第102話 沢山ある中の一つの真実

 敵戦艦への外部からの攻撃は継続されていた。撃沈しない程度に、機銃や主砲部分を破壊し、逃げられないように推進機関を潰す。

 艦橋と思しき部分を攻撃しないのは艦長クラスの要人を確保する為でもある。

 さっさと潰す場合はここを攻撃すればいいのだが、今回の作戦はそれなりに高い地位にある者を確保したいというリリアンの要望もあった。


「海兵隊の進行具合は?」


 リリアンはモニターに映る敵艦を見つめながら、ヴァンに問うた。


「順調に制圧を行っているとの事です。現状、被害もわずか。海兵隊に死者は出ていないようですが、負傷者はいるようです」

「それだけ相手も激しい抵抗を繰り返しているってわけか……」


 内部に突入した以上、あとの事は海兵隊に任せるしかない。

 白兵戦が出来る者は少ない。全員、拳銃程度は使える。その程度の訓練は受けているのだから当然だ。

 しかし白兵戦ともなれば話は変わる。ライフルを構えて、敵の銃火を潜り抜けて前進するなど、並みの度胸と技術では行う事は出来ない。

 それを行うには、何千時間にも及ぶ過酷な訓練が必要だ。


「敵の増援が来る可能性もゼロじゃない。警戒は続けておいて」


 しかし、リリアンには確信があった。

 敵は味方を助けようとはしないだろうと。あっさりと見捨てるのだし、そこまで情に厚いとは思わない。

 それ以上に、敵の行動はいまいち理解に苦しむ事が多い。

 それは先の戦い、味方の駆逐艦や巡洋艦に向かって砲撃を行った事に関してもだが、そもそもスパイを送り込む手段に関しても雑さを感じる。


(どうにも、生命というものを粗雑に扱っている気がする)


 スパイを地球に送り込んだ方法。

 それがシュバッケンの崩壊に関わっている事は間違いない。そこで具体的に何がおきたのかは分からないが、随分と成功率が低いと思う。


(もしかして、死のうが生きてようが構わないとか? そうだとしても疑問は残る)


 その疑問も敵を捕らえる事で判明すればいいと願うばかりだ。


「それにしても……驚きです」


 ふとヴァンが呟く。


「海兵隊の報告を聞けば、本当に……人類以外の地球外生命体がいたのですね」

「……そうね」


 突入した海兵隊は敵と味方をそれだけで区別する。そのある種の鈍感さも必要となるが、他のクルーはそうもいかない。

 なぜなら多くのクルーはエイリアンの正体をかつて地球を脱出した地球人の末裔だと思っていたからだ。

 しかし、海兵隊から届く報告はそんな彼らの常識を悉く塗りつぶしていた。


 唯一、前世界でその事を知るリリアンだけが冷静でいられた。

 最年長のヴァンですら、少しショックを受けているのが見える。

 だが、中には嬉々としてその存在を受け止める者もいるらしい。


「艦長、海兵隊の諸君から画像や動画を送ってもらう事は出来ないのかい?」


 一応、まだ戦闘中なので本来なら艦橋に部外者は入れないのだが、皇妹の前ではそれを止める事は出来ないらしい。

 念の為の護衛を引き連れて現れたのはレフィーネであった。

 不謹慎ではあるが、彼女は少々不気味な笑みを浮かべていた。


「クルーの精神衛生を鑑みてあえて抑えています。もうじきすれば生のエイリアンをお届けしますので、それまで我慢して頂けませんか?」

「フム。まぁそうだな。いくら軍人でもスプラッターをいきなり見るのは堪えるというものか」


 この人は多分平気なんだろうなとリリアンは思う。


「フィオーネ様はいかがなさっているのですか?」

「あの子はこういうのには興味が無いからね。終わるまで待っていると言っている」

「今となってはそちらの方がありがたいのですが……」


 こちらも利用している手前、強く言い出せない部分もあるが、ついついため息の一つは出る。

 気にしたところで仕方がないので、リリアンは仕事へと意識を向ける。


「ミレイ、敵の歪曲波のサーチはどう?」

「ワープ方角の算出は完了しています。後は波長の流れとエネルギーの数値を検出出来れば大体のワープ距離を割り出せると思いますが、今から追いかけるのは難しいと思います」


 逃げた敵艦の追跡を任されていたミレイは着々と任務をこなしていたようだった。


「構わないわ。今すぐに追いかけようにもこちらは万全じゃないし、とりあえずの事が分かれば報告には困らないでしょう。デボネア、そっちはどう?」


 同時進行で別の任務も継続されていた。


「ほんの一瞬ですが、撤退した敵艦からの通信を傍受しています。やはり旧軍の通信回線と似たような波長でした。ただ……」

「どうしたの?」

「いえ……通信が行われた形跡はあるのですが、言語が確認出来ないんです」


 デボネアはまるで不気味なものを見るかのような表情を浮かべていた。

 通信回線は開かれていた。ならば何らかのコミュニケーションがあったはずだ。それに、こちらの虚偽情報を受けて敵はやってきた。

 ならば「地球の言葉」は通じているはずだ。

 それなのに、敵艦の通信には言葉が無いというのは確かに不思議である。


「何か暗号通信のようなものを送っていた可能性もなくはないけど……」


 例えば古い話になるがモールス信号などがある。

 言葉を何らかの信号に変換して送る暗号はありえなくもない。

 真実の一つが判明しようとすると、別の謎がしゃしゃり出てくる。

 こんな事ばかりが続いている気がする。そろそろはっきりとした答えが聞きたい。


「だからこそ、海兵隊には頑張ってもらわないといけない」


 異星人の捕虜。そして存在の証明。艦隊戦の勝利だけではない。これらの物的証拠を押さえた上で自分達の功績をアピールすれば間違いなく英雄になれる。

 そうすれば発言力も増すし、総司令官アルフレッドもこちらの意見を無視できなくなる。

 邪魔な他の艦隊の抑えにもなるし、皇帝陛下の覚えも良くなるだろう。

 それに……。


(スパイをあぶりだすには十分。問題なのは、その後だけど……)


 スパイはどう動くだろうか。

 自暴自棄になって暴れるか、それとも大人しく投降するのか。

 まぁどちらでも構わないが、情報は落としてもらわないと困る。

 こちらとしても一々殺すつもりはない。


「やる事はまだまだ多いわね」


 その呟きは、自分へと言い聞かせるものだった。


***


 一方、突入した海兵隊はその無言の敵兵たちを不気味とは思いつつも、容赦なく反撃を繰り出しては処理を行っていた。

 抵抗するのなら撃つ。しないのなら昏倒させる。それぐらいの分別はついていたが、今の所昏倒させた相手は存在しない。

 敵兵が全員、やる気があるのかないのかわからないまま、それでも攻撃を繰り出してくるのだからやり返すしかないのだ。


 しかもその間も、敵兵の声が響かない。

 撃たれ、うめき声を上げる事はあっても絶叫の一つもないのだから、これは相当なものだろう。

 エイリアンとはこれほどまでに人類とは違うのかと思い知らされているようだった。


「負傷者は」


 アデルは適当に引っぺがした艦内の壁を盾にしながら、両腕のブラスターで応戦し、部下に問う。

 部下たちもシールドや盾を使って応戦しながら答える。


「全員生きてますが、足をぶち抜かれた奴が六人。腕がいかれた奴が三人。頭をぶつけて気を失ってる奴も三人といった所です」


 彼らの後ろには負傷した隊員たちが横たわっていた。まだ動けるものは何とか応戦に加わっているが、パワードスーツの破損が酷い者もいる。

 応急処置は行われているが、激痛で気を失いかけている者もいるし、当然このまま放置すれば危険もある。 


「よし、邪魔になるからそいつらは下げろ。負傷者の撤退には何人いる」

「担架がありやせん。結構人数が必要ですよ」

「六人回す。私含めた十三人で進むぞ」

「アイアイ」


 艦内への侵攻を開始して三十分が経過していた。

 それでも彼女たち海兵隊は恐らくは艦橋だろう区画を発見していた。

 帝国の艦艇のように船の形をしておらず、平べったく楕円形をしている事が却って功を奏していた。

 意外と一直線に中枢に向かう事が出来たのだ。

 同時にそれは敵の反抗を厚く、激しいものとしているが、それでも先手を取り、外からの攻撃もあってか散発的だ。

 敵パワードスーツのパワーには驚かされたが、射撃戦闘能力は高くないらしい。恐らくは艦内を傷つけないようにするための装備なのかもしれない。


「そろそろこの緑の血も流したいからな。突撃するぞ」


 アデルはキャノンを稼働させる。残り三発。盛大に使い果たしてしまおうというわけだった。

 ろくな狙いもつけずに三連射。広域破壊を目的としているのでこれ正解である。

 猛烈な爆炎と爆風が艦内を吹き荒らす。その攻撃によっていくつもの隔壁が崩壊し、瓦礫の廊下が新たに出現する。

 いくつかの部署らしき区画も見えたが、そんなものは無視だ。

 未だに抵抗するように攻撃を続ける歩兵をブラスターで処理しつつ、アデルたちは突き進む。既に敵のパワードスーツ隊は底をついたか、それともこちらに急行しているのか、それは分からないが、既に手遅れだ。

 この艦は戦闘能力、航行能力を失い、そしてこちらはついに艦橋へとたどり着いた。


「肝っ玉が据わっているのか、それとも恐怖心がないのか。ま、私にしてみればどっちでもいい」


 ブラスターらしきものを構えた兵士たちがいたが、パワードスーツの前では無力。

 すぐさま腕や足、ブラスターを撃ち抜き無力化する。

 アデルは無遠慮に進み、席に座っていた大柄なエイリアンを確認する。


「……? ノイズが」


 その一瞬だが、通信にノイズのようなものが走った。

 戦闘の余波でいかれたか。そう思ったが、ノイズはすぐに消える。

 エイリアンたちに動揺の顔も声もない。薄気味悪いものだ。


「誰がどういう役割なのか聞いておきたいのだが。とりあえず、艦長は誰だ」


 エイリアンは黙ったままだった。


「ちっ……」


 アデルは警告なしで、エイリアンたちの足元にブラスターを撃つ。

 一瞬だけだが、エイリアンたちの視線がそちらに向いたが、やはり驚いたという風には見えない。

 しかし、変化はあった。


「お前たちが、艦長と呼ぶ役割を担っているのは、この個体だ」


 あたりを付けていた大柄なエイリアンが、初めて声を発した。


「そうか。手間が省ける」


 だからどうしたと言わんばかりに、アデルはその男をワイヤーネットで拘束する。


「こちらアデル。敵艦長を捕縛。やっと声が聞けたよ」

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