私は先ほど共通点は『殆ど』と言いました。つまり多少はあるという事です。人の形もそうですが、眼球や発声器官などは人間のそれと同じような働きをしている事がわかりました。また脳組織の容量も人間とほぼ同等……ですが未解明の器官がいくつかあり、それが何の機能を持っているかはわかりません」


 資料の殆どは殴り書きと言うか、急いで打ち込まれたのか、乱雑で簡素だった。

 それを補う為に彼は必至に言葉を紡いでいるというわけである。


「最も驚くべきは、彼らに雌雄の概念が薄い……一部は雌雄同体という事です。一応は、男性、女性らしき違いは確認できます。ですが、男性個体にも子宮や卵巣に似た構造の器官があり、女性個体にも精巣や前立腺などに似た器官が確認されています。ですが、全てというわけではありません。発達している者、していない者とでわかれています。ですが、共通しているのは全員、『生殖活動』には不向きな個体と言う事です」


 彼は「本当なら画像を見てもらう方が早いのですが」と付け加えながら、次の資料を提示した。


「恐らく彼らは雌雄が存在しないというよりは、どちらの性別も肉体に宿しているという状態です。乱暴な言い方をすれば個体が二つ揃えば繁殖活動が可能となる存在なのですが、当の器官が発達しておらず、どう見ても大人の個体ですら我々人間の観点から見ても幼児のそれなんです。発育出来ていないんです」


 その後も彼の説明は続いた。

 人類とエイリアンは混血は不可能であり、お互いの病気が移る事はないのだと言う。ならばなぜ同じ生活環境で行動できるのかは全くわからない。戦艦の設備とこの短い時間では解明するのは難しいという結論が出ていた。


「そしてこれが最も重要な要素です。偶然かと思ったのですが、今回採取したDNAや血液ですが……構造が殆どの確率で『同一存在』を示しています。そういった生物がゼロというわけではありません。なかには細かく違う数値もありますが、それこそが雌雄同体、そのどちらの要素が強く出ているか程度でした。はっきり言って、私はこの生物が何なのかを結論づける事は出来ません。しいて近しい存在を上げるのであれば……ナメクジやウミウシでしょうね。えぇ、彼らは哺乳類ではない」


***


 その報告を艦長室や会議室ではなく、隔離室で聞いていたのがリリアンであった。彼女のそばには一人の少女がいる。全身を拘束され、舌をかみ切らないように特別な器具を装着された状態。この状態でも言葉を発することは出来る。

 その少女は真っ白な姿をしていた。フリム・結城。医官の一人として、艦隊に参戦していた。

 そして今は、スパイ容疑者としてエリスにて拘束を受けていた。

 強化ガラスに阻まれた境界線。二人は椅子に座って対峙していた。

 リリアンは少なからずの困惑を、フリムは憎悪に満ちた暗い瞳を向けて。


「という事らしいのだけど、何か詳しい情報はそっちから教えてくれないかしら」


 リリアンはいつもの調子で尋ねた。


「馬鹿にして」


 フリムはそう吐き捨てた。普段の彼女からは想像もつかないような……いやこれが彼女の本質なのかもしれない。


「馬鹿にして、馬鹿にして、馬鹿にして!」


 拘束具で身動きは取れない。それでもフリムは叫んだ。


「私の事をずっと知っていたんだな! いつからだ! 嘲笑っていたんだろう!」

「あなたは誇っていいわ。私だってあなた達がスパイであると確信できたのはつい最近だもの。それでも……そうではないと思いたかった」

「ならどうするの。殺せばいいわ。私はいつでもあんたが死ねば良いと思っていた。あんたのせいでめちゃくちゃだ。全てがご破算だ!」


 フリムは瞳だけで相手を射殺すかの如き視線をぶつけてくる。


「誇っても良いとは言ったけど、同時にあなたは非常にウカツだったわ。今までは、歯車がうまくかみ合ってバレなかったのかもしれないけど……」

「お前が出しゃばってきてから計画は狂ったんだ」


 まぁその意見はある意味正しいかもしれない。

 なにせ、自分は前世界の知識と経験があるから、スパイの存在もティベリウスの遭難も知っていた。だから対応が出来たのだから。


「フリム。一つ言うけど、私は他のみんなほど優しくはないわ。でも殺す事もしない。慈悲からではないわ。あなたはまだ必要な存在だし、生かしておいた方が便利だから拘束しているの。その部分はわかって欲しいわね。それに……ステラのお友達でしょう?」

「あの子の名前を出すな。魔女め。貴様がたぶらかして、戦場に連れてきたんだ」

「随分とあの子に熱心なのね。どうして?」


 その質問を投げかけたとき、フリムは笑みを浮かべた気がした。


「どうして? 簡単よ。あの子を愛しているから。可愛いでしょう? あの子。だから、私のものにしたかったの。他の連中には渡さない。あいつらにだって渡さない。あの子は……泣き虫なあの子は、私のものだから」

「ふぅん」


 その発言をリリアンは聞き流すような態度を取った。


「スパイとしては中々だったと思うけど、悪辣さを演じるのは三流なのね。悪ぶるのはおよし」


 リリアンはピシャリと言い放つり


「本音を話しなさい。フリム。私はそれ以外を聞くつもりはないわ」

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